「進路調査票は今日中に、
副委員の重松さんまで提出して。」
朝のホームルームで委員長のアタシが、
教壇からクラスの全員に呼びかけた。
隣の重松は今日も変わらずお地蔵さん。
「はぁー?」
「聞いてねー。」
予想通り、生徒からは
不測の事態に不満が噴出した。
「いま言ったから!
未定なら未定で提出しても構わないけど、
個別に指導を受けるからそのつもりでね。」
「ママー!
将来ママは、風俗に入りますか?」
「キャハハハハ!」
女子の誰かの質問で、多くの生徒が爆笑した。
「は?」
からかわれていることが分かって、
アタシはいらだちをあらわにした。
けれどアタシの怒りはすぐに驚きで吹っ飛んだ。
破裂音と共に教卓を叩いたのは、
アタシの隣で地蔵になっていた重松だった。
美「真円ちゃん! の、悪口言ったり、
悪口で笑ったり、しないで、くださぁい!」
顔を真っ赤にして興奮する重松だが、
そんな彼女の行動にも嘲る一部の女子たち。
一度定まった評価は簡単には覆らない。
「はい、静粛にー。
重松さんをあまり怒らせないでください。
日曜にラブホで生徒会長を押し倒した子です。
ぶっ飛ばされたくなかったら黙っててね。
真偽のほどは生徒会長に直接、
尋ねてもらってかまわないから。」
ラブホテルの前で彼女が生徒会長を
押し倒したという情報は事実だ。
真実を断片的に与えて追い打ちをかける。
「天沢ぁッ!」
不穏当な発言に先生からたしなめられた。
「はーい。進路指導の先生からこれ以上、
ウチの担任の顔を潰さないであげてください。
クラス委員からは以上です。」
この担任教師が仕事をしてくれれば、
アタシはこんな面倒言わずに済む。
アタシが生徒会長から告白され、
デートをしたことを知らない生徒はいない。
いつまで経っても静まることなく、
騒然とする生徒を教壇から眺めるのは楽しい。
「じゃあ、提出期限は守ってね。」
注目を浴びる重松が恥ずかしがって
アタシの手を強く握ってくるので、
強く握り返してやった。
痛いんだよ!
――――――――――――――――――――
「天沢さん。
なんで僕がここに呼び出したか分かる?」
昼休みに直前に会長からメッセが飛んできた。
「日曜セックスしそこねたので、
続きを生徒会室で――。」
「違う! 断じて違う!」
昼休みに生徒会室に呼び出されたアタシは、
生徒会長から叱責を受ける。
アタシはアタシで気にせず弁当を広げた。
雨の日に非常階段で食べるよりはマシかも。
「そんな怒鳴らないでください。」
「いや、怒って呼び出したわけじゃないが。
日曜のことで、ひとこと謝りたくて。」
「謝る?」
「そもそも去年の学祭で、無理を言って
1年生に出し物をお願いしたのは僕なんだ。」
「会長が? 去年…?」
なぜ突然そんな話をし始めたのか、
アタシは首をかしげる。
「いや、2年のときは副会長だったけど、
1年生からの出し物が舞台にないって
先生方に指摘されてお願いに回ったのが僕だ。」
「あぁ、そうだったんですか。」
名前と顔をまったく覚えていないので、
先週告白を受けたときには、去年の秋の頃の
副会長などまったく分からなかった。
「アタシも舞台で歌ったのは、
中2のとき以来だったから
けっこー楽しかったですよ。」
「学祭の舞台を機に悪目立ちをして
しまったんだろう。君は。」
「それはアタシの自業自得ってやつで、
無関係な会長に謝られてもウザいだけです。」
「ウザい…。」
弁当は昨日、晩ご飯にしたキスの天ぷらを
南蛮漬け風にした。出来は上々だ。
ちょっと油が多めだったのは気になる。
「いや、前にも言ったが実際、
君のウワサ話の真偽を確かめないことには、
生徒指導にもならないんだよ。」
「生徒会長はウソついてまで、
アタシにお節介をしに来たわけだ。」
「だからそのことを謝りたいんだ。
そしてもっとひどいウワサが、
今朝になって僕のとこにまで広まってるんだ。
どういうことなんだ?
ホテルで、僕が押し倒されたって。」
「それはウワサではなく、誤解ですよ。
素敵な後輩たちに恵まれましたね。
悪事千里です。」
「誤認させたのはどうあっても君だろ。」
「そうかもしれませんね。」
会長のわななく姿に、
アタシの意図が伝わったので笑えた。
誤解から生じたウワサ話は、
どんなに訂正したって
修正されることはない。
足掻くほどに埋もれるアリジゴク。
火に油を注ぐ行為にひとしいので、
自然に忘れ去られるのを待った方が早い。
「まあ、あれは従妹のやったことだから、
誤解させた僕が目をつぶるしかないが。」
「いとこ? って?」
生徒会室の扉がノックされ、
返事も待たずに女生徒が入室した。
重松だった。
「しおちゃん! あ、真円ちゃんも。」
「しおちゃん…?」
聞き覚えのある名前。
たしか、重松の部屋で。
「みーは、重松さんは僕の父の妹の子供だよ。」
「は? あっ!」
重松にバーチャルな美少女を用意した
親戚の『しおちゃん』。その会長が、
勉強の羽休みでゲームを一緒に遊ぶ『いとこ』。
それに会長の本名が『門倉史雄』で、
アルバムで見た重松のお母さんと同姓だった。
突然、目の前の点と点が一本の線でつながった。
「しおちゃん、大変。変なウワサ。」
「その話をいま、天沢さんとしてたとこだよ。」
「なんでみーが、しおちゃんとなんか。」
「なんかとはなんだ!
僕にだって選ぶ権利ぐらいある。」
「だってしおちゃん、
真円ちゃん好きなんじゃないの?」
「そういうの言うなよっ! 本人の前で!」
会長の声がなさけないほど裏返って、
アタシは笑いが込み上げてきた。
目的と手段をごちゃ混ぜにした
似た者同士のふたりを見て、
こらえきれずに腹を抱えて笑った。
今日のアタシ、気分は快晴。
(了)
副委員の重松さんまで提出して。」
朝のホームルームで委員長のアタシが、
教壇からクラスの全員に呼びかけた。
隣の重松は今日も変わらずお地蔵さん。
「はぁー?」
「聞いてねー。」
予想通り、生徒からは
不測の事態に不満が噴出した。
「いま言ったから!
未定なら未定で提出しても構わないけど、
個別に指導を受けるからそのつもりでね。」
「ママー!
将来ママは、風俗に入りますか?」
「キャハハハハ!」
女子の誰かの質問で、多くの生徒が爆笑した。
「は?」
からかわれていることが分かって、
アタシはいらだちをあらわにした。
けれどアタシの怒りはすぐに驚きで吹っ飛んだ。
破裂音と共に教卓を叩いたのは、
アタシの隣で地蔵になっていた重松だった。
美「真円ちゃん! の、悪口言ったり、
悪口で笑ったり、しないで、くださぁい!」
顔を真っ赤にして興奮する重松だが、
そんな彼女の行動にも嘲る一部の女子たち。
一度定まった評価は簡単には覆らない。
「はい、静粛にー。
重松さんをあまり怒らせないでください。
日曜にラブホで生徒会長を押し倒した子です。
ぶっ飛ばされたくなかったら黙っててね。
真偽のほどは生徒会長に直接、
尋ねてもらってかまわないから。」
ラブホテルの前で彼女が生徒会長を
押し倒したという情報は事実だ。
真実を断片的に与えて追い打ちをかける。
「天沢ぁッ!」
不穏当な発言に先生からたしなめられた。
「はーい。進路指導の先生からこれ以上、
ウチの担任の顔を潰さないであげてください。
クラス委員からは以上です。」
この担任教師が仕事をしてくれれば、
アタシはこんな面倒言わずに済む。
アタシが生徒会長から告白され、
デートをしたことを知らない生徒はいない。
いつまで経っても静まることなく、
騒然とする生徒を教壇から眺めるのは楽しい。
「じゃあ、提出期限は守ってね。」
注目を浴びる重松が恥ずかしがって
アタシの手を強く握ってくるので、
強く握り返してやった。
痛いんだよ!
――――――――――――――――――――
「天沢さん。
なんで僕がここに呼び出したか分かる?」
昼休みに直前に会長からメッセが飛んできた。
「日曜セックスしそこねたので、
続きを生徒会室で――。」
「違う! 断じて違う!」
昼休みに生徒会室に呼び出されたアタシは、
生徒会長から叱責を受ける。
アタシはアタシで気にせず弁当を広げた。
雨の日に非常階段で食べるよりはマシかも。
「そんな怒鳴らないでください。」
「いや、怒って呼び出したわけじゃないが。
日曜のことで、ひとこと謝りたくて。」
「謝る?」
「そもそも去年の学祭で、無理を言って
1年生に出し物をお願いしたのは僕なんだ。」
「会長が? 去年…?」
なぜ突然そんな話をし始めたのか、
アタシは首をかしげる。
「いや、2年のときは副会長だったけど、
1年生からの出し物が舞台にないって
先生方に指摘されてお願いに回ったのが僕だ。」
「あぁ、そうだったんですか。」
名前と顔をまったく覚えていないので、
先週告白を受けたときには、去年の秋の頃の
副会長などまったく分からなかった。
「アタシも舞台で歌ったのは、
中2のとき以来だったから
けっこー楽しかったですよ。」
「学祭の舞台を機に悪目立ちをして
しまったんだろう。君は。」
「それはアタシの自業自得ってやつで、
無関係な会長に謝られてもウザいだけです。」
「ウザい…。」
弁当は昨日、晩ご飯にしたキスの天ぷらを
南蛮漬け風にした。出来は上々だ。
ちょっと油が多めだったのは気になる。
「いや、前にも言ったが実際、
君のウワサ話の真偽を確かめないことには、
生徒指導にもならないんだよ。」
「生徒会長はウソついてまで、
アタシにお節介をしに来たわけだ。」
「だからそのことを謝りたいんだ。
そしてもっとひどいウワサが、
今朝になって僕のとこにまで広まってるんだ。
どういうことなんだ?
ホテルで、僕が押し倒されたって。」
「それはウワサではなく、誤解ですよ。
素敵な後輩たちに恵まれましたね。
悪事千里です。」
「誤認させたのはどうあっても君だろ。」
「そうかもしれませんね。」
会長のわななく姿に、
アタシの意図が伝わったので笑えた。
誤解から生じたウワサ話は、
どんなに訂正したって
修正されることはない。
足掻くほどに埋もれるアリジゴク。
火に油を注ぐ行為にひとしいので、
自然に忘れ去られるのを待った方が早い。
「まあ、あれは従妹のやったことだから、
誤解させた僕が目をつぶるしかないが。」
「いとこ? って?」
生徒会室の扉がノックされ、
返事も待たずに女生徒が入室した。
重松だった。
「しおちゃん! あ、真円ちゃんも。」
「しおちゃん…?」
聞き覚えのある名前。
たしか、重松の部屋で。
「みーは、重松さんは僕の父の妹の子供だよ。」
「は? あっ!」
重松にバーチャルな美少女を用意した
親戚の『しおちゃん』。その会長が、
勉強の羽休みでゲームを一緒に遊ぶ『いとこ』。
それに会長の本名が『門倉史雄』で、
アルバムで見た重松のお母さんと同姓だった。
突然、目の前の点と点が一本の線でつながった。
「しおちゃん、大変。変なウワサ。」
「その話をいま、天沢さんとしてたとこだよ。」
「なんでみーが、しおちゃんとなんか。」
「なんかとはなんだ!
僕にだって選ぶ権利ぐらいある。」
「だってしおちゃん、
真円ちゃん好きなんじゃないの?」
「そういうの言うなよっ! 本人の前で!」
会長の声がなさけないほど裏返って、
アタシは笑いが込み上げてきた。
目的と手段をごちゃ混ぜにした
似た者同士のふたりを見て、
こらえきれずに腹を抱えて笑った。
今日のアタシ、気分は快晴。
(了)