*串蒟蒻 110円
*胡麻豆腐 110円
*大和雑煮330円
*柿の葉寿司110円
*ノンアルコールカクテル
各440円

夜の軽食メニューを出していくと

『マスター!お疲れさまでーす』

昼から入ってくれる
学生バイトの女の子が挨拶をして
上がる。

『日曜、11時行基の噴水な。』

そんな女子バイトちゃんに、
僕と仕事をしてくれる
学生のバイトくんが声をかける
のはもう
付き合ってるの公認だな。

『あ、マスター。お昼にまた、
ファンの常連さんたち来てまし
たよ!もう、なんなんですかね』

タイムカードを押して
其のまま出て行くかと思うと、
振り返りバイトちゃんが
僕に忠告してくれる。

『しゃあないよ。
ナチュラルイケメンの宿命って
やつだろ。ね、マスター。』

なんだろう。
ナチュラルイケメンって。

『じゃあ、あんたは縁ない話ね』

『ひどくない、それ。』

仲が良いんだよね、
本当に。
付き合い初めだしな、
楽しい時だよ。

どこか僕達の学生時代を
思い出させるかな。

『とにかく!マスター!オーナー
にちゃんと、フォローしておい
て下さいよね。何かなる前に!』

バイトちゃんに眼鏡の前で
ビシッと指を立てられて
しまった。

『いらっしゃいませ!』

学校や仕事終わり、
観光疲れの休憩に、
この日限りの人や
顔馴染と常連のお客さまが
入れ替わり
僕達のブックカフェに寄って行く

ゆっくり本を読む人や、
特別に本を御所望する方達は
もう少し夜の帳が降りる頃に

フラりとやって来る。

『よっ!マスター。いつもの』

気安げに入って来たのは
近くで工房をしている、腐れ縁。

『オーナーの時間に来たいのに、
予約入ってこれね~。疲れた』

体験工房をしているヤツは
子供の頃から
妻に懸想する
ライバルだったから
そんな事を今でも言う。

バイトくんがいつもの
胡麻豆腐と、柿の葉寿司、
大和茶をヤツに出してくれる。

『あ~オーナーに癒されたい~』

大和茶をゴクゴクと飲んで
渋艶タイルのカウンターに
うつ伏せる。

僕達のブックカフェは、

妻の家が営んでいた甘味処と、
隣だった
僕の両親の本屋を改装して
建てた
僕達の夢の場所。

コイツも、
僕達の家と同じ区画で仏具屋を
していた親の家を継いで
数珠や、お香、散華作りの
体験もしていて、
最近は体験の方が
忙しいらしい。

『そんな事いってると、いいか
げん奥さんに怒られますよぉ。
あ、日曜の11時過ぎに予約!
空いてたら、散華おねがします』

散華というのは、

仏様の来迎に
花が降ったという伝承から
菩薩の供養儀には

花や葉を撒き散らす。

華の芳香は鬼神を祓い
場を清めるからだとか。

本来の蓮花に代えて、
今は色紙で蓮華を模っている為か

手にすれば
功徳があると
守りや災い除け、呼福、
受験にと
法要で撒かれる美しい散華を
集める人もいるほど。

コイツの工房は
蓮形に互いの干支の守り本尊を
彩色写仏して
渡しあうとかで
ずいぶん流行っている
みたいだね。

『彼女とか!生意気だな~。
バイト内恋愛は禁止しろ~。』

腐れ縁のコイツは
そんな事を言って
ジト目で相手を睨むと、
バイトくんも負けてない。

『なんすか?!あ、どーしようか
な。マスターにオーナー取られ
た時点で、恋愛ご利益あるか
怪しいっすよねぇ。やめよかな』

バイトくんも
悪い顔をのぞかせて電話を
エプロンから
チラつかせるんだよね。

『やめろ?!そ~ゆの、すぐに
SNSすんな!空ける!
日曜、11時過ぎな!毎度!』

慌ててバイトくんの電話を
阻止しようとする
ヤツを
イタズラ顔で避けるバイトくん。

やれやれ
ゆっくり本を読むお客さまに
BGMを夜用に変えようか。

アンプスピーカーから流す
曲を入れ換えていると

『いらっしゃいませ!』

バイトくんの声で入り口を見る。

珍しく、

『睡』

が、そこに立っていた。

彼は羽織袴にブーツ。

この辺りは
万葉の都らしく、
着物姿も、コスプレも珍しくない
けれども、
僕の目には、
しっかり
彼の頭に
稲荷の耳と、男鹿の角が
生えているのが見える。

バイトくんと、
腐れ縁のヤツも何の不信感も
顔に出していないから、
どうやら
僕だけに彼の耳と角は
見えるらしい。

神気のせいか
顔とかも
僕以外は、
朧気になるらしいし。


『よう、珈琲やらをよばれるぞ』

彼は気にする素振りも
見せずに口を弓なりにして笑う。

今日はまだ黄昏時。

彼等が来るには早いようなと、
思いつつ
僕は『睡』に珈琲を出す。

『どうだ、1年立って。入 りは
上々らしいじゃないか。はん?』

妖艶な色気を放つドヤ顔で
見られながら
ブックカフェの様子を
聞いてくる神使ね。

妻にも
昔からモテモテだったと
言われる
僕だけど、
この方達に比べたら
とてもじゃない。

とわいえ、
この人成らざる美形顔から
見下ろされると、
本当に恐れ多いけど。

なぜだか、微妙にムカつくんだ。

『お前が良ければ、伴侶は
わしが善きに計らう。何時でも
解いてやろ。遠慮するなよ。』

頭に生えた稲荷耳を左右に
動かしながら
出した珈琲を、さも
旨そうに啜って
相変わらず
妖艶な笑顔で
妻を横取りすると、

僕を脅してくるからかな。

『いらっしゃいませ!』

再び、来客の様子に
入口を見ると

これは、、、

どうやら『睡』のお連れさま
みたいだ。

白いヘラジカの立派な角に
砂ずり藤の花が
絡み付いているている
鬣の頭に羽織袴姿。

それだけで、
どこの神使かは
なんとなく解るかな。

『春の。来たか。珈琲なるもの
馳走してやろう。座れな。』

ここは僕達のブックカフェ
なんだけどな、と
思いつつ
これまた、恐ろしい美貌を持つ
新手の客に
僕は珈琲を出す。

『春』と呼ばれた神使は
僕が出した
珈琲をクンクンと鼻を近づけ
嗅いでから、
カップをそのままに
チビりと舐める。

『春の、こうして掌に器を
持ち上げるのよ。粋にな。』

どうやら、
新手の神使も珈琲を
お気に召したよう。

僕はホッと安堵の息をついて
カウンターへ戻る。

『いらっしゃいませ!』

次々とバイトくんの来店挨拶が
かかるから、
見ると、、

今日の夜は何かあるのかな?

僕と妻のブックカフェは
僕が担当する
夜の時間には
人成らざる方達が
やって来る。

まだ黄昏時なのに
今日はもうブックカフェは
神使ばかりで満席だね。

『氷はないのか。』

現れた氷の角を持つ鬣の
神使にクレームを
言われながら

僕はすべての発端たる神使、
『睡』を
スマイル眼鏡の奥で
軽く睨らむ。

だってね、
これぐらいは許されると
思うよ。