僕が初めて小出さんに話し掛けた、その日の昼休み。僕はポケットからスマートフォンを取り出し、検索サイトにアクセスした。
先程の休み時間、僕は小出さんに読んでいる本のタイトルを尋ねたのであるが、しかし、返ってきた言葉は本のあらすじ。タイトルを尋ねたはずなのに、あらすじ。これは摩訶不思議。
だから僕は、まずこの謎を解明しなければならない。『オッサン』の真相を解明しなければならない。
でなければ、せっかく手に入れた会話の糸口──小出さんと仲良くなるキッカケを、みすみすドブに捨てることになってしまう。それだけは絶対に、嫌だ。夜な夜な、枕を涙で濡らすような日々は、嫌だ。
それで僕は、先程の小出さんの言葉にあった──
『オッサン 異世界 タイトル 小説』
──この四つの単語で検索を掛けてみことにした。
すると、予想以上の検索結果が。有り体に言えば、約二百五十万件のヒット数。
僕はその中から、小説と思わしき情報をピックアップ。それを見た僕、驚愕。
何だこれは……。『オッサン』や『異世界』という単語が含まれる小説が、こんなにも世に存在するというのか? しかも、やはりどれもあらすじみたい。タイトル……なのか? これは本当に、小説のタイトルのか?
僕は片っ端から小説のタイトルに目を通す。するとその中から、小出さんが言っていた本のタイトルが見つかった。これだ!
『オッサンが異世界に転生したらレベル九十九のマスターになって敵なしだけど、戦うのが面倒なので辺境の地でひっそり暮らします』
……本当に、あらすじじゃなくてタイトルだったんだ。
しかし、斬新だな。もしかして、これが今の流行なのか? トレンドなのか?
「よし。とりあえず、この小説をもっと詳しく調べよう」
僕はその『オッサン』小説が紹介されていたサイトを訪問、情報を精査した。
それでまず分かったこと。この小説は、『ライトノベル』というジャンルである、ということだ。
ライトノベル、か。手軽に読める小説という意味だろうか。普段から一般的な恋愛小説しか読まない僕にとって、『ライトノベル』は未知なるジャンルであった。僕は忘れないよう、そのページをブックマークした。
──さてと。
僕は横目でちらり、と。隣の席に座る小出さんを見やる。小さな可愛らしいお弁当箱を開け、ちょうどお昼ごはんを食べているようだった。
今日も一人で食べてるんだ、お昼ご飯。せっかく席が隣同士なんだし、僕と一緒にお昼を──とは言えない。そんなことは、まだ言えやしない。僕の勇気はミジンコ並の小ささなのである。
でも、小出さんの食事が終わった頃に、もう一度声をかけてみよう。またビックリされてしまうかもしれないが、ここで躊躇していては、僕の恋は一生叶わない。
なので僕は、彼女に話しかける話題を考えた。話をある程度膨らませることが出来て、なおかつ小出さんとの距離を縮められる話題、か。
……そうだ!
小出さんに本を貸してもらえばいいんだ!
そうすれば、僕は小出さんの好みが分かるし、同じ本の感想も言い合える。共通の話題が出来るじゃないか。
それに、その人の好む本は、その人の内面を映し出す、と僕は考えている。
つまり、小出さんの本の好みを知ることで、小出さんが普段何を考えているのか、僕はそれを知ることが出来るかもしれないのだ。
うん、これで行こう。
僕はもう一度、小出さんを横目でちらり。どうやら食事は終えたらしかった。
そしていつも通り。小出さんは机の中から本を取り出し、読み耽る体勢に入ろうとしていた。
よし……今だ。
「こ、小出さん? あ、あの……お、お勧めの本があったら、僕に何か貸してもらえないかな?」
「ひゃっ! え、そ、園川くん!? び、びっくりした……」
やっぱり、また驚かれてしまった。驚いた拍子に本を床に落としてるし。僕の話しかけ方が悪いのだろうか。
「ご、ごめんね小出さん。驚かせるつもりはなかったんだ。さっきの休み時間にも話したけど、僕も少しは活字に触れた方がいいと思って」
「え、え……う、うん……」
「小出さん、本好きみたいだからさ。良かったら、僕にお勧めの本を貸してくれないかな?」
「え!? お、お勧めの本ですか……!?」
すると、小出さんはあわあわしながら、とりあえず落とした本を拾い上げ、そしてその本と僕の顔を交互に見る。そこまで動揺しなくても。
「お勧め……お勧め……ええ、私、どうしたら……,」
「ご、ごめんね小出さん。なんか僕、困らせちゃった?」
「う、ううん、大丈夫……。えと……でも、私の趣味は園川くんに合わないかもしれないし……やめた方が……」
「大丈夫! 僕、雑食だから! 何でも好きになっちゃうタイプだから!」
小出さんは目線を泳がせながら、あたふたと何かを考えているようだった。
すると──
「じゃ……じゃあこれ、貸してあげる」
そう言って、小出さんは先ほどまで読んでいた本を、僕に両手で差し出した。
「いやいや、それは悪いよ! それ、小出さんがさっきまで読んでたやつじゃん! 読み終わったやつがあったらで大丈夫だから!」
「だ、大丈夫。それ、家にもう一冊あるから……だから、平気、なの」
「え? 何で二冊もあるの? 間違えて買っちゃった?」
僕の問いかけに、小出さんは恥ずかしそうに、モジモジしながら膝のあたりに視線を落とした。
「ふ、布……ふきょ……ううん、そうなの。間違えて同じの買っちゃったの。だから、大丈夫」
……ふきょ?
今『ふきょ』って言わなかった? でもやっぱりか。同じ本を二冊も買ってしまうだなんて、小出さんはおっちょこちょいだ。
でも、そういうところが、僕にはまた魅力的に映るのだ。これが小出さんの個性なんだ。うん、ここはひとつ、小出さんに感謝してお借りすることにしよう。
「ありがとう、小出さん。じゃあこの本お借りするね。読み終わったら感想伝えるよ」
「あ、う、うん……ゆっくりで大丈夫だから……」
僕は小出さんから『オッサンが異世界に転生したらレベル九十九のマスターになって敵なしだけど、戦うのが面倒なので辺境の地でひっそり暮らします』の、文庫本を受け取った。
本を手渡してくれた小出さんの手は、とても小さく、真っ白で、まるで太陽に照らされて輝く粉雪のようだった。
よし、今回のミッションはコンプリートだ。小出さんと会話も出来たし、本も借りることが出来た。
家に帰ったら、一気に読破してしまおう。そしてまた明日、小出さんと本について色々とお話をしよう。
『キーンコーンカーンコーン──』
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕は小出さんと仲良くなる計画が順調に進んでいることを嬉しく思いながら、授業モードに頭を切り替えた。
──あ、僕。
お昼ご飯食べてないや。
先程の休み時間、僕は小出さんに読んでいる本のタイトルを尋ねたのであるが、しかし、返ってきた言葉は本のあらすじ。タイトルを尋ねたはずなのに、あらすじ。これは摩訶不思議。
だから僕は、まずこの謎を解明しなければならない。『オッサン』の真相を解明しなければならない。
でなければ、せっかく手に入れた会話の糸口──小出さんと仲良くなるキッカケを、みすみすドブに捨てることになってしまう。それだけは絶対に、嫌だ。夜な夜な、枕を涙で濡らすような日々は、嫌だ。
それで僕は、先程の小出さんの言葉にあった──
『オッサン 異世界 タイトル 小説』
──この四つの単語で検索を掛けてみことにした。
すると、予想以上の検索結果が。有り体に言えば、約二百五十万件のヒット数。
僕はその中から、小説と思わしき情報をピックアップ。それを見た僕、驚愕。
何だこれは……。『オッサン』や『異世界』という単語が含まれる小説が、こんなにも世に存在するというのか? しかも、やはりどれもあらすじみたい。タイトル……なのか? これは本当に、小説のタイトルのか?
僕は片っ端から小説のタイトルに目を通す。するとその中から、小出さんが言っていた本のタイトルが見つかった。これだ!
『オッサンが異世界に転生したらレベル九十九のマスターになって敵なしだけど、戦うのが面倒なので辺境の地でひっそり暮らします』
……本当に、あらすじじゃなくてタイトルだったんだ。
しかし、斬新だな。もしかして、これが今の流行なのか? トレンドなのか?
「よし。とりあえず、この小説をもっと詳しく調べよう」
僕はその『オッサン』小説が紹介されていたサイトを訪問、情報を精査した。
それでまず分かったこと。この小説は、『ライトノベル』というジャンルである、ということだ。
ライトノベル、か。手軽に読める小説という意味だろうか。普段から一般的な恋愛小説しか読まない僕にとって、『ライトノベル』は未知なるジャンルであった。僕は忘れないよう、そのページをブックマークした。
──さてと。
僕は横目でちらり、と。隣の席に座る小出さんを見やる。小さな可愛らしいお弁当箱を開け、ちょうどお昼ごはんを食べているようだった。
今日も一人で食べてるんだ、お昼ご飯。せっかく席が隣同士なんだし、僕と一緒にお昼を──とは言えない。そんなことは、まだ言えやしない。僕の勇気はミジンコ並の小ささなのである。
でも、小出さんの食事が終わった頃に、もう一度声をかけてみよう。またビックリされてしまうかもしれないが、ここで躊躇していては、僕の恋は一生叶わない。
なので僕は、彼女に話しかける話題を考えた。話をある程度膨らませることが出来て、なおかつ小出さんとの距離を縮められる話題、か。
……そうだ!
小出さんに本を貸してもらえばいいんだ!
そうすれば、僕は小出さんの好みが分かるし、同じ本の感想も言い合える。共通の話題が出来るじゃないか。
それに、その人の好む本は、その人の内面を映し出す、と僕は考えている。
つまり、小出さんの本の好みを知ることで、小出さんが普段何を考えているのか、僕はそれを知ることが出来るかもしれないのだ。
うん、これで行こう。
僕はもう一度、小出さんを横目でちらり。どうやら食事は終えたらしかった。
そしていつも通り。小出さんは机の中から本を取り出し、読み耽る体勢に入ろうとしていた。
よし……今だ。
「こ、小出さん? あ、あの……お、お勧めの本があったら、僕に何か貸してもらえないかな?」
「ひゃっ! え、そ、園川くん!? び、びっくりした……」
やっぱり、また驚かれてしまった。驚いた拍子に本を床に落としてるし。僕の話しかけ方が悪いのだろうか。
「ご、ごめんね小出さん。驚かせるつもりはなかったんだ。さっきの休み時間にも話したけど、僕も少しは活字に触れた方がいいと思って」
「え、え……う、うん……」
「小出さん、本好きみたいだからさ。良かったら、僕にお勧めの本を貸してくれないかな?」
「え!? お、お勧めの本ですか……!?」
すると、小出さんはあわあわしながら、とりあえず落とした本を拾い上げ、そしてその本と僕の顔を交互に見る。そこまで動揺しなくても。
「お勧め……お勧め……ええ、私、どうしたら……,」
「ご、ごめんね小出さん。なんか僕、困らせちゃった?」
「う、ううん、大丈夫……。えと……でも、私の趣味は園川くんに合わないかもしれないし……やめた方が……」
「大丈夫! 僕、雑食だから! 何でも好きになっちゃうタイプだから!」
小出さんは目線を泳がせながら、あたふたと何かを考えているようだった。
すると──
「じゃ……じゃあこれ、貸してあげる」
そう言って、小出さんは先ほどまで読んでいた本を、僕に両手で差し出した。
「いやいや、それは悪いよ! それ、小出さんがさっきまで読んでたやつじゃん! 読み終わったやつがあったらで大丈夫だから!」
「だ、大丈夫。それ、家にもう一冊あるから……だから、平気、なの」
「え? 何で二冊もあるの? 間違えて買っちゃった?」
僕の問いかけに、小出さんは恥ずかしそうに、モジモジしながら膝のあたりに視線を落とした。
「ふ、布……ふきょ……ううん、そうなの。間違えて同じの買っちゃったの。だから、大丈夫」
……ふきょ?
今『ふきょ』って言わなかった? でもやっぱりか。同じ本を二冊も買ってしまうだなんて、小出さんはおっちょこちょいだ。
でも、そういうところが、僕にはまた魅力的に映るのだ。これが小出さんの個性なんだ。うん、ここはひとつ、小出さんに感謝してお借りすることにしよう。
「ありがとう、小出さん。じゃあこの本お借りするね。読み終わったら感想伝えるよ」
「あ、う、うん……ゆっくりで大丈夫だから……」
僕は小出さんから『オッサンが異世界に転生したらレベル九十九のマスターになって敵なしだけど、戦うのが面倒なので辺境の地でひっそり暮らします』の、文庫本を受け取った。
本を手渡してくれた小出さんの手は、とても小さく、真っ白で、まるで太陽に照らされて輝く粉雪のようだった。
よし、今回のミッションはコンプリートだ。小出さんと会話も出来たし、本も借りることが出来た。
家に帰ったら、一気に読破してしまおう。そしてまた明日、小出さんと本について色々とお話をしよう。
『キーンコーンカーンコーン──』
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕は小出さんと仲良くなる計画が順調に進んでいることを嬉しく思いながら、授業モードに頭を切り替えた。
──あ、僕。
お昼ご飯食べてないや。