抵抗する猶予も与えてくれず、私の体は持ち上げられてしまった。
 卓人はこの部屋を知り尽くしているからか、暗い室内を躓くことなく歩いてブレーカーのある部屋に着いた。
「ごめんね、持ち上げたりして。ちょっと待っててね。すぐ明るくするから」
卓人が離れていく。
 時間にして数秒でパチンッと音と共に部屋が明るくなる。
「あ…」
思わず小さく声がもれた。なにしろすごく、近いのだ。
 心臓に悪い。ころころと表情を変えていてはいつ、変に思われるか。
「里未さん?大丈夫?また顔が赤くなってるよ。熱なら言ってね」
卓人はさらりと笑いながら気にする風でもなく言ったが変にはもう思われてるかも…。
 隠すと決めた以上、冷静さを全面に出すようにしているけど、至近距離にも意識すらされないのは女として自信をなくすな。
 ため息を飲み込み、パンッと音を立てて手の平を合わせる。
「何も無いから気にしないで。ほら、夕食がまだでしょ。冷めてるかもしれないけど。それに、加藤くんを放置のままはかわいそうよ」
卓人は思い出したように不敵に笑う。
「彼、いつか殺してしまいそうだよ」
「え…?」
卓人にとっては気にする発言ではないようで、リビングに向かおうとするので、私は腕を掴んでその歩みを引き止める。
「どうかした?」
こういうおかしな発言をした時、いつも感情のない真顔をされる。ある程度、卓人を分かったつもりでも、冷や汗が出るほど恐ろしく見える。
「こ、殺さないよね…」
「…言ってみただけだよ。そのうち邪魔になるのは目に見えてるしね。面倒な荷物を拾っちゃったなぁ、どうするか考えないと…」
その言葉にとりあえずは安心する。
 だけど、分からなくもない。加藤くんがいるのは良くない気がする。理由はないけど、漠然とそんな気がする。私は卓人に魅力されたけど、加藤くんが卓人に何かを感じることはきっとない。ただ、怯えて苦しくなるだけなんだ。
 私のような人間は私一人でいいんだ。
 世界中が知らない貴方のことを私は知っている。
 私だけが知っていればいいの。
「そうね…」
 消えような声量でうわ言のようにつぶやく。
 私は、卓人と生活することに慣れ始め、すでに麻痺が出始めていたことにこの時の私はまだ気づいていなかった。
 卓人が私のおかしな雰囲気をすでに察知し、怪訝に目を向けていたことも知るよしもなかった。