俺は驚きとともに星乃を見つめる。ここから先は、俺もまだ聞いていない。おそらく星乃にも確証がなかったのだろう。
「蜂谷先生、先生は小鳥遊先輩の肖像画に関して『見えたままを描いた』そうですね。赤坂先輩からもそう聞きました。たぶんそれは本当の事なんでしょう。先生は、先生の見えたまま――つまり、判別できない顔の部分もそのまま描いたんです。今の先生に人の顔がどう見えているのかはわかりませんが、完成したものはきっと、顔の部分だけが不自然なものだったんじゃないでしょうか。先生と小鳥遊先輩の間にどんなやり取りがあったのかは予測できません。でも、おそらく小鳥遊先輩もそれを納得した上で、その肖像画を受け取ったはずです。だから先輩は他の誰にも絵を見せる事なく、最終的には顔の部分を黒く塗り潰した――蜂谷先生、あなたの画家としての名誉を守るために」
先生は視線を伏せた。まるで後ろめたい事でもあるかのように。
星乃は更に続ける。
「小鳥遊先輩は、自分の死後に肖像画が他人の目に触れて、そこから蜂谷先生が相貌失認だという事実が露見するのではと恐れたんです。でも、彼はあなたに描いてもらった大切な肖像画を処分する事が出来なかった。その代わり顔の部分だけを塗り潰したんです。その上で、誰かに見つかって追求される事のないようにと、人目のある時はクローゼットの奥に隠していたんじゃないでしょうか。そして先輩が亡くなった後に戻ってきたという絵が、あそこに立てかけてあるあの絵なんでしょう?」
星乃は部屋の隅に立てかけられた裏返しのカンバスを指差す。顔の塗り潰されていた例の絵だ。
「……あの絵を見たのか?」
「……ええ。勝手な事をしてすみません。どうしてもあの絵に興味があったので、先生のいない間に見てしまいました」
「……そうか、あの時か」
先生も気づいたようだ。俺たちが塑像台の上を確かめていた日の事。あの時に小鳥遊涼平の肖像画も見ていても不自然ではないと。
暫くその場には沈黙が降りる。重苦しくも緊張した空気に包まれる中、俺達は蜂谷先生をみつめて、彼が何と返すのかをただ待つ。
「蜂谷先生、先生は小鳥遊先輩の肖像画に関して『見えたままを描いた』そうですね。赤坂先輩からもそう聞きました。たぶんそれは本当の事なんでしょう。先生は、先生の見えたまま――つまり、判別できない顔の部分もそのまま描いたんです。今の先生に人の顔がどう見えているのかはわかりませんが、完成したものはきっと、顔の部分だけが不自然なものだったんじゃないでしょうか。先生と小鳥遊先輩の間にどんなやり取りがあったのかは予測できません。でも、おそらく小鳥遊先輩もそれを納得した上で、その肖像画を受け取ったはずです。だから先輩は他の誰にも絵を見せる事なく、最終的には顔の部分を黒く塗り潰した――蜂谷先生、あなたの画家としての名誉を守るために」
先生は視線を伏せた。まるで後ろめたい事でもあるかのように。
星乃は更に続ける。
「小鳥遊先輩は、自分の死後に肖像画が他人の目に触れて、そこから蜂谷先生が相貌失認だという事実が露見するのではと恐れたんです。でも、彼はあなたに描いてもらった大切な肖像画を処分する事が出来なかった。その代わり顔の部分だけを塗り潰したんです。その上で、誰かに見つかって追求される事のないようにと、人目のある時はクローゼットの奥に隠していたんじゃないでしょうか。そして先輩が亡くなった後に戻ってきたという絵が、あそこに立てかけてあるあの絵なんでしょう?」
星乃は部屋の隅に立てかけられた裏返しのカンバスを指差す。顔の塗り潰されていた例の絵だ。
「……あの絵を見たのか?」
「……ええ。勝手な事をしてすみません。どうしてもあの絵に興味があったので、先生のいない間に見てしまいました」
「……そうか、あの時か」
先生も気づいたようだ。俺たちが塑像台の上を確かめていた日の事。あの時に小鳥遊涼平の肖像画も見ていても不自然ではないと。
暫くその場には沈黙が降りる。重苦しくも緊張した空気に包まれる中、俺達は蜂谷先生をみつめて、彼が何と返すのかをただ待つ。