「おとーさんのばかぁ」

 ゆちあは泣きじゃくっていた。

 おかーさんがいない。

 帰ってこない。

 ゆちあにとってそれは絶望と同じだった。深い闇の中にいるのと同じだった。

 ゆちあが悪い子だから見捨てられちゃったの?

 嫌だよそんなの!

 そう思わずにはいられない。

『やっとつなげられたか。くそ。もう残された時間は少ないというのに』

 その時、突然頭の中で声がした。

 え、なにこの声?

『ゆちあ。もう泣きやみなさい』

 隣で、床に這いつくばるようにして泣いている莉子おねーちゃんの声じゃない。穏やかで優しい、男の人の声。

 その声を、ゆちあは夢の中で聞いたことがあるような気がした。いや、本当はもっと昔に、どこかで聞いたことがある気がした。

『ゆちあ、もう少しだけ頑張ってくれ。おとーさんとおかーさんのために。ゆちあにしかできないんだ』

 ゆちあにしか、できない?

 おとーさんとおかーさんのために?

 ゆちあがおとーさんとおかーさんの力になれるの?

『ああ。ゆちあにしかできない。ゆちあがみんなを助けるんだ。やってくれるかい?』

 そう問われ、ゆちあは胸に拳を添えた。

 ゆちあにしかできないなら、やらなきゃ。

 おとーさんとおかーさんのために、ゆちあ頑張らなきゃ。

 心の中に勇気が灯る。

 ゆちあは大きく頷き、泣くのをやめた。

『さすがゆちあだ!』

 だってみんなを助けたいもん。

 ゆちあ、そのためにここにやってきたんだもん。

 ゆちあは自分の使命を思い出していた。

『ゆちあ、よく聞くんだ。ゆちあのおかーさんがピンチだ』

 え?

 おかーさんが、ピンチ?

『いいかいゆちあ。じーちゃんの声の通りに動くんだ。そうすればみんなを必ず救える』

 ほんとに?

『ああ。でもゆちあにとって、ものすごく勇気のいることをしなければいけない。それは敵に立ち向かう勇気だ。それでもおかーさんを助けにいってくれるか?』

 いく!

 ゆちあ、おかーさんを助けにいく!

 ゆちあはリビングを飛び出し、玄関で靴を履く。

『さすがゆちあ。それでこそわが孫だ』

「ゆちあちゃん! どこいくの? もうこんなに暗いのよ」

 後ろから声がする。

 莉子おねーちゃんが心配しているんだ。

「うん。もうお外真っ暗だけど、いかなきゃ」

 ゆちあは靴ひもをキュッと結んでから振り返った。

 少し前に、おかーさんに教えてもらったちょうちょ結び。

 綺麗にできた。

 あとでいっぱいいっぱーい褒めてもらおう。

「ゆちあ、おかーさんを助けにいかなきゃいけないから」

「え? 愛美を?」

 莉子おねーちゃんは目を丸くした。

「おかーさんがピンチなの。だからゆちあが助けにいかないと」

「愛美がピンチって、どういうこと?」

「わかんない。でもゆちあがいかなきゃ。みんなを救うの」

「待って!」

 ひときわ大きな声で呼び止められる。

「どうして、ゆちあちゃんはここにいるの?」

「ゆちあは、おとーさんとおかーさんを救うためにここにいるの。みんなの未来を守るためにここにいるの。だからゆちあはいかなくちゃいけない」

 力強い声で宣言してから、ゆちあは外へ飛び出す。夜の真っ暗闇は少し怖いけど、おかーさんのピンチなら急がなきゃ!

『ゆちあ! よく決意した! 急げ! ご褒美だ!』

 笑っているようにも切迫しているようにも聞こえる暖かな声が頭の中でした瞬間、ゆちあの足は宙に浮いた。

 と思った瞬間には、たくさんの家を上から見下ろしていた。

「うわぁ、ゆちあ飛んでる」

『空を飛ぶのが一番早い。ゆちあの願いでもあるからな』

 たっくさん遊んだ遊園地からの帰り道、願いの灯に入れなかった、でも一度やってみたかった願いが、今こうして叶っている! 空を飛ぶって、すっごく気持ちいぃ!

『さぁ、じーちゃんの道案内のとおりに飛ぶんだ』

「うん!」

 ゆちあは夜空を一直線に飛翔した。