卒業式の前日の朝。桜夜(さや)さんは時間通りに現れた。

「こんにちわ、竜也(たつや)さん。」
「……こんにちわ。」

洞窟の前の少し開けた場所へ僕たちは移動し始めた。
僕が欠伸をしてるのも気にせずに、桜夜さんは言う。

「では、私からの試練を始めましょうか。」
「その前にちょっと質問してもいいかな。桜夜さんは何で母さんの事を知ってるの?」
「……そういえば、竜也さんのお立場と世界の違いについての説明だけでしたね。」
「同じ竜巣(トライブ)なのに、ドラゴンじゃないって話だったしね。」
「わかりました。私が同じ竜巣なのは、竜巣の方々に育てて頂いたからなんです。
 そして私は……ドラゴンではなく、人間『でした』。」
「『でした』って事は、今は?」
「今は、何て言うんでしょうね。所謂、『不老不死』になった、とでも言うんでしょうか。
 人の姿のまま、ドラゴンの方々より長く生きてしまっています。
 なぜこうなったのか、いつまで生きるのか。私にも分かりません。」

桜夜さんが寂しそうに俯く。

「竜巣の方々は皆さん優しいです。人間の私にも良くしてくれました。
 だからこそ、私より先に皆さん逝ってしまうのは悲しいです。」
「そうなんだ……。言いづらいこと聞いてしまって、ごめんね。」
「いえ。慣れて、ますから。」

そんな話をしてる間に、少し開けた場所へ到着する。
桜夜さんは、自分の服の裾を手で軽く叩いて、深呼吸をした。

「ちょっとしんみりしてしまいましたね。じゃあ、始めましょうか。」

桜夜さんが指を鳴らすと、周囲の空気の雰囲気が変わった。

「見える範囲で、結界を張りました。これでこの中を知覚出来る人間は居ません。ここ1週間くらいで覚えたことを全部出すつもりで、来てください。」

……暫く戦ってみたが、やっぱり桜夜さんは強い。こちらの攻撃が全部軽くいなされてしまい、まともに当たらない。疲れてる様子もない。
あと、試してみて思ったのだが、今は人間の姿とドラゴンの姿を素早く切り替えるのは難しそうだ。それが出来れば、戦い方も変わるのだけれど。
人間の姿で戦うのは厳しかったので、ドラゴンの姿で戦いを続行する。

「悪くはないんですが、飛び抜けて良いわけでもないですね。」

本に書いてあったことは一通り試した。これじゃあダメだ。
となると、何かアイデアを使わないと……、そうだ。

「大したことなくても数が多ければ、いなすのも大変だよね。rund brann(ルン・ブラン)

大量の小さい火球を作り出して飛ばす。火球が飛び始めたときに、僕は魔力を練り始める。

「多くても当たらなければ、同じです。」

当たりそうなものだけ、桜夜さんはいなしていく。その間に僕は風を自分にまとわせて、電気を使い加速したまま桜夜さんに迫る。

「これなら。Flammeklo(フラムクロ)!」

炎を纏わせた爪で背後から切りつけると、桜夜さんはいなせずに爪を受け止めるが、直ぐにその場から消えて離れた場所に現れる。

「よし!やっと受け止めさせた……って火球がああああ!」
「不要になったら直ぐに消す用意もしておきましょうね。」

自分の火球を何十発も食らってちょっと痛いが、まだ大丈夫。戦える。
再度走り出した途端、桜夜さんに止められる。

「あぁ、もう良いですよ。試練の第一歩は問題なさそうなので、これで終わりです。」
「へ、そうなの?」
「はい。後は、竜也さんがこの世界に慣れたら良いはずですので。
 この世界では、ドラゴンはよく狙われる存在なので、嫌でも理解するでしょう。」
「……どういうこと?」

桜夜さんに治療してもらって、とりあえず人間の姿になって洞窟に戻り、話を聞く。

「竜也さん、アナタの世界でファンタジー世界って、どういうイメージでしたか?」
「勇者や冒険者が居て、魔王が居て、姫様とかがさらわれたり、魔王が圧政してたりして、
 勇者や冒険者が魔王を倒したり、姫様を助けたりってのが王道だね。」
「そのときに出てくるドラゴンって、どういう扱いでしたか?」
「魔王側のモンスターで、勇者に倒される事が多い、かな。」
「そこです。ドラゴンは狙われます。」
「それは何となく分かるよ。」
「ということは、竜也さんは、避けられない事があります。」

真剣な顔で桜夜さんに見つめられた。

「自分が生きるためには、人間を殺す事になります。その覚悟が必要です。」