「は?」

 星乃が蜂谷先生に一目惚れ? だからこいつはどうしても美術部に入部しようと……?

「……年上の異性に憧れを抱く事自体は稀じゃないしな。まあ、教師と生徒という関係を考えれば倫理的にどうかとは思うが。それこそ立場的にはロミオとジュリエット……」

「わああ! ち、違います違います! 今のは言葉のあやです! 言葉が足りないのは、ほしのんの悪い癖です! 確かに先生はかっこいいですけど、そういうアレじゃなくて!」

「どういうアレなんだ?」
「先生の絵に一目惚れしたんです!」

 星乃は言いきると身を乗り出す。

「知ってます? 先生って将来を有望視されている若手人物画家なんですよ。人物画家! そして若手! そんなのかっこいい以外にないです! でも、なぜかここ何年かはまったく作品を発表してないんですけど……」

 あの先生が……? 単なる美術教師じゃなかったのか。

「私、小学生の頃に、市立美術館に展示されてた蜂谷先生の絵を見た事があるんです。『ある少女』ってタイトルの肖像画。そこに描かれた女の子は、いきいきとして、繊細で、まるで本物の人間がそこにいるみたいで、語彙が貧弱だった小学生の私には、とにかく『すごい! すごい!』っていう言葉しか出てきませんでした。私が美術に興味を持ったのもそれがきっかけなんですよ!」

 星乃によると、鮮烈な印象を彼女の心に刻み込んだその肖像画の作者が、蜂谷零一という名前であり、高校で美術教師として勤務していると知ったのは、中学生の頃。しかも美術部の顧問だという。

「そんな情報を耳にしては、是非とも同じ高校に入学して、蜂谷零一その人に逢いたいと思うのは当然でしょ? さらには美術部に入部するのも既定路線ですよ! だって、そうすれば蜂谷先生の絵がもっと見られるかもしれないし、いろんな事だって教えて貰えるかもしれない! それに勝る喜びがあるでしょうか⁉」

 それほどまでに彼女は蜂谷零一に心酔していた。たった一枚の肖像画を目にしただけで。その絵はそこまで彼女を惹きつけたのだ。

「――と、まあ、そういうわけで、私はどうしても美術部に入部したいんです! おわかりいただけましたか⁉」

 それだけで高校まで追いかけてくるとは、その肖像画はそんなに素晴らしいものだったのか? だとしても――

「……理解できない」

 思わず漏らすと

「あ、それならもう一度最初から説明しましょうか?」

 そういう意味じゃない。

「いや、大丈夫。もう充分わかった」

 星乃って、まさか本当にストーカー気質まで備えてるとか……? 実はこいつ、俺が想像してた以上にやばい奴なんじゃ……。