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翌日、あたしは寝不足のままリビングへ向かった。


すでに朝食の準備はされていたけれど、とても食欲はなかった。


「今日の新聞、なにか書いてあった?」


あたしはリビングのソファで新聞を広げている父親へ向けてそう聞いた。


昨日の火事のことが出ているはずだった。


「あぁ。あの丘の上の廃墟が燃えたみたいだ」


そういわれて心臓がドクンッとはねた。


一気に目が覚めていく。


「そ、そうなんだ」


ぎこちなく返事をして、テレビニュースに視線を向ける。


ニュース番組はちょうどローカルに切り替わったところで、地元のニュースキャスターが原稿を読み上げ始めた。


《昨夜○○町の一軒やが全焼する火事がありました。周囲に民家はなく、火は1時間後に消化され、けが人はいませんでした》


画面一杯にあの廃墟が映し出されて、呼吸が止まってしまうかと思った。


丘の上で燃えている様子に圧倒される。


廃墟の周辺で行き来する消防隊員たちの姿にあたしは視線をそらした。
でも待って?


今のニュースなにか辺だった。


疑問を感じたあたしは父親がテーブルに置いていった新聞を開いてローカル版を確認した。


そこには昨日の火災のことは書かれていたけれど、怪我人は出ていないと書かれているのだ。


さっきのニュースでもそうだ。


怪我人はいないと言っていた。


でもそんなはずはないのだ。


あの廃墟には美緒がいたんだから。


けが人ところか、死人が出たと大騒ぎになってもいいはずだ。


それなのに……。


新聞のどの欄を確認してみても、そんなニュースは出ていなかったのだった。
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おかしい。


美緒はどこへ行ってしまったんだろう?


疑問を抱きながら学校へ向かうと、横断歩道の手前で咲を見つけた。


咲はスマホを持って歩いていてろくに前を確認していないのがわかった。


なんにんかの人にぶつかりそうになりながら歩いている。


危ないな。


そう感じた瞬間、横断歩道が赤に変わった。


咲はそのままフラフラと横断歩道へ向かって歩いていく。


「ちょっと咲」


思わず声をかけたとき、咲が立ち止まって振り向いた。


あたしと視線がぶつかった瞬間、咲めがけて白い車が突っ込んだのだ。


ドンッと鈍い音が響き、あたりは騒然となる。


「咲!?」


慌てて駆け寄ると、咲がうめき声を上げた。


意識はあるみたいだ。


でも、体はボンネットにぶつかり右足はタイヤに下になっている。


あたしは咲の足首が妙な方向へ折れ曲がっていることに気がついた。


「誰か、救急車を!」


かけつけた通行人たちの叫び声を聞きながら、あたしは美緒の『復讐』という言葉を思い出していたのだった。
咲の事故が美緒の復讐のひとつだとすれば、美緒は死んでいないことになる。


廃墟から死体が発見されなかったこともあるし、美緒は絶対様としてどこかにいる可能性があるかもしれない。


そんなことを考えて1日を過ごしていると、昼頃には咲が登校してきた。


右足を包帯で巻かれて固定されているが、それ以外に大きな怪我はないようだ。


「咲」


気になって声をかけたけれど、咲はあたしを無視して自分の席へ行ってしまった。


無視いたというより、なにか怯えているような気もした。


事故に遭ったばかりだからそれも仕方ないことなのかもしれない。


だけど咲だって気になっているはずだ。


美緒がいたはずの廃墟から、誰の痛いも出なかったことを……。
翌日は学校が休みの日で、あたしは自宅でゴロゴロと時間をつぶしていた。


両親とも今日は休日出勤で、特にやることもない。


何度か火事について調べてみたけれど、やはり美緒のことはどのニュースにも書かれていなかった。


昼近くになり、昼ごはんを買うためにあたしは1人で家を出た。


近所のコンビニまで行く予定だったのだけれど、気になって廃墟の近くまで行って見ることにした。


丘の下まで来ると廃墟の周りに数人の警察官の姿があることに気がつき、足を止めた。


出火の原因を調べているのかもしれない。


廃墟は大きな柱を除いてすべてが黒く焦げていて、見る影もない。


そんな状況に人がいたら丸焦げになって遺体発見にも時間がかかるかもしれない。


あたしはそう考えて、廃墟からそっと離れたのだった。
それから予定通り近くのコンビニに向かった。


店内に入った瞬間見知った顔がレジ打ちをしていてあたしは「あっ」と声を上げた。


しかし、相手は気がついていないようだ。


胸には三枝真里菜とネームがつけられていて、小さな初心者マークが張られている。


今日が初出勤なのかもしれない。


大金を手にすることができなかった真里菜は、結局アルバイトで地道にお金を稼ぐことにしたようだ。


咲と一緒にいることでおごってもらえていたみたいだけれど、そうするためには万引きをして転売する必要があった。


真里菜はそれからも足を洗ったのかもしれない。


最初から全うに働けばよかったのに。


そう思いながらお昼ご飯を何にするか考えて店内を歩く。


その時、ドリンクコーナーからレジへ視線を向けている男がいることに気がついた。


視線を追いかけて見ると、どうやら真里菜を見ているらしい。


男は40台半ばくらいで黒い帽子を深くかぶり、黒いズボンと上着という姿だ。


真里菜をみながらズボンの位置をひっきりなしに直している。


かと思えばズボンのポケットに手を入れて、なにかをまさぐるしぐさをしはじめた。


その行動に気味の悪さを感じてあたしはすぐにその場を離れた。


もうお昼を買う気もなくなって、そのままコンビニを後にしたのだった。
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いくらニュース番組を気にして見ていても、もう廃墟の火災について取り扱っている番組はなかった。


火災の原因がわかればまた少しは話題に上るかもしれないが、それまではなにもなさそうだ。


モヤモヤとした気分を引きずったまま、次の登校日になってしまった。


学校までの道のりであたしは丘の上にいた警察官たちの姿を思い出していた。


何人かで捜査していたから、火災の原因が不審火だとすぐにわかることだろう。


それじゃなくてもあそこは廃墟で、火の原因になるようなものはほとんどない場所だ。


もしも咲が火をつけたとバレたら、自分の身も疑われることになる。


そうなったらどうしようと、冷や冷やしている。


しかし、そんな気分は教室へ入った瞬間吹き飛んでいた。


席に座っている真里菜が、腕をギプスで固定しているのだ。


真里菜の顔色はひどく悪くてうつむいている。


どうしたのかと思いながら自分の席につくと、すぐ前の席の女子生徒がはなしかけてきた。


「おはようナナちゃん」


「お、おはよう」


こうした挨拶もだんだんと慣れてきた。


「あれ、かわいそうだよねぇ」


女子生徒は真里菜へ視線を向けて、小声て言った。


どうやらなにか知っていそうだ。
「なにがあったの?」


「昨日バイト帰りに襲われたんだって」


「襲われた?」


「そう! 知らない男にしつこく付きまとわれてたみたいで、逃げようとしたら腕を掴まれて折られたんだって」


その言葉にあたしは昨日コンビニで見かけた40代くらいの男を思い出していた。


まさか、あの男……?


あの気味の悪い男ならやりかねないかもしれない。


それにしても咲が事故にあった次は真里菜が暴行されたわけだ。


これはもう偶然じゃなかった。


順番も、絶対様にお願いした順番通りなのだから。


「美緒の復讐」


あたしは小さく呟いた。


「え、なに?」


「ううん、なんでもないよ」


あたしはそう答えて、かすかに微笑んだのだった。
☆☆☆

あたしが考えていた通り、翌日になると光の顔にニキビが出現していた。


それも1つや2つじゃない。


顔の半分ほどを多い尽くすくらいのニキビだ。


「それ、どうしたの?」


美緒の復讐だと知りながらも、そう声をかけずにはいられなかった。


マスクで顔をかくしていた光は涙目になって「昨日帰ったらひとつニキビを見つけて、それで薬を使ったんだ。それが悪かったみたいで、悪化した」と、答えてくれた。


今までそんなこと一度もなかったのにと、光は付け足した。


やっぱり美緒はどこかにいるんだ。


焼け跡から遺体は発見されていないし、3人への復讐はまだ続いている。


あたしは舌なめずりをして考えた。


美緒はどこにいるんだろう?