「し、試合ですか?」
「ああ、これから団体メンバーで順番にシングルスの試合を回していくところだ。いつも同じメンバーでやっているのもなんだし、今日は黒崎入って見ないか?」
思ってもないチャンスに、胸がざわめく。

「ぜひ!」
試合をしたらどうなるとか、そんなことを考えるよりも先に返事をしていた。返事をした途端、ドクドクドクと心臓の音が早まっていく。

「じゃあまずは……」
部長が言いかけてすぐに、二つ上の並木先輩が手をあげる。
「俺、いきたい」
並木先輩は、この前の団体戦でベンチに座っていた。練習でも、まだちゃんとプレーを見たことがなかった。どのようなプレーをするのだろうか。
「並木、か。お前次の試合シングルスで出たいと言っていたな。よし、黒崎と並木で試合にしよう」
部長はそう言って手を叩いた。

この試合、勝てたら団体メンバーに大きく近づける。
「3ゲーム先取にしますか?」
「いや、1セットにする」
部長の言葉に、コートがざわついた。1セットなら3ゲーム先取の二倍以上時間がかかる。まだ団体戦も残っているこの貴重な時期に、団体メンバーと俺の試合にこれほどの時間を割くなんて……。
「1セットもやったら……」
「良いんだ。これは、大事な試合だ。試合を見物したいやつは見とけ。練習したいやつは、向こうのコートで練習すること。以上」
部長はそう言って、団体コートに留まった。

「黒崎」
本堂に呼ばれて、コートの端っこへ向かう。
「この試合、お前にとってとても重要だ」
「わかってる」
「並木先輩はこの試合できっと、次の試合に出場させてもらうかどうかが決まる。それはお前も薄々感づいているだろう?」
俺は頷いた。団体戦前にわざわざ大事な試合だと念を押して1セットの試合をする意味は、それしかないだろう。

「並木先輩に課せられたそのプレッシャーは、もちろんお前の精神的負担にもなる。その中で勝てるかどうか。そのメンタルがあるかどうか、それを見られるんだきっと」
「メンタル?」
「ああ、団体戦で一番重要なのはメンタルだと言っても過言じゃない。ある程度テニスができることは前提として、団体戦というプレッシャーのなかでどれだけ良いパフォーマンスができるかが重要なんだ」
団体メンバーに入るかどうかの狭間では、テニスがある程度できるということは前提なのか。

「常に落ち着いて、打てるボールを的確に狙っていけ」
本堂のアドバイスは、当たり前のようで核心をついている気がした。