夏の思い出

蝉が五月蠅いのどかな田園風景と見慣れた田んぼ道。

「地元に帰るのも久々だなぁ……。」

俺は今でも、あの時の事を覚えている。あの夏の出来事を。
夏祭りの後、親戚の家にも行って資料を探した。
そうしたら偶然にも、あの山の資料を見つける事が出来た。
山を工事する話はすぐに無くなり、あの山の権利もウチの一族のものという話に。
そこからもちょっと大変だった。取り壊されないにしても神主が必要と。
神主探しは俺達で頑張って交渉して隣町に居た神主さんに来て貰える事になり、
俺もこの町の神主になるために進学先を決めたのだった。

駅に着いたので、バスに乗る。行先は自分の住んでいた町。
暫く乗っていると見えてくる大きな山と森。
その大きな山の上にある、小さめの神社。
長い階段の先にある真っ赤な鳥居。

「急に帰ったら何て言われっかな……怒られるかな?」

彼の反応を想像すると、ちょっと顔が綻ぶ。
今でもきっと、彼はソコに居る。俺との約束だから。

実家に帰って荷物を置いたら、あの場所へ向かう。
山の上の小さな神社に。少し距離もあるので自転車で。
階段の下まで着くと、自転車を降りた。

「さーて、じゃあ行くか。」
「あれ?もう来たの?まだ3年も経ってなくない?」

ビクッとした俺は声のした方を向くと、正服を着た大きな狼獣人が出迎えてくれた。

「随分と直ぐに気づくんだな。」
「そりゃあ、通り過ぎる電車からキミの匂いがしたら分かるよ。」

そしてニィッと大きな牙を見せながら笑う。
あまりにも子供っぽい無邪気な顔に、俺も笑顔になって笑った。

「キミがここに来たってことは、もう待たなくていいってことかな?」
「そうだね、一応は。ただ、学校の勉強とかもあるし、一人暮らしもしないとじゃん?
 当分はココに住むってより、通う形になりそうかな。」
「えー。じゃあ、まだ一緒に居られないんじゃん。」
「こればかりは仕方ないだろ。」

でっかいむくれた彼を、俺は優しく撫でて微笑む。

「ほら、さっき3年なんて直ぐみたいな言い方してたろ?
 だからオマエからしたら直ぐだって、直ぐ。」
「そうかもしれないけどさー……。」
「仕方ない奴だな……。とりあえず、神社まで行くから待って。」
「はぁい。」

俺が階段を登るのを見ながら、そいつは神社まで飛んで行く。

「俺も神通力使えればなぁ……。」
「何か言った?」
「いや俺も神通力みたいなの使えればなぁと。」
「えへへ、これは無理ー。今度からは、ボクが助けてあげるよ。今後からは、ね。」
「へいへい。」

神通力は使えないし、俺が何を出来るかはまだ分からない。
学校を卒業したら、修練と修行が待っているけれど、苦じゃない。
こいつと一緒に居たいから、わざわざ地元の学校に行くことにしたんだ。
神主さんの話によると、修行をする場所もこの山にあるらしくて、
離ればなれにならなくて済むのも、俺からしてみたら嬉しい話だ。

「おっし、着いた。神主さんこんにちわ。」
「お、来たんだね。ようこそ、神主の卵。」
「はい、宜しくお願いします。」
「宜しくね。で、今あの子はどこにいるんだい?」
「えっと、神主さんの隣で……、髪の毛整えてます。」
「やっぱり君には見えてるんだねえ。うらやましいなぁ。」

そういって神主さんは少し残念そうにしている。

「普段から見えてれば、神事も楽なんだけどねぇ。
 あ、別に神事がイヤな訳じゃないよ。
 大狼神様も神事の時だけは、現れてくださるし。
 やっぱり神主をしている以上、ね。」
「ははは……。」

少し苦笑いしつつ言われた本人を睨むと、イヤそうにソッポを向いた。

「あれ疲れるんだもん! ちょっと言ってやってよ!
 誰にでも見えるようにするのって、すっごく神通力使うんだ、って。
 毎日あんなことしてたら、ボクしんどくて寝込んじゃうよ……。」

喜んでた尻尾が、文句言いながら下がってきた。笑いそうになるのを堪える。

「それじゃ、拝殿から掃除お願いね。」
「はい。終わったら本殿の大狼像のお清めですか?」
「うん、それでお願い。」

そして拝殿の掃除に取り掛かった。それほどは広くないが、普通の家よりかはやっぱり広い。
あまり物を置かないようにしているので、床の掃除は雑巾だけで済みそうだ。

「ほらほら、ちゃっちゃと拝殿綺麗にして、ボクの居る本殿に行こ?」
「適当にはできないだろ。待ってろよ。」
「えー、拝殿はそこそこでいいよぉ。本殿こそ、綺麗にしよ?」
「……それオマエが一緒に長く居たいだけだろ。」
「ばれてた。」

そんな話をしながら黙々と掃除をしていたら、思ったより早く拝殿の掃除を済ませられた。

「終わった。」
「じゃ、ほら、はやくはやく!」
「引っ張るな! 今は見えないんだから俺が変な動きになるだろ!」
「ちぇー。いいじゃんどうせ見えてないんだし。」
「よくはない。神主さんに伝えてくるな。」

拝殿の掃除が終わったことを伝え、本殿の方へ向かう。

「よーこそ! ボクのおうちへ!」
「はいはい。」
「さー、掃除して!隅から隅まで!」
「……そういいながら横になって邪魔をしているのは誰だ?」
「ほら、ボクも掃除して貰わないとだし?」
「ブラッシングとかだろ? そんなの後だ、後。」
「えー! それがメインでしょ!」
「掃除がメインです。」

他の人から見たら俺が独りでぶつくさ言いながら、
たまに訳の分からない方向に服を引っ張られたり、浮いたりしてたと思う。

「さーて、終わった。大狼像の手入れも完璧。」
「おつかれさまー。じゃ、後はボクのブラッシングだね!」
「明日でも良いか? というか別にココでやらなくても出来るだろ。
 俺んちとか、来れない距離じゃないんだし。」
「確かに行けるんだけどさー。ココなら神主さんも来ないから、
 二人きり……じゃん?」

大きな体で、少し恥ずかしそうに俯いて、呟いていた。

「仕方ないな。じゃ、これでどうだ?」

座ってこっちを見ている彼に背中を預けるようにして、股の間に座る。
すぐに周りが真っ白になるように、優しく抱きしめられる。
その心地よさを感じながら、上に手を伸ばして、顎を撫でてやる。
少し身震いした後に、頭の上からも白い毛が下りてきて包まれる。

「ようやく、一緒に居られるんだね。」
「……そうだな。」
「大好きだよ。」
「俺も、大好きだよ。」

=完=