その後もさんざん遊びまくって、俺たちは遊園地を後にした。

 もう空は真っ暗だ。

 三人で電車に乗っている間、ゆちあが今日遊園地であったことをずっと話していた。

 俺の家の最寄り駅に到着し、電車から降りる。改札を通った後、ゆちあが俺の服をくいっと引っ張ってきた。

「おとーさん。おんぶ」

「どうした? 電車に酔ったのか?」

「違うの。眠いの」

 ゆちあの目はとろんとしていた。

 瞼はすでに半分以上閉じている。

「ったく、しょうがないなぁ。ほら」

 ゆちあに背中を向けてしゃがむと、すぐ背中に重みを感じた。首に小さな腕が巻きつく。

「ありがと。おとーさ…………」

 その言葉を言い終える前にゆちあは眠ってしまった。ほんと可愛いなぁ。俺はゆちあを背負ったまま歩く。その重さも、体温も、感触も、背中で感じる息遣いも、すべてが心地よかった。

「本当に、子供って走るか寝るかの二択なんだな」

 交差点で信号待ちをしている間に、よいしょとゆちあを背負い直すと、愛実がくふふと笑う。

「ほんと、百かゼロかって感じだよね」

「力の抜き方知らないんだろうなぁ」

「大人と違って、ね」

「そういうことは知らないままの方が楽しいよなぁ」

「知識ってさ、自慢になるし必要だし知ってて損はないんだけど、無敵さを削ぎ落とす刃でもあるんだなって、時々思うの」

「おーおー、引きこもりと違って、優等生は言うことが違いますなー」

 その自虐ツッコみを言った後で、あれ? と思う。

 俺、今、引け目を感じただろうか? と。

 引きこもりを自虐ネタとして、なんのためらいもなく言えたんじゃないだろうか?

 劣等感の『れ』の字も浮かばなかったんじゃないだろうか?

「智仁……。今の」

 愛実もそれを感じ取ったのか、口をぽかんと開けて俺を見ている。なんか急に体が熱くなってきたぞ。

「まあなんつーの? 俺もゆちあと一緒にいていろいろ思うことがあったっつーか、きっと」

 俺はいくつもの星が瞬いている夜空を見上げる。

 いつから下ばかり向いて生きるようになったのかはわからないが、空にはこんなにも綺麗な景色が広がっているんだと、改めて思い知らされた。

 いつか自分を卑下するためにたとえに出してしまった星たちに全力で謝りたい。

「ゆちあと愛実と、今日みたいに笑いながら過ごせてるおかげなんだと思う」

「智仁」

 愛実は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱり、智仁は変わらないね」

「愛実が言うならそうかもしれないな」

 断定はできなかったが、食い気味に否定したあの日の自分とは違う自分になれている気はする。

「なにそれ、かもしれないって」

「愛実の言葉なら信じてもいいかなって思っただけだよ。自分じゃ自分がよくわからないから」

「私は智仁とゆちあといる時が一番楽しいって、自分自身で確信してるよ。だからありがとう」

 愛実は頬を少しだけ朱色に染めていた。照れているのだろうか。

 全身が、ぞくりと粟立つ。

「ばっか、そんな面と向かって褒めんじゃねーよ。恥ずかしいだろ」

「智仁が先だったでしょ」

「なんだよ」

「そっちこそなによ」

 きっと俺も顔が真っ赤になっているんだろうな、と思う。しばらく二人で言い合って、どちらからともなくくふふと噴き出す。

「ゆちあ……もっと頑張るからね」

 やがて、背中からそんな寝息が聞こえてきた。

 ほんと可愛いなぁもう。

「頑張るって、いったいなにを頑張るってんだか」

「毎日を楽しく生きることじゃない? 子供なんだから」

 信号が青になり、愛実と同じ速度、同じ歩幅で歩く。

 無理に合わせようとしていないのに、つき合っていたころと同じように二人で自然と並んで歩けていた。