「咲たちが残酷様の儀式をしてあたしにナイフを突き刺したとき、なにかがあたしの中に入ってくる感覚があったの。それはとても巨大な力を持っていて、人間じゃないってわかった。きっとそれが、残酷様だよ」


「え?」


「残酷様が入り込んだことによって、あたしは死なずにここにとどまっていることができているの。だかど、自分が表に出てくることはほとんどできない。1日1回、それも5分くらいが限度なんだと思う」


早口に説明する美緒にあたしの頭は混乱していく。


もう少しゆっくり話をしてほしいと思ったが、美緒に時間がないことだけはわかったから、黙っていた。


「美緒は家に帰れるんだよね?」


その質問に美緒は左右に首を振った。


とても悲しげな表情で。


「ごめん。あたしはもう人間じゃないから」


そう言う美緒の体からは、やはり腐敗臭が漂ってきている。


これで家に帰るのは不可能だと理解できた。


「だけど、ナナのおかげであたしはあいつらに復讐ができるようになった」


「復讐?」


「そう。ナナはあたしに……絶対様に願ってくれたよね? 幸せになりたいって」


あたしはうなづく。


確かに、あたしは絶対様へ向けてそう願いをこめた。
「ナナが幸せになるためにはイジメっ子をいなくならせることが必須条件だった。それはあたしにとっても復讐になる」


「もしかして、咲たちの願いが消えたのって……」


美緒は大きくうなづいた。


「ナナの願いが関係してる」


そう言われて一瞬怖くなった。


あたしの願いがみんなの願いを打ち消してしまったのだ。


それがバレたらどうなるか……。


そこまで考えたが、すぐに美緒の言葉を思い出した。


あたしの幸せは咲たちがいなくなることが必須条件。


咲たちがいなくなるのなら、怯える必要なんてないということなんだ。


「だけど少し待っていてね。あたしはあいつらをすぐに消したりはしない。もっとゆっくり、ジワジワと消したいと思っているの」


ジワジワと。


それは復讐として最もふさわしいやり方だと思えた。


あたしたちはあいつら3人に苦しみ続けさせられたのだ。


簡単に消えてなくなるなんて、許せなかった。


「楽しみにしていて。絶対に、ナナを幸せにするから」


美緒は最後にそう言うと、スッと灰色の目に戻っていったのだった。
それからあたしはまた美緒に水を飲まそうとした。


しかし、美緒はもう水を飲み込むことはなく、口からこぼれおちるだけだった。


ひとりで廃墟を後にして何度も美緒の言葉を思い出す。


これは美緒とあたしの復讐だ。


絶対様を作り出したおかげでそれが叶うことになった。


絶対様の存在は誰にも知られちゃいけない。


あたしはそう心に誓ったのだった。
翌日、教室のドアを開けると泣き声が聞こえてきてギョッとして立ち止まった。


教室内を見回して見ると光が泣いているのがわかって更に驚いた。


あの3人のうち1人が声を上げて泣いているところなんて、想像もつかないことだったから。


咲があたしが教室に入ってきたのを見て、軽く舌打ちをした。


「見てこれ」


そういわれ、おずおずと泣いている光に近づいていく。


両手で顔を覆っていた光が手を下ろした。


その瞬間顔の半分ほどがニキビで覆われているのを見て、思わず悲鳴をあげて後ずさりをしてしまっていた。


いくら肌が弱くてもたった1日でここまで新しいニキビができるなんて……。


光は再び両手で顔を覆って嗚咽をもらし始めた。


せっかく綺麗になったと思ったのに、たった数日で前よりもひどい状態なってしまったのだ。


その苦しみや悲しみは計り知れない。


「絶対様なんて嘘だったんだ」


咲が歯軋りをして言った。
「え?」


3人とも絶対様に願いを叶えてもらっておいて、今更なにを言い出すんだろう。


不穏な空気を感じて、あたしは咲を見た。


咲は空中を睨みつけている。


「今日の放課後もう1度廃墟に行くよ。それで、全部終わらせてきてやる」


咲は憎しみをぶつけるように、そう呟いたのだった。
☆☆☆

全部終わらせるとはどういう意味だろうか。


質問してみたけれど、咲は答えてくれなかった。


一緒に廃墟へ向かわないと咲の考えを知ることはできなさそうだった。


不穏な空気をまとっている咲と一緒に行動することは気が引けたけれど、仕方がなかった。


放課後になるのを待って4人で廃墟へ向かう。


こうして4人で行動するのはもう何度目になるだろうか。


まるで自分が3人の仲間になったような気がしてきて、胸が悪くなってくる。


廃墟が見えてきたとき、咲は家には入らずに裏手へと移動していった。


どこへ行くんだろう?


疑問を感じながら一緒について歩く。


裏手の入り口付近に置かれていたのは赤い色をしたポリタンクだった。


咲は中身が一杯に入っているタンクの蓋を開ける。


その瞬間ガソリンの臭いがして、あたしは目を見張った。


「ちょっとなにをする気?」


3人はあたしの質問には答えずに、ガソリンを空き家の周りにまきはじめたのだ。
強烈な刺激臭に頭が痛くなる。


「絶対様を作るのに失敗したとき、廃墟ごとあいつを燃やすつもりで準備してたの」


咲は短い説明をすると、ライターを取り出した。


「やめて!!」


咄嗟に咲の腕に飛び掛る。


この中にはまだ美緒がいるんだ。


水を飲ませたら、絶対様から美緒に切り替わることができる。


それは美緒が完全に死んだわけじゃないことを物語っている。


そんな状況で火をつけたら、今度こそ美緒を殺してしまうことになる!


「離せ!」


咲はあたしを振り払い、あたしはその場にしりもちをついてしまった。


立ち上がる間もなくライターに火がつけられ、それは巻かれたガソリンの上に投げ出されていた。
本当に一瞬の出来事だった。


ガソリンは引火し、あっという間に廃墟を包み込んだのだ。


目の前で炎が燃えがある。


「美緒!!」


あたしは廃墟へ向けて叫んだ。


お願い、出てきて美緒!


「美緒、美緒!!」


炎はゴウゴウと音を立ててあたしの行く手を阻む。


それでもあたしは無理矢理廃墟の中に入ろうとした。


それを阻止したのは、咲だ。


咲はあたしの腕を掴んで離さない。


「離してよ! 美緒が、美緒が……!!」


炎の柱はすでに屋根まで覆いつくしてしまっている。


このままじゃこの建物は跡形もなく燃え尽きてしまうだろう。


中にいる美緒だって……。


「帰るよ」


咲は冷めた声でそう言い、絶叫するあたしを引きずって丘を折り始めたのだった。
☆☆☆

ありえない。


美緒が死んだなんて、そんなことありえない。


どうにか自宅に戻ってきたあたしは自分のベッドの中で、頭まで布団にかぶさっていた。


どうやってベッドに入ったのか全然覚えていない。


ただ目の真に広がっているのは燃え盛る廃墟の映像ばかりだ。


「美緒、美緒」


ぶつぶつと呟き、布団の中でスマホを操作する。


さっきから美緒にメッセージを送っているのに返事はない。


既読すらつかない状態だ。


どうして?


ねぇ、どうして美緒からの返事がないの?