風呂から上がりリビングに戻ると、ゆちあはソファの上ですやすやと眠っていた。

 その隣に座る愛実は、愛おしそうにゆちあの寝顔を眺めている。

 黒のロンTにステテコパンツという愛実の格好は、彼氏の家で彼氏の服を着て過ごしている彼女にしか見えない。風呂上りで火照っているからか妙に色っぽい。あれ、愛実ってあんなにおっぱい大きかったっけ?

「その子、ゆちあちゃんだっけ? 寝ちゃったのか?」

「雨に濡れたし、疲れたんでしょ」

「まだ子供だもんな」

 俺は水を飲もうと冷蔵庫の方へ歩く。

「そういやお前、制服乾かさなくていいのか? 帰れないだろ」

「あ、忘れてた」

 てへ、とはにかんだ愛実が「ちょっとゆちあ見てて」と言い残してリビングから出ていこうと――

「って、智仁見たっ?」

「見たって、なにを?」

「だから、置きっぱにしてた私の下着」

 愛実がロンTの裾をぎゅっと握りしめながら言った瞬間、体温が百万度を超えた。地球温暖化の原因ってもしかして俺かな?

「あれはっ! 不可抗力というか」

「見た、んだ。私の下着」

「見たっていうか、そもそもお前が置きっぱにしてるのが悪いんだろ」

 そう。悪いのは俺ではなく、置き忘れた愛実だ。フリルがついていて可愛らしかったなぁ……じゃなくて!

「それは……そうだね」

 愛実はそれ以上言い返してこなかった。ってかさっき裸を晒したやつが下着くらいで――いや俺は断じて見てない! 見かけただけだ! 

「制服、どこに干せばいい?」

「浴室乾燥あるから、そこが一番早く乾くだろ」

 ハンガーなら洗濯機の上の棚に入ってる、と教えると愛実は「ありがと。ゆちあをよろしくね」と手をひらひらとさせてからリビングを出ていった。

「愛実のやつ……って」

 あれ? これってもしかしてこの子と二人きり?

 俺はソファの上で眠っているゆちあを見る。

 うん。間違いなく二人きりですね。

 それを自覚したとたん居心地が悪くなる。どうしよう。寝ているんだからそっとしてればいいだけか。

 脳内会議の結果そう結論づけたはずなのに、水を飲み終えると妙に気になって、俺はゆちあに近づいていった。

 寝顔をじいっと眺めてみる。

 ほんと幸せそうに眠りやがってこいつ。

 そのままゆちあの隣に座ろうと思ったが、なんとなくためらわれてソファの対面に置いてある座椅子に座った。

「おまたせー」

 五分ほどして、ようやく愛実がリビングに戻ってくる。

「ってかさ智仁。さっき冷蔵庫の中見たけど食材なんにもないじゃん。あるのはカップラーメンばっか。栄養偏るよ」

「うるせぇ。母さん出て行ってからずっとこうなんだよ」

 言った後で、しまったと愛実を見る。

 愛実は申しわけなさそうに俯いた。

「ごめん。軽率だった」

「いや、俺も……そういうつもりで言ったんじゃないから」

 俺も俯く。

 俺の母さんは、俺が受験に落ちてから一か月もたたないうちに他の男を作って家を去った。

 父さんは県外への転勤を希望して、三ヶ月ほど前から単身赴任中。

 二人とも、辛い思い出しかないこの家には、もういたくなかったのだろう。

「過ぎたことだし。愛実が気にすることじゃないから」

「それ、智仁は気にしてるってことじゃん。ほんとごめん」

「だからいいって。もう慣れたし」

 そう。

 俺はこの現状に慣れた。

 現実を受け入れた。

 ほんとふざけんな。

 この家、一人で住むにはあまりに広すぎるんだよ。

 使わない場所が多すぎるんだよ。

 こんな広すぎる家に一人でいると俺だって辛いが、学校に行くとエセ天才扱いされてもっと苦しいから、仕方なくこの家に引きこもっている。もう四ヶ月だ。いや、夏休みはそもそも休みだから、学校に行っていない期間はもう少し短い。そう考えるとまだまだ大丈夫だって思えてくるから不思議だ。

「ねぇ智仁」

 愛実が顔を上げないまま言う。

「隣、座っていい? 話したいことがあって」

「好きにしろよ」

「ありがと」

 力なく笑った愛実が遠慮がちに近づいてくる。拳二個分くらいのスペースを開け、膝を抱えて床に座る。

「……」

「……」

 話したいことがあるんじゃねぇのかよ!

 それからしばらく、ゆちあの寝息だけがリビングに響いていた。

「この子、どうしたんだよ?」

 しびれを切らして、俺から話しかける。

「この子って?」

「ゆちあだよ」

「そう、だよね」

 愛実は口を膝がしらに押しつけて黙り込む。

「あのね、私の言ってること信じられないかもだけど、信じてほしいの」

 その入り、絶対なんか悪いことしてるパターンのやつじゃね? もしかしてほんとに愛実の子供? いやいや年齢的にありえないから……ということは――――誘拐?

「学校から一人で帰ってたらね、気がついたら、この子と手をつないで歩いてたの」