昔から神聖とされる鹿は
神使だと
大人に聞きかされ
僕は万葉の都に
生まれ、
育ち、
営み、
伴侶を得た。
そんな僕の前に初めて神使の
『睡』
が現れたのは、夢の中。
漆黒の空間に
突然
赤い鳥居が現れる。
鮮やかな緑芝生に朱鳥居と
白い稲荷像だけが
鎮座する記憶にある場所が
目の前に広がる。
不思議に風の凪いだ空間。
霞みかかる無音夜。
僕は
ゆっくりと見覚えのある
赤鳥居を潜り抜けた。
瞬間、
其処が見覚えのある
場所ではないと
気付いて、
ああ
これは夢だと解ったんだ。
何故なら
あるはずない
鳥居から伸びる参道が見える。
金銀に光りつつ纏わりつく霞みは
神の雲だから。
道の両脇には邪気祓いの
榊が植わり、
その
枝に藤の蔓が絡まって
こんなにも房咲いているのに
全く
甘い薫りがしない。
やっぱり此は
可笑しいなと思うと
松や桜が生えた野原には
沢山の鹿が寝そべって
僕を伺い見て
どの鹿も瞳からルビーの光を
放っているんだ。
僕は妙な気持ちでゆっくりと
進む。
見たことがある
剥き出しの拝殿に着いた。
知っている拝殿なのに
背景には知らない光景がある
違和感。
新緑の影を
落とす
春日山が横たわり、
煌々と
白む空には
金色の月輪が現れて浮かぶ。
逆光の中に其の輪郭を
僕の眼に
鮮やかに映し出す影が、いる。
巨大な満月を
背負い、
神職袴の姿で佇んで、いる。
それが
立派な御角を持つ稲荷狐。
角稲荷の神使
『睡』
が、口を弓なりにして僕に
笑った?
『夢から醒めぬ、哀しき夫は
お前だね。二年越して眠りから
醒めぬお前に、妻から体を
捧げられし故、お前に黄泉還り
の魂術を施してやろ。寄れ。』
言われた言葉を理解できず
面食らう。
2年越して眠りから醒めぬ?
僕が唖然とした顔をしているのを
さも面白気に観察する
彼は
お構い無しに言葉を紡ぐ。
『わしも、主も人との約束故、
統べる地より離るるは
神無しの月の合瀬ほどよ。
他所を知らず、人の生業を知ら
ず情を知らねども、人は願うて
訪れる。なあ、知らぬ理にて、
人の思いなど汲めるはずなか
ろ。過ち汲めば 解らんとて
聞こえん振りするのよ。』
何だろう?
巨大な満月を背負うかに立つ
彼の姿に酔いそうで
言葉が耳を素通りしていく。
『しかし主は考じた。人なり
世を知り陳する人の声を誠を
計ってみようぞと、わしに命さ
れた。よってお前に術の条件を
与えたろ。わしらに、人の知事
を 開示するな会処を設けい。』
条件は、何に対する条件なんだ?
人の事を知る場所を作れ?
僕は彼の妖艶なまでの
美しい顔をまじまじと捉えて
応じなければ
どうなるのか?と問う。
『造作もない。お前は只只、魂の
予定の如く眠り終わるのみ。』
ニカアッと口を開けて
嗤う表情を見せ付けられて、
漸く僕は
『睡』
彼等の言う、ー人を知らずのー
本質が腑に落ちて、
応と答た。
『あい、妻、結願 得たり!』
ザーーーーーーーーー
と、
松や桜がざわめき
キヤアーーーーーーーー
と、
鹿達が嘶く
僕は再び漆黒の闇夜に落とされた
神使だと
大人に聞きかされ
僕は万葉の都に
生まれ、
育ち、
営み、
伴侶を得た。
そんな僕の前に初めて神使の
『睡』
が現れたのは、夢の中。
漆黒の空間に
突然
赤い鳥居が現れる。
鮮やかな緑芝生に朱鳥居と
白い稲荷像だけが
鎮座する記憶にある場所が
目の前に広がる。
不思議に風の凪いだ空間。
霞みかかる無音夜。
僕は
ゆっくりと見覚えのある
赤鳥居を潜り抜けた。
瞬間、
其処が見覚えのある
場所ではないと
気付いて、
ああ
これは夢だと解ったんだ。
何故なら
あるはずない
鳥居から伸びる参道が見える。
金銀に光りつつ纏わりつく霞みは
神の雲だから。
道の両脇には邪気祓いの
榊が植わり、
その
枝に藤の蔓が絡まって
こんなにも房咲いているのに
全く
甘い薫りがしない。
やっぱり此は
可笑しいなと思うと
松や桜が生えた野原には
沢山の鹿が寝そべって
僕を伺い見て
どの鹿も瞳からルビーの光を
放っているんだ。
僕は妙な気持ちでゆっくりと
進む。
見たことがある
剥き出しの拝殿に着いた。
知っている拝殿なのに
背景には知らない光景がある
違和感。
新緑の影を
落とす
春日山が横たわり、
煌々と
白む空には
金色の月輪が現れて浮かぶ。
逆光の中に其の輪郭を
僕の眼に
鮮やかに映し出す影が、いる。
巨大な満月を
背負い、
神職袴の姿で佇んで、いる。
それが
立派な御角を持つ稲荷狐。
角稲荷の神使
『睡』
が、口を弓なりにして僕に
笑った?
『夢から醒めぬ、哀しき夫は
お前だね。二年越して眠りから
醒めぬお前に、妻から体を
捧げられし故、お前に黄泉還り
の魂術を施してやろ。寄れ。』
言われた言葉を理解できず
面食らう。
2年越して眠りから醒めぬ?
僕が唖然とした顔をしているのを
さも面白気に観察する
彼は
お構い無しに言葉を紡ぐ。
『わしも、主も人との約束故、
統べる地より離るるは
神無しの月の合瀬ほどよ。
他所を知らず、人の生業を知ら
ず情を知らねども、人は願うて
訪れる。なあ、知らぬ理にて、
人の思いなど汲めるはずなか
ろ。過ち汲めば 解らんとて
聞こえん振りするのよ。』
何だろう?
巨大な満月を背負うかに立つ
彼の姿に酔いそうで
言葉が耳を素通りしていく。
『しかし主は考じた。人なり
世を知り陳する人の声を誠を
計ってみようぞと、わしに命さ
れた。よってお前に術の条件を
与えたろ。わしらに、人の知事
を 開示するな会処を設けい。』
条件は、何に対する条件なんだ?
人の事を知る場所を作れ?
僕は彼の妖艶なまでの
美しい顔をまじまじと捉えて
応じなければ
どうなるのか?と問う。
『造作もない。お前は只只、魂の
予定の如く眠り終わるのみ。』
ニカアッと口を開けて
嗤う表情を見せ付けられて、
漸く僕は
『睡』
彼等の言う、ー人を知らずのー
本質が腑に落ちて、
応と答た。
『あい、妻、結願 得たり!』
ザーーーーーーーーー
と、
松や桜がざわめき
キヤアーーーーーーーー
と、
鹿達が嘶く
僕は再び漆黒の闇夜に落とされた