セシルを無理矢理起こし、アーニャに身の潔白を証明して三人で朝食をとる。
相変わらずアーニャの作ってくれる食事は美味しいのだが、変な汗が出るのは何故だろうか。
何も後ろめたい事は無いはずなんだけど、無意識にいろいろと考えてしまっているのかもしれない。
「ごちそうさまっ! さぁ、お兄さん。いよいよ森だね。楽しみだね」
「お、おぅ。そうだねっ! 森の中は自然がいっぱいで良いよね」
何とか気分を変えようと、セシルの言葉に便乗すると、
「リュージさんは、あまり森の中へ入りたがっていないような感じがしたのですが」
「ち、違うよ? 夜の森はどうかなって思っただけで、そんな事は全くないよ? いやー、森林浴って良いよね。さぁ張り切って行こう!」
アーニャが訝しげな表情を向けてきたけれど、何とか勢いで乗り切った。……乗り切ったと思う。
別にアーニャが何か言ってきた訳ではないんだけど、「俺は変態じゃないんだ。朝起きたら、セシルが俺の胸で寝ていただけで、無実なんだ」と心の中で言い訳をしてしまう。
一方で、当のセシルは早く行こうよーと、俺の腕に抱きついてくる。
無邪気に喜んでいるだけなんだけど、女の子なので、もう少しボディタッチを減らしてくれた方が良さそうなのだが。
一先ず朝食の後片付けを手伝い、出発準備が整ったので、セシルを先頭に森の中へと入って行く。
大きな森だとは思っていたけれど、広さだけではなく、樹木の一本一本も太く、背が高い。
上の方で葉が生い茂り、陽の光が殆ど届かないのだが、
「二人とも、次はこっちだよ」
「そこに窪みがあるから足元に気を付けてね」
「お兄さん。そこに生えている草は薬草だよ。少し摘んでいこうよ」
セシルは夜目が効くのか、薄暗い森の中でも普段と変わらぬ歩みを見せる。
「ふぅー、お兄さん。やっぱり森の中を歩くのは楽しいねー」
「そ、そうだね」
「うん。だけど楽しさのせいで、つい歩き過ぎちゃって、休憩を忘れちゃうけどね」
確かに、随分と歩いた。
二時間くらい歩きっぱなしだったのではないだろうか。
正直、俺は脚がメチャクチャ痛いし、物凄く疲れているのだけれど、それでもセシルはまだまだ余裕がありそうだ。
「……って、しまった。結構歩いたけど、アーニャは大丈夫?」
「私ですか? この程度でしたら全然大丈夫ですが」
あー、そういえばアーニャは獣人族だから体力はあるって言っていたね。
「お兄さん。結構歩いたし、一度休憩にする? その先に、少し開けた場所があるんだ」
アーニャへの気遣いのつもりだったけど、逆に俺が気を遣われてしまい……だが、少し疲れているので、城魔法を使って家を出す。
一先ず、この森の中で薬草を沢山拾ったし、疲労回復と体力向上のポーションが作れないか挑戦してみよう。
セシルやアーニャが一休みしている中、俺は調剤室へ移動し、並べられた薬草や薬を鑑定していく。
暫く鑑定を使っていると、滋養強壮や持久力、夜盲症に効くという複数の薬草を見つけたので、とりあえずそれぞれを調合してみる事にした。
「お、それっぽい効果の薬草を調合したら出来たな。出来たのは……ナリッシュメント・ポーション? 何だこれ?」
だが、名前から効果が想像出来ないので、すぐさま鑑定してみる。
『鑑定Lv2
ナリッシュメント・ポーション
Bランク
滋養強壮効果がある』
要は栄養ドリンクだって事だよね?
とりあえず、かなり歩いて疲れているし、早速飲んでみよう。
「……あ、熱い!? 身体の中から力が湧いてくるみたいだけど、大丈夫なのか?」
実際の効果は分からないけれど、効いている感じはする。
いざという時にあれば便利そうだし、材料も豊富にあるので十本分くらい作っておいた。
「よし、どんどん作るぞ」
気合が入った所で、持久力の効果があるタレハ草という薬草を調合すると、エンデュランス・ポーションというBランクのポーションが出来た。
これも鑑定してみると、元の薬草と説明が同じなのが残念だけど、効果は上がっているのだろう。
先に飲んだ滋養強壮効果があるので、こっちは飲まずに、ストック用として十本作っておいた。
次は、夜盲症に効くというサエグサの花を調合してみると、暗視目薬(A)というアイテムが出来た。
「目薬か……初めてポーション以外のアイテムが出来たな。とりあえず、使ってみるか」
とりあえず使って窓から外を覗いて見ると、薄暗かった森の中が照明が点いているかのように明るく見える。
これは、夜に活動する事があれば役立ちそうだなと、一気に二十本くらい作った所で、
「お兄さーん。そろそろ出発しても良いー?」
休憩が終わり、移動を再開する事になった。
休憩を終え、再び森の中を歩いているのだが、ポーションの効果のおかげで疲労感が全く無い。
更に目薬の効果で、薄暗いはずの森の中が、街道を歩いていた時の様にはっきりと見えるので、変な所で躓いたり、謎の物音に怯える必要が無くなった。
ポーションを作って正解だったな。
「お兄さん。休憩が良かったのかな? 何だか、随分と足取りが軽いね」
「あはは、まぁね。セシルの言う通り、休憩が良かったんだと思うよ」
本当は思いっきりポーションの力に頼っているんだけど、それはさて置き、エルフのセシルと獣人族のアーニャに負けず劣らずのペースで歩いていると、何やら変わった生き物を見つけた。
その生き物は、掌大の小さな人形みたいな女の子の姿をしていて、背中から蝶々を思わせる羽が生えている。
所謂ファンタジーの定番とも言える妖精で、森の中に生えている青白い花を飛び回り、何かを集めているみたいだ……と、ここだけ見れば、凄くメルヘンチックな雰囲気なのだが、残念な事に、その妖精の顔に悲壮感が漂っている。
「セシル。あそこに妖精みたいなのが居るんだけど、あの娘、大丈夫かな?」
「えっ!? 妖精!? お、お兄さん。どこに居るの?」
「どこ……って、すぐそこの茂みにいるよね? ほら、今も隣の花へ移動したし」
「えぇっ!? すぐそこの茂み……って、何も居ないよ?」
あ、あれ? セシルには妖精の姿が見えないのか?
目と鼻の先に居るんだけど。
「アーニャは、そこの花に顔を突っ込んでいる妖精が見える?」
「……すみません。ちょっと何を言っているか分からないです」
「じゃあ、この丈の短いワンピースを着ている、人形みたいな赤毛の女の子は幻覚なの?」
「リュージさん。さっき、森の中でポーションの材料になるからって、セシルさんと一緒にキノコを採っていましたけど、まさかそれを食べたんですか!?」
「食べてないよっ! というか、アーニャが美味しいご飯を作ってくれるのに、拾い食いなんてしないってば」
マジで俺にしか見えてないの?
掌程の大きさだけど、幻とは思えない程の存在感なんだけど。
何やら一生懸命に花の中へ手を突っ込んで居る妖精に、静かに指を伸ばすと、
――ムニン
ほら、ワンピースからスラリと伸びる太ももが、柔らかくもハリがある弾力を返してきた。
「――ッ!?」
そう思った瞬間、妖精がビクッと後ろへ下がり、顔面蒼白になりながら俺の顔を見上げて来る。
「ご、ごめん。集めていた黄色いのが落ちちゃったね。驚かせるつもりはなかったんだ」
「……?」
「ただ、君の事が見えないって言われたから、本当に居るのかどうか触って確認したくなちゃって。本当にごめんね。はい、これ」
落ちた黄色の何かを指で摘まみ、渡そうとすると、小さな手が恐る恐る伸びてきて、受け取ってくれた。
「お、お兄さん? 一人で何をしているの?」
「一人じゃないって。ここに妖精みたいな可愛い女の子が居るんだよ」
セシルが大丈夫? とでも言いたげに俺の顔を覗き込んで来る。
いや、違うんだ。本当に、妖精が居るんだって。
「……か、可愛いって、私の事?」
「え? うん、そうだよ。可愛い妖精さん」
ほらほら、ついに喋ってくれたよ。
というか、言葉がちゃんと通じているんだね。
「お、お兄さん!? 今の声は何!? 随分と高い、女の子みたいな声だったけど、誰の声なの!?」
「……まぁ、普通はこっちのエルフさんみたいになるよね。ねぇ、そこの人間さん。どうして私の事が見えるの?」
「どうしてって聞かれても普通に見えるから……あっ! もしかして、あの目薬のせいかな? Aランクだったし、凄い効力があったのかも」
混乱するセシルの前で、妖精と俺が話をし始めたからか、アーニャと共に目を白黒させている。
あの目薬……暗い場所が見えるようになるだけじゃなくて、本来見えない物まで見えるようになっていたって事か?
「お兄さん。そういえば、さっきの休憩中にお薬の部屋に籠ってたよね。何かポーションを作ったの?」
「うん。暗くて歩きにくかったから、暗視効果がある目薬を作ったんだけど……見えすぎちゃったみたいだ」
本当は滋養強壮なんかのポーションも作って飲んだんだけど、体力が無いと思われるのはちょっと嫌なので黙っておこう。
「待って! 人間さんは薬が作れるの? しかも、隠蔽魔法を使っている私の姿が見える程の強い効果がある薬が」
「え? まぁ、一応は」
「じゃあ、私が集めていた、この『玉章の花粉』に肌を綺麗にする効果があるんだけど、これをもっと強い効果に出来ないかしら?」
「多分出来ると思うけど、もう少し広い場所じゃないと、薬が作れないんだ」
「広い場所があれば作ってくれるの!? じゃあ、こっちこっち。ついて来て」
突然現れた妖精さんに薬を作ってくれとお願いされ、セシルとアーニャを連れてついて行く事にした。
「ここはどう?」
妖精さんに案内された先は、森の中にあるちょっとした隙間のような空間だったので、城魔法で家を出すと、皆で中へ。
「リュージさん。丁度お昼時なんで、食事にしませんか?」
「いいね。じゃあ、アーニャは昼食の準備をお願い。俺は妖精さんに頼まれた薬を作ってくるよ」
アーニャがキッチンへ向かったので、いつものようにセシルがリビングでラノベを読むのかと思ったら、
「お兄さん。ボクにも妖精さんが見える薬をくれないかな。ボクも妖精さんを見てみたいんだ」
「いいよ。少し多めに作ったからストックもあるし、調剤室へ来てよ」
調剤室にある暗視目薬(A)をセシルが使い、
「……うわ。ホントに居た!」
俺と同じく妖精さんが見えるようになったらしい。
「初めまして、エルフさん。妖精を見るのは初めて?」
「ううん、二回目だよ。小さい頃に一度会った事があるんだけど、その妖精さんは緑色の髪の毛だったんだ。それに、顔や姿も違うと思う」
「そうだね。妖精にも種族が幾つかあるし、髪型や服装、髪の色だって、それぞれだからねー」
「そうなんだ。うーん、ボクが会った妖精さんは何て名前だったかなー?」
セシルの小さい頃……って、本当に何歳なのさ。
俺からすれば、今のセシルも十分に幼いからね?
セシルと妖精さんが話をしている間に、サクッと薬が出来た。
念のため、求められている効能があるかどうか鑑定を行ってみると、
『鑑定Lv2
フェイス・ローション
Bランク
植物性化粧水』
効果の説明が、化粧水ってどうなんだ?
この世界に化粧水があるなら通じるだろうけど、俺に化粧水の説明をしろって言われても困るんだけど。
「出来たよ。ビンに入れれば良いかな?」
「うん、お願い。ところで、この液体はどうやって使うの?」
「……朝起きた時と、夜の寝る前かな。顔を洗った後に顔へ付ける事で、肌に潤いを与えるんだ」
とりあえず、化粧水の使い方を何となく喋ってみた。
使った事が無い俺からすれば、頑張ったと思うのだが……合って居るかどうか、若干不安だな。
「なるほどねー。肌に潤い……私も使ってみても良いかしら?」
「構わないけど、君は十分可愛いし、肌も綺麗だから要らないんじゃない?」
「あはは。人間さん、お上手ね。でも女性は。より綺麗さを求めたい生き物だからねー」
そう言いながら、妖精さんがペチペチと化粧水――もとい、フェイス・ローションを顔に付ける。
「これ……凄いわ! 上手く言い表せないけど、凄くしっとりしてる」
そんなにすぐ効果があるのか?
Bランクだからか?
良く分からないけど、妖精さんが気に入っているみたいだから、良しとしよう。
「人間さん、ありがとう。今は何も無いけれど、後で必ずお礼をしに来るから……えっと、お名前は?」
「俺はサイトウ=リュージっていうんだ」
「リュージさんね。私は妖精の中でもピクシーっていう種族で、ガーネットっていう名前なの」
そう言って、ガーネットがフェイス・ローションを入れた小瓶を抱きしめる。
「リュージさん、本当にありがとう。実は私を含めて、沢山の妖精が大量の玉章の花粉を集めさせられていたんだけど、これで当分集めなくても良さそうよ」
「そういえば、最初は凄く悲壮な顔をしていたけれど、何があったの?」
「何があったというか、私たちのノルマなのよ。妖精の女王が肌荒れを気にしていて、大量の玉章の花粉を集めろって言われててねー」
「何だか大変そうだね」
「それはもう。とにかく人使いが荒くて、自分は指示を出すだけで、王宮から一歩も動かないんだから」
あー、分かる。
俺が日本でサラリーマンをしていた時も居たよ。
口だけ出して、自分では何も出来ない上司とかね。
「女王様が最後に外出したのは何年前かしら? 確かエルフの子供に加護を……」
「あ、思い出したー! そう、加護だよ」
ガーネットが更なる愚痴を言いかけた時、セシルが突然大きな声を上げる。
「セシル、加護って?」
「うん。ボクが小さい頃に、ティターニアっていう妖精さんが来て、妖精の加護っていうのをくれたんだー」
「そうなんだ。ガーネット、ティターニアっていう妖精は知り合い?」
セシルが口にした妖精の名をガーネットに尋ねると、
「あ、あはは。貴方があの時の……じゃ、じゃあ、そういう事で! リュージさん、お薬本当にありがとう!」
「え? 妖精さん? どうして突然帰っちゃうの? お兄さん、何があったの!?」
ガーネットが慌てた様子で帰って行った。
たぶん、セシルが小さい頃に会ったというティターニアが、妖精の女王なんだろうな。
……ところで、妖精の加護ってなんだろう。
そう思った所で、リビングから昼食が出来たというアーニャの声が聞こえてきた。
「結局、リュージさんが見たっていう妖精は何だったんですか?」
「詳しい事は分からないんだけど、妖精の女王様に花粉を集めさせられていたらしくて、それを薬にして効能を上げたら凄く喜んでたよ」
「妖精の女王……ですか」
美味しい昼食に舌鼓を打ち、再び出発しようかという所で、アーニャが事の顛末を聞いてきた。
「そうだねー。お兄さんの作った薬で凄く喜んでいたね」
「セシルさんも妖精を見たんですね?」
「うん、見たよー。お兄さんが作った目薬を使うと、隠蔽魔法で隠された物まで見える様になるみたいなんだ」
「そういう事ですか。良かった……妖精の女王とか言い出すので、症状が悪化したのかと思っちゃいました」
症状が悪化……って、あれ? アーニャには、危ない幻覚が見えていると思われていたの!?
今度、お礼をしに来てくれるって言っていたので、その時にはアーニャにも目薬を使ってもらって、妖精を見てもらわなくては。
固い決意の後に、後片付けを済ませ、再び森の中へ。
滋養強壮効果のあるポーションも飲んで居るし、何事も無く順調に進んで行って、夜を迎える。
夕食を済ませた後、セシルはラノベ、アーニャは漫画を読みながらリビングで寛ぐ。
そんな中、俺は日中に摘んだ薬草を調剤室でひたすら調合していく。
というのも、セシルの見立てでは、明日の夕方頃には森を抜けるという話だったので、次の町へ着いた時に売るポーションを用意しておくためだ。
資金稼ぎになるし、ついでに商人ギルドで話も聞けるしね。
とはいえ、暗視目薬は売る訳にはいかないけれど。
隠蔽魔法を打ち破る効果があるって事は、この世界のセキュリティ的なものを崩壊させる恐れがあるし、セシルも一度しか見た事が無いっていう妖精を、大勢の人が目撃する事になってもダメだろうし。
という訳で、売った実績もあるマジック・ポーションなどを中心に作っていく。
しかし、バイタル・ポーションのAランクとかが出来てしまったんだけど、この前の商人ギルドのリアクションを考えると、Aランクは出さない方が良いかもしれない。
そんな事を考えながら、初めて見るポーションなどを含めて纏めていると、
「お兄さん。そろそろお風呂へ入ろうよー」
「分かっ……じゃなくて、セシルはアーニャと入ろうか。その代わり、夜はちゃんと一緒に寝るからさ」
セシルがお風呂へ呼びに来た。
唇を尖らせるセシルをなだめつつ、アーニャにお願いした後、昨日同様にベッドへ。
……
翌朝。薬もいっぱい作ったし、街へ着いたら二人の服を買ってあげないとね。
そんな事を考えながら歩き通し、陽が落ち始めた頃に森を抜け、茜色に染まった草原へ出た。
出た……のだが、突然ファンタジー世界の洗礼を受ける事になる。
「セ、セシルッ! 危ない! こっちへ!」
「大丈夫だよ、お兄さん」
「いや、大丈夫じゃないって! アーニャも何とか言ってよ」
周囲に街道や建物もなく、隠れる物が何一つない草原の真ん中で、大きな野犬? の群れに囲まれてしまった。
それなりに距離はあるものの、後ろへ下がれば森があるので、木に登れば犬は襲ってこないと思う。
だが、十数匹は居そうな野犬の包囲網を突破しなければならないが。
「リュージさん。落ち着いてください。セシルさんが大丈夫だと言っていますから、大丈夫でしょう」
「いやいやいや、むしろ、どうしてアーニャもそんなに冷静なのさっ! こんなに沢山の野犬に囲まれて居るんだよ!?」
「そうですが、まぁ所詮犬ですし」
所詮犬……って、俺たちを取り囲んでいるのは、大きな牙のあるドーベルマンみたいな犬だ。
狼だって言われても信じられるくらいの犬に囲まれて居るのに……そうだ! 城魔法だっ! 突然大きな家が現れたら、この野犬たちが驚いて逃げるかもしれない!
それに、家の中に入って閉じこもってしまえば、諦めて逃げて行くだろう。
初めての状況でパニックとなってしまい、ようやく城魔法を使うという発想に至った所で、先頭に居たリーダー格らしき野犬がセシルに飛びかかる!
「セシルッ!」
間に合うか!? とにかくセシルを守らないと!
勇気を振り絞り、セシルに向かって駆け出した所で、周囲に居た野犬たちが回転しながら上空へと吸い込まれていき、あっという間に居なくなってしまった。
「何がどうなっているんだ?」
「え? 襲いかかって来たから、竜巻を発生させて遠くへ飛んで行ってもらったんだけど……お兄さん、どうかしたの?」
「竜巻!?」
「ん? ボクが使った風の魔法だけど?」
そっか。セシルはエルフなんだっけ。
俺が城魔法を使えるように、セシルだって魔法が使えるのか。
アーニャを見てみれば、この結果が分かっていたかのように、いつも通りの笑顔で、俺と目が合うと不思議そうに小首を傾げていた。
セシルが魔法で野犬の群れを吹き飛ばしてから、どういう訳か魔物と頻繁に遭遇するようになった。
「お兄さん。ゴブリンは毒を使うから、ボクの後ろに隠れてね」
「お兄さん。あの大烏には気を付けて。上空から顔を狙って来るから」
「お兄さん。あの芋虫には近づいちゃダメだよ。動きは遅いけど、人も食べちゃうくらい程に貪欲だから」
というか、現れ過ぎじゃない?
基本的にセシルが全部一撃で吹き飛ばし、それに堪えた奴はアーニャが蹴り飛ばす。
「リュージさん。お怪我はありませんか?」
「二人のおかげでかすり傷一つないよ」
「それは良かったです」
……うん、そうだよ。このファンタジー的イベントが起きた時、俺は全く役に立たない。
俺は元々普通のサラリーマンだし、異世界転移で得たスキルは実家を呼び出したり、お医者さんごっこしたり……自覚してるけど、戦闘系スキルは皆無なんだよ。
「お兄さん。そろそろ日が落ちちゃうし、今日はここでお終いにする? それとも、もう少し頑張る?」
「いや、ここまでで良いよ。さっきから色んな魔物に襲われてばかりだしさ」
「確かに遭遇し過ぎだったねー。もしかしたら、地震で崩れた所にダンジョンとかがあったのかもしれないね」
出た、ダンジョン!
ファンタジーのダンジョンと言えば、マッパーやシーフが活躍する古典的なダンジョンと、入る度に形を変えたり、ダンジョンの中で魔物を生み出したりするタイプがあるけど、この世界はどっちなのだろうか。
城魔法で家を出し、いつも通りに夕食の準備を始めてくれるアーニャに感謝しつつ、リビングでラノベを読むセシルに声を掛けてみた。
「セシル。今日魔物を倒していた魔法って黒魔法?」
「違うよー。黒魔法は人間が作った魔法で、ボクが使うのは精霊魔法だから」
「精霊魔法……っていうと、サラマンダーとかウンディーネとかって奴?」
「よく知っているね。その通りだよー。ボクは火と闇の精霊は使えないけど、それ以外の精霊は皆使えるんだよー」
凄いな。精霊って言えば、火と水と風と土のイメージがあるけど、セシルが闇の精霊って言ったから、おそらく光の精霊とかも居るのだろう。
つまり、少なく見積もっても四種類の精霊魔法をセシルは使えるのか。
今日は風の魔法を多用していたけれど、機会があれば見る事もあるだろう。
「セシル。精霊魔法って俺にも使えるのかな?」
「うーん、どうだろー? 精霊魔法を使う人間って聞いた事が無いから、難しいんじゃないかなー?」
「そっかー、残念」
俺に精霊魔法は使えないのかー。
今日は本当に何も出来なかったからなー。
アーニャみたいに魔物と直接対峙出来るとは思えないから、セシルみたいに遠くから魔法で攻撃するのが理想なんだけど……アーニャは黒魔法とか知っているかな?
「アーニャ。少し聞きたい事があるんだけど」
「リュージさん。夕食なら、もう少しで出来るので、待っていてくださいね」
「いや夕食じゃなくて、アーニャと話がしたくてさ」
「……そ、それは夜伽のご相談ですか?」
「夜伽? 夜伽って……違う! そういうのじゃないから!」
「それは、私に魅力が無いから……」
「そういう事じゃないんだってば。それに、アーニャは物凄く可愛いよ!」
「あ、リュージさんは私を口説こうとしているんですね?」
違う……違うんだ。
何故かアーニャが嬉しそうにしているのだが……まさか渡した恋愛漫画の影響で、恋に恋焦がれる乙女になっているのか!?
「あのさ。今日、魔物に襲われたのに、俺は何も出来なかっただろ?」
「でもリュージさんは薬師さんですよね? 戦う必要は無いと思うのですが」
「そうだけど、女の子のセシルとアーニャが戦っているのに、男の俺が何もしないっていうのはどうかと思って」
「はぁ……その性別で役割を変えようとするのは理解出来ませんが、そもそもセシルさんが居るので、本当に戦う必要なんて無いと思いますよ?」
「それは、セシルの魔法があるから?」
「はい。エルフの魔法は私の体術なんて比べ物にならないくらい威力がありますし。私も魔法が使えたら、もっと強くなれるのでしょうが……」
なるほど。この世界では、物理よりも圧倒的に魔法が優位なんだな。
じゃあ、なおさら黒魔法を修得出来るように頑張ろう。
とはいえ、アーニャも魔法は使えないみたいしだし、どうしたものやら。
「リュージさん。一先ず夕食にしましょう。ご飯は温かい内に食べていただきたいですし」
残念ながら俺の悩みが何一つ解決する事なく、夕食とお風呂の時間となった。
「じゃあ、お兄さん。先にお風呂へ行ってくるねー」
「リュージさん。行ってきますね」
「はーい。ごゆっくりー」
夕食を済ませてから一休みし、セシルとアーニャがお風呂へ。
一方の俺は、またもや調剤室に。
というのも、薬草を調合したら隠蔽魔法とやらを見破る目薬が出来たり、物凄く効果の高い滋養強壮剤が出来たりした訳だし、もしかしたら、黒魔法が使えるようになる薬が作れるかもしれないと思ったからだ。
流石に黒魔法が使えるようになる……というのは難しいかもしれないけど、魔法の代わりになるような攻撃系のポーションが作れたら良いなと。
とはいえコメディにありがちな、調合に失敗してボンッ! という爆発は絶対に避けなければならないけど。
「ん? これは?」
鑑定しても、当然ながら薬になる物ばかりが並んでいるので、普段とは逆の順番で鑑定をしていくと、気になる植物を見つけた。
『鑑定Lv2
金香樹
Bランク
シャンプーの材料』
化粧水に続き、シャンプーとは。
でも化粧水があるのだから、シャンプーがあっても変ではないか。
だが、今使っている元から実家にあったシャンプーを使い切ったとしても、新たに作れる事が分かった。
ただ、そもそもセシルはシャンプーの使い方を分かって居ないだろうけど。
今日アーニャがセシルに身体の洗い方を教えるはずだから、これからはちゃんと使ってくれるだろう。
それから暫く鑑定を続けてみたけれど、残念ながら攻撃的な材料が見つからない。
「良く考えたら薬を作る場所なんだから、危険な物が有る訳ないか」
結構な時間を費やしてようやく気付いた所で、
「お兄さーん。どこー? お風呂上がったよー」
これまでとは違い、それなりに時間が経ってからセシルの声が響いた。
「セシルの白い肌が、ほんのりピンク色に染まっているね。ちゃんと肩まで浸かって温まったんだね」
「うん。ちょっと熱い気もしたけど、頑張ったよー」
お風呂は頑張る物ではないのだけれど、まぁ良しとしよう。
「リュージさん。お先にお風呂をいただきました」
「ありがとう。じゃあ、俺も行ってくるよ」
入れ替わりで浴室へ入り、先ずは頭を洗おうとしてふと思う。
「シャンプーが減っている気がしないんだけど、あの二人は使ったのかな?」
ちょっと気になったので、脱衣所の扉から顔だけ出して、アーニャを呼ぶ。
「アーニャ。ちょっと来てくれないか」
「リュージさん、どうされ……もう気が早いですよ」
「何が?」
「こういう事は、先ず夜伽を済ませてからにしませんか?」
「何の話だよっ! 違うってば!」
初めて会った時は、アーニャはこんなキャラじゃなかった気がするんだけど。
猫耳族だけに猫を被っていたのか、それとも恋愛漫画の影響なのか。
まぁ別にどっちでも良いんだけどさ。
「アーニャ。さっきセシルとお風呂へ入った時に、シャンプーを使った?」
「シャンプー? って何ですか?」
「なるほど。アーニャ……髪の毛を洗う時に使うと、とても良く汚れが落ちる上に、髪の毛から良い匂いがするアイテムがあるんだけど、使う?」
「そ、そんな素晴らしいアイテムがあるんですかっ! 使いますっ! 使いたいですっ!」
「分かった。分かったから、一旦落ち着いて。とりあえず、今これ以上脱衣所の扉を開けるのは勘弁して。あと、使い方を教えるから、セシルも呼んで来て」
「分かりましたー!」
コンロや水道は普通に使えるのに、シャンプーは存在を知らない……うーん。異世界の文化水準が良く分からないな。
逆に、魔法を使えないアーニャが魔力を流せるのに、城魔法を使える俺が魔力の流し方が分からないのは何故? とアーニャが思っていそうだが。
「リュージさん! セシルさんを呼んできましたー!」
「お兄さん。髪の毛が綺麗になるって聞いたんだけどー」
「じゃあ、こっちへ来て」
腰にタオルを巻き、二人を連れて浴室へ入ると、小瓶に入っているシャンプーを使って、実際に頭を洗ってみせる。
「……と言う訳で、この泡が沢山出れば出る程、いっぱい汚れが落ちてるって訳だ」
「あー、うん。シャンプーっていう名前は知らなかったけど、これならお家でやってもらってたよー」
セシルは予想通りシャンプーの存在は知っていた。
エルフの貴族令嬢だもんね。
使い方は知らなかったみたいだけど。
一方のアーニャはというと、
「髪の毛が綺麗に……リュージさん。早速使ってみても良いですか?」
「構わないけど、今すぐ!? 待って! 俺が出てからにしてっ!」
アーニャがこの場で服を脱ぎだしかねない勢いだったので、大急ぎで風呂を出る事に。
その後、アーニャが凄く満足そうな表情で出て来たから、教えてあげて良かったと思うんだけど……化粧水は教えない方が良いかもしれない。
化粧水の存在を知ったら、めちゃくちゃ拘りそうだし。今でも十分綺麗な肌なのにさ。
ガーネットの依頼で化粧水を作った時に、アーニャが料理の準備をしてくれていて良かったよ。
そんな事を思いながらセシルと共に就寝したのだが、翌朝に想定外の事態が起こってしまった。
翌朝、布団の中がモゾモゾと動いている。
おそらくセシルなのだろうが、昨日とは違って随分と動きが激しい。
魔物と戦ったし、バトルっぽい夢を見ているのだろうか。
「って、セシル。変な触り方しないでよ」
寝ぼけているとはいえ、サワサワと撫でるように人のお腹を触らないで欲しい。
やれやれと思いながら、いつセシルを起こそうかと考えていると、
「ひゃぁっ! お、お兄さん! そんなトコ触っちゃダメだよぉ」
布団の中から妙に甲高い声が聞こえてきた。
セシルは、一体どんな夢を見ているのだろう。
苦笑いしながら様子を窺っていると、
「んっ! お兄さん……ホントにダメなんだってばぁ」
変な寝言が続いていく。
流石に起こしてあげた方が良いかと思った所で、
「リュージさん。ちゃんと責任は取ってあげてくださいね」
扉の傍からアーニャが飛んでも無い事を呟く。
「ちょっと待った! 俺は何もしてないって!」
「布団の中でセシルさんが悶えてますよ?」
「違うってば! ほら、俺は無実だよっ!」
布団を引き剥がし、両手を上げるとセシルの寝言がピタッと止まる。
なんでだよ。これじゃあ、俺がセシルに変な事をしていたみたいじゃないか。
「リュージさん。やっぱり……」
「いや、本当に違うんだって。俺は無実だよっ!」
アーニャがジト目で俺を見つめていると、
「もー! 吹き飛ばすなんて、酷いじゃないっ!」
突然、どこかで聞いた事のある声が部屋に響く。
「え? 何? 何かが俺の腕を撫でてる?」
「撫でてるんじゃなくて、叩いているんだけど……私の力じゃ、その程度なのね」
「この声! もしかして、ガーネット?」
「そうだよー! もー、どうして気付いてくれないのー? 朝から二人を起こそうと思って何度も揺すったのにー!」
あー、何かが触れていた感触はガーネットだったのか。
身体が掌くらいの大きさしかないし、当然力も無いから、叩かれたり揺すられたりしても、撫でられている様にしか感じなかったと。
「リュージさん。ガーネットって、昨日の姿が見えない妖精……ですか?」
「そうそう。ガーネットもアーニャも少しだけ待ってて。姿が見える薬を取って来るから……って、ほらセシルも起きて。ガーネットが来てるよ」
ガーネットがどこを触って居たのかは知らないけれど、とんでもない夢を見ていたであろうセシルを起こして目薬を取りに行こうとすると、
「ふぇ……お、お兄さんっ! あ、あのっ……な、慣れるまでは、もう少し優しくしてくれると嬉しいかも」
「セシル? 何の話?」
「えっ!? えぇっ!? な、何でも無いよっ!」
昨日と同じく俺の上で寝ていたセシルが飛び退き、再び頭から布団を被ってしまった。
一先ず動く事が出来るようになったので、調剤室から目薬を三つ持って来て、アーニャと共に使用する。
「可愛い。この子が妖精さんなんですね」
「そうそう……って、ガーネット。今日はどういった用事? また薬が必要なの?」
昨日渡した化粧水は、ガーネットが持てる程の小瓶一本分だけだ。
それでも一日で無くなる程ではないと思うのだが。
「ううん。あのフェイス・ローションは暫く大丈夫だよー。女王様も凄く喜んでたしー。今日はそのお礼に来たんだー」
「そう言えばお礼をしてくれるとかって言っていたね」
ガーネットは軽いノリに見えるけど、意外に律義らしい。
お礼って何だろう。花の蜜とかだろうか。それとも、珍しい薬草とかかな?
「じゃあ、昨日のお礼という事で、リューちゃんに妖精の加護をあげまーす」
「リューちゃん? いや、それより妖精の加護って!?」
「言った通りだよー。ベッドの中に居るエルフさんも持ってるけど、妖精の加護を得た人間はスキルが得られるんだよー」
「えっ、マジで!?」
「うん。だけど私の加護だから、女王の加護程に凄い効果はないからね?」
「いや、十二分に凄いよ!」
「じゃあ、何か使いたいスキルなんてある? 私の加護だと、一つのスキルを使えるようにするのがせいぜいなんだー」
スキルを一つ使えるようにするって凄いんだけど。
ちなみに、俺が使いたいスキルと言えば、黒魔法だ。
精霊魔法は人間に使えなさそうだし、黒魔法なら使う人も大勢居るらしいから、自分で勉強する分にも資料を探し易いだろう。
「じゃあ、黒魔法を使えるようにして欲しいんだけど」
「おっけー。そのままジッとしててね」
言われた通りに直立不動で待って居ると、頬に何かが触れたような気がした。
「これでリューちゃんにピクシーの加護が付与されたよー。じゃあ、また暫くしたら来るから、ローション宜しくねー!」
何をされたのかは分からないが、ガーネットが窓の隙間から出て行き、
――新たなスキルを修得し、倉魔法「ストレージ」が使用可能になりました――
「おぉっ! 新たなスキルが……って、倉魔法って何っ! 黒魔法じゃないのっ!」
この世界は俺に何か恨みでもあるのか、城魔法に続いて、またもや誤字スキルを修得してしまった。
「お兄さん。スキルとか魔法とかって聞こえてきたけど、何があったの?」
ガーネットが帰った後、セシルが布団の中からピョコンと顔だけ出してきた。
「ガーネットが妖精の加護だって言って、新しいスキルをくれたんだけど……セシル。倉魔法って知ってる?」
「倉魔法? 黒魔法じゃなくて?」
「うん。黒魔法じゃなくて、倉魔法なんだ」
「ごめん。聞いた事がないよ」
「だよなー」
城魔法はまだ白魔法と漢字が違うだけだったけど、倉魔法は漢字も違うし、発音も違うんだが。
まぁそれを言い出したら、最高のクレリックと斉藤クリニックなんて、間違いだらけだけどさ。
「アーニャは倉魔法って聞いた事がある?」
「無いですけど、とりあえず使ってみたらどうでしょうか。察するに、倉を呼び出す魔法なのだと思いますが」
そうなんだけど、城魔法がお城じゃなくて、実家を呼び出す魔法だったんだよね。
実家に倉なんて無いし、一体何が出てくるのだろうか。
「ちょっと外で使ってみるよ」
「ボクも行くよー。せっかくだし、どんな魔法か見てみたいしねー」
「では、私は朝食の準備をしておくので、終わったらリビングへ来てくださいね」
俺とセシルで家の外に出ると、早速使ってみる。
「ストレージ! ……あれ? 何も起こらないぞ?」
城魔法は分かり易く光って実家が出てくるんだけど、倉魔法は何も起こらなくて……どうなっているんだ?
「お兄さん。左手の所に大きな魔力の塊があるよ?」
「魔力の塊? ……確かに何かありそうな感じがするけど、これは何だ?」
恐る恐る手を伸ばし、宙に漂う黒い靄――魔力の塊に触れると、突然脳裏に銀色の板が描かれる。
診察スキルを使った時に出てくるあの銀の板なんだけど、目の前ではなく、頭の中にイメージとして出てきた。
その板の中に二十個の四角い枠が描かれていて、その中の一つ、一番左上の枠にだけ、石の絵が描かれている。
……このスキルはまさか、異世界転生ものにおける超有名なチートのアレなのかっ!?
確信に近い想いを抱きながら、脳内でその石を取り出すイメージをすると、左手の中に拳大の石が握られていた。
「セシル。これ空間収納魔法だよ」
「空間収納魔法? そんなの聞いた事がないよ?」
「簡単に説明すると、いつでもどこでも出し入れ自由な倉庫を呼び出す魔法なんだ」
「そうなんだ! これで、いっぱい薬草を摘んでも、毎回家を呼び出さなくても済むね」
「あぁ。そう……だな」
あれ? 空間収納魔法って凄いチートだと思うし、実際セシルも知らないって言っているんだけど、よく考えたら城魔法でも同じ事が出来ているな。
まぁ、広い場所が無くても使えるようになって、ちょっと便利になったと思えば良いか。
せっかくなので、周囲の薬草を少し摘んで倉魔法で格納してみると、元々石があった場所に薬草の絵が描かれる。
家を呼び出さなくても取り出せるから、良く使うポーション類を入れておくと便利かもしれない。
そんな事を考えながら家に戻ると、アーニャがサンドウィッチみたいな朝食を用意してくれていたので、倉魔法の説明をしながら食事を済ませて出発すと、
「えいっ」
「やぁっ」
「とー」
早速魔物が現れ、今日もセシルに守ってもらう事に。
倉魔法を修得したものの、相変わらず俺は戦闘では全く活躍出来ないまま、昼食を挟んで次の街へと辿り着いた。
いいんだ。途中、いっぱい薬草を摘んで倉魔法に格納したから。
自分でそう思いながら若干悲しくなりつつも、街の入口にあった看板から「グレーグン」という名前の街だという事が分かったんだけど、門に誰も居ないんだけど。
「何て言うか、寂れた街だな」
「うーん。人が多くて活気に溢れている街だって、ボクは聞いた事があったんだけどなー」
「一先ず、この街のギルドへ行ってみてはどうでしょう? 何か分かるかもしれませんし」
一先ずアーニャの言う通り、時折貼ってある街の地図を頼りに商人ギルドへ。
しかし街の門どころか、ゴーストタウンかと思える程、通りに人が居ない。
家の中に人が居るのが気配や音で分かるので、完全に無人の廃墟ではないのだが、大通りに誰も居ないというのは、どういう事だろう。
「ここ……だよな? 入るよ?」
街の中心近くにある大きな建物に辿り着き、その扉を開くと、
「……えっ!? あの……他の街から来られた方ですか!?」
「えぇ、そうですが」
「お願いしますっ! ポーションを……薬を売っていただけないでしょうかっ!」
顔色の優れないお姉さんに、いきなり迫られてしまった。
「待ってください。落ち着いてください」
「ちゃんと代金は支払いますので、分けてください。少しで良いんです。持っていませんか?」
「ポーションはありますから、先ずはこの街に何が起こっているのか教えてください」
胸の大きなお姉さんだし、顔色が普通で、危機迫る感じでなければ嬉しいやり取りだったのだろうけど、流石に怖い。
一体、この街に何があったのだろうか。
ポーションがあると言ったからか、少し落ち着いたお姉さんが、ギルドの奥にある商談席へ案内してくれたんだけど……ギルドの中にも殆ど人が居ないな。
一応、ギルド職員らしき人が見えるけど、俺たちを珍しそうにチラチラ見てくる。
「先ずお聞きしたいのですが、お客様方はどちらから来られたのですか?」
「モラト村ですが」
「モラト村!? では、先日の地震で崩れた街道が通れるようになったのですね!」
「違うんです。街道が通れないって聞いたので、俺たちは森の中を突っ切って来たんです」
「あの迷いの森を通って来たと……街道が通れるようになった訳では無かったんですね」
迷いの森? 薄暗くて同じ風景ばかりだから、俺もセシルが居なければ迷っていそうだけど、そんな名前で呼ばれていたのか。
しかし、街道が通れない話をしたら、お姉さんが物凄く落ち込んでしまったな。
「あの、大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら、先にポーションをお渡ししましょうか?」
「いえ、私は大丈夫です。ですが、数日前に起きた地震の後から、街の人たちの体調がどんどん悪くなって、何かの呪いではないかと、怖がって人が外に出なくなってしまったんです」
「地震の後に呪い……ですか?」
「呪いというのは、あくまで街の人たちが言っているだけですが、体調が崩れていっているのは本当なんです。幸い亡くなった方はいませんが、寝込んでしまってた方もおられまして」
ふむ。一応アーニャの呪いを解いた事もあるし、あの時のポーションを作ってみようか。
「お兄さん。これって、何かの病気とか流行病じゃないの?」
「その可能性もあるね……って、俺たちもこの街に居て大丈夫か!?」
「待ってください! この街がこういう状態なので引き止める事は出来ませんが、せめてポーションを……ポーションを売ってください」
せっかく落ち着いていたお姉さんが、再び取り乱して迫って来た。
胸が……胸が当たってるってば!
「先ずは呪いか病気かを調べさせてくれませんか? それによって効くポーションが異なるので」
何とかお姉さんを引き剥がし、何のポーションが欲しいのかを聞くと、目を大きく見開いてキョトンとされる。
「調べるって、どうやってですか?」
「あのね、お兄さんは凄い薬師でありながら、お医者さんでもあるんだよー」
「えっ!? 薬師様でお医者様なんですかっ!? お願いしますっ! お金は出来るだけ用意いたしますから、この街を救ってくださいっ!」
お姉さんが俺の手を握り、目をキラキラさせながら見つめてくる。
でも俺は、医者は医者でも、お医者さんごっこなんだよな。
しかし、困っている人が大勢居るというのなら、放っておくわけにはいかないか。
「アーニャ。少しだけ、この街に滞在しても良い?」
「もちろんです。目の前に困っている人が居るのに、見捨てられないですよ」
「わかった。……お姉さん。先程言った通り、何のポーションが効くのかを知りたいので、誰か症状が出ている方を紹介してくれませんか? ……出来れば、男性の方で」
俺のスキル、お医者さんごっこ「診断」は、触診――胸を触らないと発動しない。
緊急事態なら別だけど、出来るだけ変なトラブルを起こしたくないんだよ。
「男性ですか? 探せば居るかもしれませんが、症状が出ているのは、体力の少ない女性や子供が圧倒的に多いんです」
「そうですか。では男の子を……」
「あの、私ではダメですか? まだ軽い方ですが、同じ症状ですので」
「こっちは構わないんですけど、その……」
「では決まりです! 症状が分かれば、ポーションを売っていただけるんですよね? でしたら、今すぐ私を調べてください」
お姉さんがぐぃっと詰め寄って来たので、思わず視線が大きな膨らみに行ってしまう。
とはいえ、お姉さんが言っている事は間違っていないし、仕方ないか。
「では調べるので、ついて来てください」
「ここではダメなんですか?」
「えぇ。調べる為の設備が必要なので」
街の為にと、お姉さんが俺について来るけど、これから何をするか分かっていアーニャにジト目で見られながら、俺は適当な空き地で実家を呼び出した。