やっぱり冬の夜は、足の裏まで冷たくなる程冷える。 

 現在、時刻は午後十時を回ったところ。カーテンの隙間からは月明かりが差し込み、デスクライトのみを点けた薄暗い部屋を浮かび上がらせる。

 学校を終えた僕は真っ直ぐ帰宅し、そのまま自室に向かった。そして今まで、机の上に広げたキャンパスノートと格闘中である。
 何をしているのかと言うと、僕は今、小出さんとの約束を果たすため、小説を書こうと頑張っている最中だ。

 しかし、これがなかなか上手く行かない。
 僕は小出さんの趣味に合わせ、『異世界転生・転移』をテーマに小説を書こうとしたのだが、しかし、僕は想像力と文章力に乏しいらしく、全く筆が全く進まないのだ。

「あー、駄目だあ……頭が考え疲れたあー……」

 僕は気分を変えるため、ベッドに横になり、小出さんからお借りした小説を手に取った。
 ちなみに小説のタイトルは、『異世界に転生したオッサンはハゲている』である。
 髪の毛を抜くことで魔法を使うことが出来るオッサン。しかし、それは諸刃の剣であり、戦いのたびにオッサンの髪は薄くなっていく。
 ラストに差し掛かった、『俺の髪と、お前の命──どちらが先に尽きるか勝負だ!』というこのセリフに、僕は感動を覚えざるを得なかった。

「面白かったな、これも。小出さんが貸してくれる小説、今までハズレがないんだもん。すごいや小出さん」

 ──小出さん。
 小出さんは、一体どんな小説を書くのだろうか。やっぱり異世界転生ものかな。現代ファンタジーかな。それともラブコメだったりして。
 僕の胸は、小出んさんのことを考えるだけで小さく締め付けられた。

「また明日、早く小出さんとお喋りしたいな……」

 小出さんと話すたび、彼女への想いは大きくなるばかり。
 クリスマスまでもう、あと一ヶ月もない。果たして僕は、それまでに、彼女に想いを打ち明けることが出来るのだろうか──。

 *   *   *

 翌日、朝の教室で。

「おはよう、小出さん」

「はあ……はあ……お、おはよう、園川くん……」

 小出さんは、今日も遅刻ギリギリの登校だった。もう少し余裕を持って家を出ればいいのにな。
 しかし小出さんは一体、毎晩何をして過ごしているんだろう。やっぱり小説を読んだり書いたりしてるのかな。それでいつも夜更かししてしまっているのかな。
 
 小出さんのことを、僕はもっと知りたい。
 小出さんの全てを、僕は見てみたい。

「そ、園川くん。しょ、小説……書いてる?」
「うん、昨日書こうとしたんだ。だけど、全然進まなくて。小説を書くって本当に難しいね、ちょっと時間かかりそう。小出さん、それでも待っててくれるかな?」
「も、もちろん! 待ってるよ! 園川くんが書いた小説読んでみたいし、それに……今まで一緒に小説書いてるお友達いなかったから、私嬉しくて……」

 お友達──!
 僕、小出さんに友達としてちゃんと見てもらえていたんだ。
 嬉しい。すっごく嬉しい。   
 あの日、勇気を出して話しかけて本当に良かった。

 ──よし。
 今日も小出さんと色んなことを話して、少しでも二人の距離を縮めよう。

「ねえ小出さん、アニメは観ないの? 僕もちょっと調べてみたんだけど、昨日お借りした『異世界に転生したオッサンはハゲている』ってアニメ化してるみたいだったから……って、あれ……小出さん……?」
「……あるよ」

 そう言って小出さんははにかみ、鞄から何かを取り出したのである。

「え? 小出さん、もしかして……まさか……」

 小出さんが取り出したのは、長方形をした薄いプラスチック製のもの。それを僕に手渡してくれた。
 こ、これは──
『異世界に転生したオッサンはハゲている』のアニメDVD!

「こ、これ、良かったら……園川くんに貸してあげる」
「すごいや小出さん、持ってたんだ。やっぱりアニメも観るんだね」
「声優は神山弘(かみやまひろし)だよ。すっごく声がカッコいいから、観てみて」
「もちろん! 家に帰ったらすぐに観るよ! それではお借りするね。小出さん、ありがとう」
「あ、あの、そ、それでね……園川くん……」

小出さんは後ろに手を組み、モジモジとして、何かを言いたげな様子を見せた。

「うん、どうしたの小出さん? 僕で良ければ何でも言ってよ」
「あの……こ、交換しない?」

 そう言って、小出さんはポケットからスマートフォンを取り出し、僕に画面を向ける。そこにはQRコードが表示されていた。

「え……それって、もしかして……」

 こくり──と。
 小出さんは小さく頷いた。
 小出さんの頰は紅色に染まり、恥ずかしそうにしながら、僕をちょっと上目遣いに見た。

「め、メッセージ……やり取り出来るように……」

 それは、メッセージアプリ『ラインネット』のQRコードだった。
 このQRコードを僕が読み取ると、互いのIDを交換し合うことになり、小出さんとリアルタイムでメッセージのやり取りが出来るようになる。
 そんな、まさか。
 まさか僕に、小出さんと連絡先を交換し合える日が訪れるだなんて。

「も、もちろん! もちろん喜んで交換するよ!」

 僕もスマートフォンを制服のポケットから取り出し、アプリを立ち上げた。
 そして胸が激しく鼓動するのを感じながら、小出さんのQRコードをスマートフォンで読み取った。

 すると、僕の液晶画面に──小出千佳を友達に追加する──というメッセージが表示された。もちろん、追加するさ。
 僕は少しの緊張と、たくさんの高揚を覚えながら、ボタンを押す。
 すると僕のスマートフォンに──小出千佳を友達に追加しました──という通知が届いたのであった。

「こ、交換してくれてありがとうね……園川くん」

 小出さんは小さくペコリと一礼してから席に戻り、手に持ったスマートフォンを見つめる。
 小出さんの横顔は、嬉しそうに、ちょっと微笑んでいるように、僕には見えた。

 小出さんは、少しずつ心を開いてくれている。僕にはそれが堪らなく、嬉しかった。

『ピロン』

 僕のスマートフォンが、メッセージの着信を知らせた。僕は画面をタップし、メッセージを確認する。

【交換してくれてありがとう、これからもよろしくね!(((o(*゚▽゚*)o)))】

 メッセージは、小出さんからだった。

 インターネットの中の小出さんは、普段とは違い、とても元気な感じだった。僕はそれがおかしくて、ついつい小さく笑ってしまう。
 だって今、僕の隣の席にいる小出さんは、ちょっと眠たげな目を擦る、いつもはあまり笑わない女の子だから。