〜1〜

今日も私は、死んだように息をしながら、ひっそりと、ただひとりで生きている。アパレル系の事務仕事はそんな私にピッタリだと思う。
「おはようございます。」
同僚の海羽《あもう》さんに挨拶だけして席につく。返事はない。でも、それで良い。それが、良い。海羽さんと私が打つ、パソコンのキーを叩く、カタカタという音が部屋中に響く。
心地いい、心底そう思う。
でも、この心地いい時間はもうすぐ終わる。
 …9時30分、私達の上司である佐々井さんが今日も大きな声で挨拶をしながら入ってくる。私はこの人が苦手だ。無駄に元気なところも、そっとしておいて欲しい私達にグイグイ話しかけてくるところも。しかし、今日は少し様子が違った。
「は〜い!みんなちゅうも〜く!今日から一緒に働くことになった、花愛龍《はなめりょう》くんで〜す!新人君だよ〜!」
そう言って、私よりも少しだけ若そうなひとりの男の人を紹介した。じゃあ、自己紹介してあげてね、というと佐々井さんはさっさと席についてしまった。
      どうしよう、、、私こうゆーの、苦手なのに、、 
そう思いながら私は内心オロオロしていたのだが、問題はあっさりと解決した。
 新人君、もとい、花愛 龍くんがあっさりと話しかけてくれたのだ。花愛くんの笑顔は周りにいる人を幸せにしてくれるような、そうまるで魔法のようだと思った。
「初めまして。俺、花愛 龍って言います。分からないことばかりですが、これから宜しくおねがいします。」
なんて、礼儀正しくて、綺麗な立ち姿だろう、と思った。ぼーっとしすぎたのだろう、花愛くんが少しハラハラしたような顔で私を見ていた。海羽さんはもう自己紹介を終えたのか、席に付き仕事を始めていた。
「ぁ、ごめんなさい。私、美里 心露《みさと こころ》って言います。花愛くんよろしくね?」
ひとり、ひっそりと死んだように生きている私はこれくらいでいい。淡々と、でも人に不快な思いをさせないように十分注意しながら。ただただ、それだけ。私にはそれだけでいいんだ。 …だって、私にはそんな資格なんてないから。私にはそんな勇気なんてないから、、
「えっと、まずは花愛くんのデスクを決めないとね?あぁ〜、それよりも佐々井さんに教育係は誰なのか聞かないとね。それからだぁ!」
ある程度の社交性はあるつもりだ。これくらいなら、私は私に許せるから。
「美里先輩、ありがとうございます。先輩くらいですよ。俺にこうやって親切にしてくれるの。」
私のちっぽけな社交辞令にここまで感謝の気持を伝えてくれるのも、あなたくらいだよ、そう、つい言ってしまいそうになる。やっぱり、綺麗な子だと思った。
「そんなことないよ。それにみんないい人だから大丈夫だよ。」
安っぽい笑みで言いながら、いい人ってなんだ?いい人の基準って何?なんて考えてしまう私はやっぱり…あの頃から何も変わってないのだろう。
「先輩?、どうしたんですか?  大丈夫ですか? 一回、ここ、出ますか。俺、壁になるんで。大丈夫ですよ。」
なんて花愛くんに言われて初めて私は自分が涙をこぼしていることにきづく。花愛くんの優しい、背中を撫でる手付きに、あの人を思い出す。花愛くんを初めて視たときから、きっと私はあの人を思い出していたのだろう。花愛くんに付き添われながら、私は外に出る。
「ごめんね…なんかかっこ悪いところ見られちゃったな……」
なんて、強がっているくせに涙は全然止まらない。そんな私に花愛くんはハンカチを手渡して、
「大丈夫ですから、あ、俺、なんか飲み物買ってきますね!」
なんて言いながら私を一人にしてくれた。何も聞かずに。そんな優しささえもあの人に似ていて…私はもっと、もっと辛くなる。辛くなるのに、なのに、それでもやっぱり思い出してしまうのは、私があの人のことを今でも好きだからなのだろう。