《 第1話 18番窓口 》

 僕の村には娯楽がなかった。

 毎日毎日、畑仕事と家畜の世話を繰り返す日々。

 それが嫌ってわけじゃないけど、もうちょっと人生に刺激が欲しかった。

 あるとき村に旅人が来た。

 手の甲に花びらの紋様を持つ旅人は、冒険者という職業に就いているらしかった。


「おじさん、冒険者って?」

「坊主、冒険者を知らないのか? 冒険者ってのはな、世界一危険な仕事だぜ」

「世界一危険な!?」


 興味を示した僕に、おじさんは楽しげに語ってくれた。

 この世界には魔獣という危険な生き物がいて、冒険者は命懸けで魔獣と戦っているらしい。

 火を噴く巨竜。

 山の如き巨兵。

 海を這う海竜。

 そうした禍々しい魔獣と死闘を繰り広げ、大勢に称賛され、戦友と勝利の美酒を酌み交わす。


「冒険者、こわ……」
「ぜったい村から出ないでおこう……」


 一緒に話を聞いていた友達は身を震わせていたけど、僕は違った。


「僕、冒険者になる! なりたい! いますぐに!」


 この村では味わえない冒険譚に、僕はわくわくせずにはいられなかった。

 冒険者として世界中を見てまわり、魔獣とスリリングな戦いを繰り広げ、功績を上げて英雄となり、歴史に僕の名を――ジェイドの名を刻みたい。


「勇敢な坊主だ。そんなに冒険者になりたいのか?」

「なりたい!」

「坊主、歳は?」

「10歳!」

「だったら、あと2年の辛抱だな。そうすりゃ冒険者になれるさ」


 どうやら12歳になれば誰でも冒険者になれるみたい。

 問題は、家族の説得だ。

 案の定、僕が危険な仕事に就くことに父さんも母さんも大反対だったけど……


「わかった、わかった。もう反対はしない」
「だけどぜったいに死ぬんじゃないよ」


 2年近い説得が実を結び、ついに賛成してくれた。

 その日から旅立ちまではあっという間だった。

 12歳になれば冒険者になれるのだ。僕は1日でも早く冒険者になりたくて、12歳になる前に村を出た。


     ◆


 王都に着いたのは、12歳の誕生日当日だ。

 べつに王都まで足を運ぶ必要はなかった。ここまでの道中に立ち寄った町にもギルドはあったから。

 でも、どうせなら最初の依頼は国一番のギルドで受けたかったのだ。


「失礼します……!」


 高くそびえ立つ荘厳な建物に入る。

 さすがは国一番のギルドだ。外観からもわかってたけど、内装はかなり広々としている。

 壁際には窓口がずらりと並び、強そうな冒険者たちが列を作っている。

 僕も早く依頼を受けたい!

 けどその前に……まずは登録をしないといけないんだよね?


「すみません。冒険者になりたいんですけど……!」


 正面カウンターのお姉さんに声をかけてみる。

 ここで正解だったみたいだ。お姉さんはにこりとほほ笑んだ。


「こんにちは、小さな冒険者さん。冒険者になるには登録手数料10000ゴルが必要なんだけど、持ってるかな?」

「はい、持ってます!」


 僕にとって10000ゴルは大金だけど、冒険者になれるなら安い出費だ。

 お姉さんに10000ゴルを支払ったことで、所持金が3000ゴルになってしまった。

 ここへ来るまでに泊まった宿屋の相場は一泊3000ゴル。王都だともっと高くつくかも。

 こりゃ今日中に依頼をクリアしないと野宿になっちゃうな。

 野宿は野宿で冒険者っぽいので、べつに構わないんだけどね。


「それじゃあ、ここに必要事項を書いてくれるかな」

「はい! ええっと……」



 名前:ジェイド・フィンクス
 年齢:12歳
 出身:カサド村
 花紋:


 花紋(フラワールーン)の欄で手が止まる。

 僕はまだ自分の花紋を知らないのだ。

 僕が困っていると、お姉さんが水晶玉を取り出した。


「これに利き手で触れてくれるかな」


 言われた通りにすると、右手の甲が熱を帯び、紋様が浮き出てきた。

 花のつぼみに似た紋様――花紋だ。


「この形は強化系(バランサー)の花紋だね」

「強化系……」

「きみも攻撃系(アタッカー)がよかったのかな?」


 お姉さんは同情するように言った。

 冒険者の証である花紋(フラワールーン)には『攻撃系(アタッカー)』『防御系(ガードナー)』『強化系(バランサー)』『補助系(サポーター)』の4系統が存在する。

 そして冒険者の花形は、ど派手な魔法を扱う攻撃系だ。

 お姉さんが言うように、理想を言えば僕も攻撃系がよかった。

 でも強化系が嫌なわけじゃない。

 身体能力や武器なんかを強化するだけなので派手さはないし、接近戦しかできないので魔獣との戦いでは常に危険がつきまとうけど、スリルは望むところだ。


「これ……花紋って、魔獣を倒せば花が咲くんですよね?」

「うん。あそこの強そうなお兄さんも、向こうの強そうなお姉さんも、最初はきみと同じつぼみクラスだったんだよ」


 お兄さんの手の甲には4枚の花びらが、お姉さんの手の甲にはなんと5枚の花びらが浮いていた。


「すごい……歴戦の冒険者だ……」


 花紋を成長させるには、魔獣を倒さなくてはならない。

 魔獣を倒すと魔素(エーテル)という黒い煙が発生し、それが花紋に吸いこまれ、成長を促すのだ。

 最初はつぼみ、次に1枚、次に2枚と花びらが増え、それに伴い系統の力も上がっていく。

 八つ花以上の冒険者ともなれば英雄の仲間入り。

 血湧き肉躍る冒険の果てに、僕も英雄になってみせる! 


「頑張ってたくさんの花を咲かせてね、小さな冒険者さん」

「はい! 頑張ります!」


 お姉さんにエールをもらい、僕はいよいよ窓口へ。

 さすがは国一番のギルドだけあっていっぱいあるなぁ。どの窓口にするか迷っちゃうよ。

 まあでも、クエストの内容は同じだよね。早く冒険に出たいし、一番空いてるところにしよっと。

 ええと、一番列が短いのは……ここか。

 僕は18番窓口に並んだ。

 さくさくと列が進んでいき、ついに順番がまわってくる。

 いよいよ始まるんだ、僕の血湧き肉躍る冒険が――!


「はじめまして、ジェイドです! つぼみクラスのクエストを受けに……」


 息を呑み、目を疑う。




 ……めちゃくちゃ可愛かったのだ。受付のお姉さんが。




 青みがかった髪に、眠そうな垂れ目の瞳。

 ミルクみたいな白い肌に、幼さの残る美貌。

 彼女を一目見た瞬間、僕の頭から『冒険者』の三文字は消えた。

 同時に『血湧き肉躍る冒険』の八文字も消えた。

 さらに『英雄』の二文字も、『成り上がり』の五文字も消えた。

 いまはもう、彼女のことしか――ガーネットさん(胸元の名札に書いてるし、これが彼女の名前だろう)のことしか考えられない。


「つぼみクラス用のクエストはこちらになります」


 ガーネットさんがリストを見せてくる。

 淡々としつつも澄んだ声で呼びかけられ、顔に放火されたのかと思った。

 顔が熱い。心臓が高鳴ってる。

 こんなに緊張したのははじめてだ……。


「あ、えと、じゃあ、その……こ、これで」

「スライム討伐ですね。クエストを達成しましたら、スライムの魔石を持ってこちらの窓口へお越しください」

「わかりました!」


 早くクエストをクリアしたい!

 そしてガーネットさんとおしゃべりしたい!

 窓口じゃ事務的な会話しかできないけど、顔を合わせているうちに仲良くなることができるはず!

 僕はギルドを飛び出すと、無我夢中で王都を駆ける。


「っと、そうだ」


 花紋を手に入れたし、僕も魔法を使えるんだった。

 急いでクエストをクリアしたかったので、さっそく身体能力を強化してみる。


 ――脚力を強化したい!


 そう強く念じると、両脚がぼうっと熱くなった。つぼみクラスだからか劇的な変化はなかったが、いつもより速くなっているのは間違いなかった。

 風のような速さとはいかなかったが、大人顔負けのスピードで町を出る。

 街道を走っていると、ちょっと道を逸れた草むらに半透明のぶよっとしたものがあった。


 スライムだ。


 僕は父さんから譲り受けた短剣を抜き、ゼリー状のそいつに叩きつける。

 ぶよんっ。

 と、攻撃が弾かれてしまう。

 僕の攻撃、効いてない気がするが……


「ん?」


 よく見ると、スライムの体内には拳くらいの大きさの石があった。

 ああ、そうだった。魔獣には核となる魔石があって、それを壊したら瞬殺できるんだった。

 魔石を傷つけると報酬が減っちゃうけど、お金なんか二の次三の次だ。

 いまはとにかくガーネットさんとおしゃべりしたい。


「くらえ!」


 今度は斬りつけるのではなく、突きで攻撃。短剣がスライムに突き刺さり、魔石にヒット。

 そのとたん、スライムはぶくぶくと泡を立てて消滅。そして、黒い煙がうっすらと出てきた。

 魔素だ。

 魔素は魔獣にとって力の源で、目には見えないけど空気中にも漂っている。

 強力な魔獣はかなりの魔素を取りこんでるから倒すと一面が真っ黒に染まるらしいけど、スライムは弱いのでちょっとしか魔素が出てこなかった。

 なんにせよ――


「よし! これで話せるぞ!」


 依頼は達成! これでガーネットさんとおしゃべりできる!

 僕は魔石を拾い上げるとギルドへ舞い戻り、18番窓口のガーネットさんに渡す。


「こ、これっ! 達成しました!」

「お名前は?」

「ジェイドです!」

「少々お待ちください。……スライム討伐のクエストですね。では拝見します」


 ガーネットさんは右手で魔石をにぎにぎする。

 彼女の手の甲には、一つ花の紋様が浮いていた。

 補助系の魔法で、魔石が本物かどうかを鑑定しているみたいだ。

 ほんの数秒で鑑定を終えたらしく、テーブルにコインを置く。


「こちら報酬になります。ひびが入ってますので、ギルドの規定に則り半額の500ゴルとなります」

「ありがとうございます! そ、それでですね、このまま次の依頼を受けたいんですけど」

「つぼみ用のクエストはこちらになります」

「じゃあこれを!」


 僕はさっきと同じスライム討伐のクエストを受け、クリアすると18番窓口へ舞い戻る。ガーネットさんと事務的な会話をして、再びクエストを受け、大急ぎでクリアして、18番窓口へ。


 次の日も、その次の日も、僕は休む間もなくクエストを受け続けた。


 ガーネットさんと仲良くなるために、雨の日も風の日もクエスト三昧の日々を繰り返す。



 クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ。クエストを受け、クリアして、18番窓口へ――……


 そして、10年の月日が過ぎた。

《 第2話 愛の力 》

 ひとつの町が滅ぼうとしていた。

 朝日が昇って間もない頃だ。町に住まう人々は突然の地響きに跳ね起きると、家を飛び出して絶句した。

 なにせ地平線の彼方から山が迫ってきていたから。

 いや、それは山ではなかった。
 よく見れば山には足がついており、おまけに手もあり、顔もある。


 それはゴーレムだった。


 彼らはゴーレムをその目で見たことはなかったが、その怖ろしさはおとぎ話で知っている。

 たとえおとぎ話すら知らずとも、津波の如き土煙を巻き上げ、大地を震わせながら猛然と迫り来るそれを目にすれば、嫌でも怖ろしさがわかる。

 地鳴りとともに巨体が迫る。朝日を遮り、緑豊かな大地が黒く染まりゆく様を見て、人々は世界の終焉を予感した。

 だが――


「安心しなさい! 我々がついている!」


 幸いなことに、町には数日前からふたりの冒険者が滞在していた。

 しかも内ひとりは、手の甲に七つの花びらを持つ男である。

 白髪まじりの老いた風体ながらも、数多の戦場を乗り越えた歴戦の戦士を思わせる佇まい。

 彼こそが他国にもその名を轟かせる七つ花クラスの冒険者、ロージンであった。

 その脇を固めるのは、ロージンの孫娘。ロージンの血を濃く受け継ぎ、齢19にして五つ花クラスにまで至った屈強たる冒険者――マーゴである。


「ゴーレムは我々が引き受ける!」

「みなさんは逃げてください!」


 ロージンらは寝起きの声を張り上げて人々を安心させ、迅速に行動を開始する。

 町の外へ出るなり、ロージンは迫り来るゴーレムを見据え、両手を天にかざした。


「マーゴよ、すべての力を私に捧げるのだ!」

「すべての!? もしものときに備えて余力は残しておいたほうがいいんじゃ……」

「あれは手加減して敵う相手ではない! 私とマーゴが全力をもって相手をせねば、けっして勝てぬ魔獣だ!」

「わ、わかった! 私の力、受け取って!」


 マーゴの補助魔法【マナゲイン】によってロージンの魔力が強化される。

 一時的にだが八つ花クラスの力を得たロージンは両の手に力をこめた。

 彼の手の甲に宿る花紋と同じ魔法陣が展開され、尖塔の如き氷柱が出現。刺すような冷気が放たれ、痛みを感じるほどだった。

 氷雪系の攻撃魔法を得意とするロージンによる、一撃必殺の【アイスランス】だ。


「砕け散るがいい!」


 びゅわっ!

 冷風とともに氷柱が放たれる。大地を凍てつかせながら放たれたそれは迫り来るゴーレムの腹部に直撃し、そして――


「馬鹿な! 無傷だと!?」


 ゴーレムは倒れることなく、立ち止まることすらなく、何事もなかったように直進を続ける。


「マーゴ! 逃げろ!」

「に、逃げろって、おじいちゃんは!?」

「私はおとりになる! お前はみんなと逃げろ!」

「嫌だよ! 最期までおじいちゃんと戦う! お父さんもお母さんもいなくなったのに、その上おじいちゃんまでいなくなったら、ひとりぼっちになっちゃうもん!」

「ならん! お前はまだ若い! 生きて力をつけるのだ! そして世のため人のために――」



 バゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!



 いきなりゴーレムが爆散した。


「「えええええええええええええええええええええ!?」」


 ガラガラと音を立てて崩壊する岩石の巨兵を目の当たりにしたロージンとマーゴは、びっくりして膝から崩れ落ちた。


「お、おじいちゃん、必殺技とか使った!?」

「そ、そんな都合のいい技など持ちあわせておらん!」


 だとすると、なぜゴーレムは急に砕け散ったのか。

 ロージンのアイスランスが巨体に亀裂を走らせていたのだとしても、あんなふうに粉々にはならないだろうに……。


「むっ! あれは……」


 困惑するロージンの目が、こちらへ駆け寄る人影を捉えた。

 うしろに一本束ねられた赤茶けた髪と、優しげな顔つきには不釣り合いな大剣。

 やはりそうだ。間違いない。

 彼は、彼こそが若くして冒険者の最高峰である十つ花クラスにまで上りつめた――


     ◆


 山登りをしていたら、いきなり天と地がひっくり返った。

 山頂から大地に叩きつけられ、巨岩が流星群みたいに降り注ぐ。

 そのうちのひとつが僕の身体を押し潰したが、頭突きで粉々に吹き飛ばす。


「げほっ、げほっ……いったいなにが……」


 土煙が舞うなか、空を見上げると、岩石の巨兵が佇んでいた。

 僕は歓喜に打ち震える。



「やった! ゴーレム発見!」



 見つけるのが難しいゴーレムを、こんなに早く発見できるとは。今日はついてるなぁ。

 山のように大きいゴーレムを見つけるのが困難だなんて変な話だけど、それには当然わけがある。

 というのも、ゴーレムは巨体のせいでエネルギーの消費が激しいのか、1日暴れまわると数百年の眠りにつくのだ。

 放っておけばゴーレムから草木が生え、長い年月をかけて山になる。そうなれば、もうどれが山でどれがゴーレムなのか見分けがつかなくなってしまう。

 そして今回僕が受けたクエストは『サラシナ山脈に眠るゴーレムの討伐』というものだった。

 本音を言うと、ドラゴン退治みたいなシンプル系のクエストがよかった。

 だけど受けちゃったものは仕方ない。

 そんなわけでサラシナ山脈のふもとを訪れた僕は、とりあえず山頂に登ってみることにした。

 そこからあたりを見渡したが、どれがゴーレムかわからないので、とにかく掘ってみることにした。

 ゴーレムだって魔獣だ。魔獣には核である魔石があり、それを砕けば討伐できる。

 山脈すべてを掘り返すのは途方もない作業だけど、目覚めるのを待つだけなのは時間の無駄だからね。

 まあ、掘る必要はなくなったんだけど。大地に剣を突き立てた瞬間、天と地がひっくり返ったから。


「あっ、ちょっと! 待って待って! 走らないで!」


 僕は近くに転がっていた岩を持ち上げ、ゴーレムめがけてぶん投げた。



 バゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!



「よしっ、命中!」


 飛び散った岩石のなかにきらりと光る石を発見。僕は大地を蹴って瞬時に降り注ぐ土石の下へ。

 ばこんっ、ばこんっ、と頭突きで岩を砕きつつ、落ちてきた魔石をキャッチする。

 周囲に立ちこめる魔素が花紋に吸いこまれていくが、これ以上の成長は見込めない。

 なにせ僕の花紋はとっくに満開だから。


「ん? あれって……」


 長居せずに立ち去ろうとしたところ、近くに町を発見する。

 こんなところに町があったんだ。危ないところだったな。怪我人は……いないよね?

 飛び散った石つぶてが誰かにぶつかった怖れもあるので、念のため確認に行くことに。

 町の外には、お揃いのローブを纏ったおじいさんと女の子がいた。

 佇まいからして、冒険者かな?


「すみません。怪我とかしてませんか?」

「え、ええ、おかげさまで……」

「あのっ、ジェイド様ですよね?」

「ジェイドですけど……」

「やっぱり! あのあのっ、ジェイド様はどうやってゴーレムを倒したんですかっ?」

「岩を投げました」

「岩を!? 剣じゃなくてですか……?」

「剣は投げるものじゃないですからね」

「いえ、そういう意味ではなく……。てっきりジェイド様は剣を強化して戦う方なのかと」


 なるほど、勘違いするのも無理はない。

 僕の背中には、立派な剣があるからね。


「これは国に伝わる宝剣です。十つ花クラスになった日に、ガーネ……ギルドの職員から手渡されたんですよ。いわば記念品ですね」

「どうして記念品を身につけてるんですか?」

「ジェイド殿は宝剣を身につけることで、自身を律しておられるのだろう。酒に溺れず、欲にまみれず、宝剣を持つに値する冒険者であらねばと」

「深い……」


 いや、全然深くないです。

 正しくは国王様からの贈り物だけど、ガーネットさんからのプレゼントだと考えて肌身離さず身につけているだけです。


「とにかく怪我人はいないようでなによりです。じゃあ僕、王都に戻りますね」

「任務を終えて即帰還とは。さすがはジェイド殿ですな。私も見習わねば」

「私もジェイド様を見習います! どうすればジェイド様みたいに強くなれますか!?」

「毎日休まずにクエストをこなし続ければ誰でもなれますよ」

「普通はひとつクエストをクリアしたら、数日は休みたくなるんですけど……怪我だって避けられませんし」

「僕も駆け出しの頃はよく骨折しましたよ」

「なのにクエストを? どうしてそこまで……」

「愛の力に決まっているだろう」


 ぎくっ。


「ど、どうして愛だと知ってるんですか!?」


 ガーネットさんへの想いは誰にも話してないのに!


「だてに長生きはしてませんよ。民を愛する心、平和を愛する心がジェイド殿を駆りたてるのでしょうな」


 あ、ああ。愛ってそっちね。

 僕が「そんな感じです」と言うと、女の子は「深すぎる……」と感動するのだった。
《 第3話 無欲の英雄 》

 さてさて。

 その日のうちに王都に帰りついたけど、すんなりギルドに直行とはいかなかった。

 正門を抜け、大通りを歩いていると、大勢に取り囲まれてしまったから。


「おかえりなさいジェイドさん!」

「クエスト達成お疲れ様です!」

「今夜暇ですか! よければうちの店でお食事でもどうですか!」


 そろそろ夕方。お腹が空き始める頃だけど、食事の前に次のクエストを受けておきたい。

 なんなら食事は移動中に済ませればいい。いつもそうして時間を節約してるし。


「すみません。いますぐギルドに行きたいので食事はまた今度でお願いします」

「おおっ! さすがはジェイドさん!」

「もう働く必要なんてないのに、休まずにクエストを受けるなんて……!」

「まさに冒険者の鑑だ!」

「ジェイドさんが日夜働いてくださるおかげで、俺たち家族は安心して生活できます!」

「お役に立ててなによりです! じゃあ僕、急ぎますんで!」


 クエストの邪魔をしては悪いと思ったのか、みんなは称賛の言葉を口にしながら道を空けてくれた。

 広くなった大通りを駆け抜け、ギルドに入る。


「ジェイドさんだ! ジェイドさんが来たぞ!」


 僕を見るなり、ギルド内にいたひとたちが目を輝かせる。


「ジェイドさん! 私、ジェイドさんのファンなんです!」

「俺もファンです! ジェイドさんの活躍を聞いて冒険者になりました!」

「俺なんて見てくださいこれ! ジェイドさんと同じ強化系の花紋ですよ!」

「こらこら、道を塞いだらジェイドさんの迷惑になるだろう!」

「ジェイドさん、こっちの窓口が空いてますよ!」

「なんでしたら二階の特別窓口をご利用になっては?」

「いいなー、特別窓口。憧れなんだよ。すげえ豪華な部屋らしいぜ」

「七つ花クラス以上じゃないと入れないんだよなぁ。どんな部屋だったか感想聞かせてくださいよ!」

「あ、いえ、僕は普通に一般窓口に並びますから……」

「すげえ! 十つ花クラスなのに一般窓口に並ぶなんて……!」

「ジェイドさんみたいな偉ぶらない英雄、ほかに知らねえよ!」

「さすがは無欲の英雄様だ!」

「無欲の英雄バンザイ!」


 すっごい恥ずかしいんですけど!

 ガーネットさんに変なひとだと思われないか心配だな……。

 ともあれ騒ぎも落ち着いたので、僕は18番窓口の列に並ぶ。

 さくさくと列が進んでいき、僕の番がまわってきた。


 青みがかった髪の女の子――受付嬢のガーネットさんが、眠そうな瞳で僕を見る。


 彼女の視線を独り占めできる、この瞬間――。

 窓口越しにおしゃべりできる、この瞬間――。

 僕は、この瞬間を迎えるために生きている。

 ガーネットさんと出会って10年、事務的な会話しかしたことがない僕だけど、生きていてこの瞬間ほど幸せなひとときはない。

 僕は高鳴る鼓動をそのままに、ゴーレムの魔石を差し出した。


「これっ! 達成しました!」

「お名前は?」

「ジェイドです!」

「少々お待ちください。……ゴーレム討伐のクエストですね。では拝見します。……確認できました。こちら報酬5000万ゴルの小切手になります」


 これを受け取れば、またガーネットさんとお別れだ。

 そう思うと憂鬱な気分になってしまうが、受け取らないと迷惑になってしまう。

 ガーネットさんの仕事の邪魔をするわけにはいかないよね。

 テーブル上を滑らせるように差し出された小切手を、僕は受け取ろうとして――


 つん。


「――っ!」

 うわあああ!
 うわあああああああ!?
 
 ガーネットさんの指先が僕の手に触れたああああああ!?

 ナイス小切手! ありがとう! きみのおかげでガーネットさんと触れあえた! 換金せずに一生の宝物にするよ!


「どうも小切手ありがとうございます! それでですね、このまま次の依頼を受けたいんですけど!」

「十つ花用のクエストはこちらになります」

「じゃあこれを!」


 僕はクエストを受けると、名残惜しく思いつつギルドを出る。


「いやー、今日はいい1日だったなぁ」


 今日も事務的な会話しかできなかったけど、指が触れた。飛躍的な進歩だ。

 この調子で窓口越しに触れ合い続ければ、いつかきっと仲良くなれるはず!

 幸せな未来を夢見て、僕はいつものように次なる現場へと急ぐのだった。
《 第4話 ドラゴン娘 》

 その日、僕はいつものようにクエストを攻略した。

 魔獣に怯えていた村のひとたちに脅威は去ったと伝えると、わっと歓声が上がる。

 こうやって喜んでもらえるうえにガーネットさんと話せるんだから、冒険者って仕事はつくづく最高だと思う。


「ささ、お疲れでしょう! どうぞ村でおくつろぎください!」

「なにもない村ですが、できる限りの歓待をいたしますので!」

「お気持ちだけでけっこうです。次の依頼が僕を待ってますから。またなにか脅威に遭遇しましたら遠慮なくギルドへご連絡ください」


 僕が立ち去ろうとすると、おじさんが思い出したように言う。


「脅威と言えば、うちの娘が野菜泥棒を見たって言ってたな」

「数月前から出るあれか。けっきょく獣のしわざって結論が出ただろ」

「そうそう。脅威ってほどじゃねえよ。そんなものにジェイドさんのお手を煩わせるな」

「いやいや、娘が妙なことを言うもんでね。野菜泥棒は茂みの向こうに消えて、そこからドラゴンが飛び出したって」


 村人たちが笑う。

 彼らが笑いたくなる気持ちはわかる。


「ドラゴンなんて出てきたら、この村はとっくに滅びちまってるよ」


 実際、その通りだ。ドラゴンとは七つ花クラスのときに戦ったけど、あれは一番手こずった。

 全身を強化してたのに左腕を折られたし、牙が身体に突き刺さったし、危うく食いちぎられるところだった。

 二度目の戦闘では僕も九つ花クラスに成長していたので、倒すのはそんなに難しくなかったけど。

 でも、できれば二度と会いたくない相手だ。

 もちろんガーネットさんとおしゃべりできるなら喜んで戦うけども!


「わたし見たもん! ドラゴン見たもん!」

「どうせ寝ぼけてたんだろ。鳥かなにかをドラゴンと見間違えたんだ」

「違うもん! 大きかったもん! あれドラゴンだもん!」


 誰にも信じてもらえず、女の子は涙目だ。


「ねえきみ、ドラゴンはどっちに飛んでいったの?」

「あっち……」


 ぐしぐしと涙を拭い、小高い山を指す。


「あれって、たしか鉄鉱山でしたよね?」

「よくご存じで。まあとっくの昔に掘り尽くして、いまは廃山ですけどね」

「昔はこの村も鉱夫で賑わってたんだがなぁ」


 鉄鉱石を掘り尽くし、鉱夫もいなくなり、いまは廃山と化している。

 だったらドラゴンの根城になっていても誰も気づかない。

 本当にドラゴンがいるのなら、いつの日か甚大な被害が出るだろう。


「わかった。ドラゴンがいないか調べてみるよ」

「ほんと?」

「うん。だからきみはこれまで通り、安心して暮らしなよ」

「うんっ! ありがとジェイドおにいちゃん!」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」

「気にしないでください。これも冒険者の務めですから!」


 さて、そうと決まれば急がないと。

 じゃないとギルドが閉まり、今日ガーネットさんに会えなくなる。

 村のひとたちに見送られ、僕は廃山へと急ぐのだった。


     ◆


 鉱山跡地には鉱夫が残した小屋がいくつかあった。

 数十年も雨風に晒され、長いこと手入れをされていないからか、朽ち果ててしまっている。

 鉱山は横穴だらけだ。坑道は奥まで続き、身を隠すにはもってこいだが、ドラゴンの巨体は隠せない。

 茂みからなにかが飛び立ったのは事実でも、ドラゴンは女の子の恐怖心が生み出した幻なのかも。

 問題は茂みから飛び立った『なにか』の正体だけど……。

 家畜じゃなく野菜を狙ったところからして、おそらく草食系の生き物だ。

 ただ野菜を狙うだけなら村人だけでも対処できるし、放っておいても害はないよね。

 安全を確認した僕は身をひるがえし、帰路につこうとした。

 そのときだ。



『旅人よ、そこで止まるのだ』



 どこからともなく声がした。

 厳かな口調。だけどとても幼い声。

 僕は声のしたほうを振り返る。

 ぱっと見、声の主は見当たらない。


『旅人よ、お前からは美味しそうな匂いがするのだ。さては食べ物を持っているな?』

「塩気の強い干し肉と、甘味の強い豆を持ってるけど」

『……ごくり』


 唾を飲みこむ音が聞こえた。

 幻聴じゃないとすると、かなり近くにいるはずだ。

 一番近くにある身を隠せそうな場所というと――


『置いていけ。食料を。でないと怖ろしい目に――』


 ばきっ!

 納屋のドアを開けると、板が外れてしまった。

 日射しが差しこみ、納屋にひそんでいた声の主を照らし出す。


 それは幼女だった。


 背はとても低い。僕のへそまでの高さしかない。

 髪は真っ白。これくらいの年齢ではあまり見ない髪色だ。

 顔つきはかなり幼い。見た感じ、10歳くらいかな?

 ぼろぼろの服はぶかぶかで、真っ白な髪はぼさぼさで、手足は泥だらけ。もう長いこと納屋に住みついているのだろう。

 彼女は僕を見上げてびくびくしている。


「あ、ぅあ……そ、その……声の主、あっちに行ったのだ!」


 泣きそうな顔で壁を指さす。

 僕は確信を持って告げた。


「さっきの、きみの声だよね」

「くっ」


 早くも誤魔化せないと諦めたのか、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「くくく、バレてしまっては仕方ないのだ! 旅人よ、食料を置いて立ち去るのだ! でないとお前ごと丸呑みにしてやるのだ!」

「のどを詰まらせちゃうんじゃない?」

「うっ。思ってた反応と違うのだ……まさか私が嘘をついていると思っているのでは?」

「まあ、そうだね」

「私は嘘などついてないのだ! これは仮初めの姿! 私が真の姿になれば、お前など一口なのだ!」

「仮初めの姿……」


 聞いたことがある。世界には人化魔法を扱う魔獣がいると。

 そのほとんどが中途半端な変化だ。一番有名なのは、狼と人間の特徴を併せ持つワーウルフだろう。

 だけど、なかには完璧に人化できる魔獣もいる。

 ドラゴンがそうだ。

 だけど魔獣のなかでも最強格のドラゴンが人間に化けるメリットはない。

 滅多に人化しないせいで世代交代するたびに人化魔法を使える個体は減っていき、近年出没するドラゴンは人化する術を身につけていない……はずなんだけど。

 ただの幼女がドラゴンを騙ってるだけかもしれないけど、なにせ迫真の顔だ。

 とりあえず彼女が真実を語っていると仮定して話を進めることにした。


「きみはどうしてドラゴンとして生きないの?」

「あんなクソデカい身体だとお腹いっぱいになれないのだ。この身体なら野菜ひとつで数日は飢えを凌げるのだ」


 ドラゴンらしからぬ切実な悩み……。


「本当はお肉が食べたいけど、そこは我慢なのだ……。だって返り討ちにされちゃうのだ……」

「ドラゴンの姿で狩りをすればいいんじゃない?」

「村に忍びこんだとき、話を盗み聞きしたのだ。魔獣は冒険者とかいうヤバい連中に命を狙われているらしいのだ……」

「それで移動のとき限定でドラゴンの姿になってるんだね?」

「なっ、なぜ知ってるのだ!?」

「村のひとに聞いたんだ。ドラゴンを見たって」

「み、見られてしまったのだ……。マズい! いつ冒険者が来るかわからないのだ!」

「僕がその冒険者だよ」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

「落ち着いて! 幼女のきみを殴ったりしないから!」

「よ、よかった……」

「でもドラゴンになってくれたら、なんとかいけるかも」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 うーん、困ったな。

 こんな魔獣ははじめてだ。人間モードの姿を見ちゃったし、これじゃ倒すに倒せないよ。

 けどなぁ。冒険者としてドラゴンを見てみぬふりはできないしなぁ。

 あ、でもたしか……


「きみってホワイトドラゴンだったりする?」

「なんなのだそれは?」

「ドラゴンの種類だよ。レッドドラゴンとかブラックドラゴンは討伐対象だけど、ホワイトドラゴンは国によっては例外なんだ」

「ホワイトなのだ! 私はホワイトなのだ!」

「それをこの目で確認したいんだよ。いきなり殴りかかったりしないから、人化魔法を解いてみてよ」

「……誓う?」


 僕が誓ってみせると、彼女は納屋を出た。

 ぼろぼろの服を脱いですっぽんぽんになると、ぎゅっと目を瞑る。

 そのときだ。彼女の身体が眩い光を放った。

 そして彼女は、真の姿を解放する。


 それは全身白いウロコに覆われた、納屋くらいの大きさのドラゴンだった。


 思ったよりは小さいが、たしかにこのサイズなら僕を丸呑みにできちゃいそう。

 だけど、彼女はそうしなかった。僕に敵意を向けることなく、再び光に包まれて――


「ど、どうだったのだ?」


 女の子の姿に戻ると、びくびくとたずねてきた。


「ホワイトドラゴンだったよ」

「っしゃあ! ぜったいホワイトドラゴンだと思ってたのだ!」


 ぐっと拳を握って喜びを噛みしめ、彼女はいそいそと服を着る。


「で、ホワイトドラゴンだとどうなるのだ?」

「まずはこれを見てほしいんだ」


 僕が大剣を見せると、彼女は「ひぎいいいい!?」と甲高い悲鳴を上げる。


「違うから! 斬らないから落ち着いて!」

「だ、だったらどうして剣を抜くのだ!?」

「きみに見てほしいからだよ。ほらここ、柄のところ、ドラゴンが象られてるよね。これ、ホワイトドラゴンなんだ」

「なぜ私が柄に……?」

「正しくはきみじゃないけどね。もう何百年も前のことだけど、僕の国は他国と戦争をしていてね。ホワイトドラゴンに助けられたらしいんだ」

「ふむふむ」

「国王様はホワイトドラゴンに感謝して、例外的にホワイトドラゴンだけは国が保護するって決まりを作ったんだよ。だから僕はきみに手出しできないんだ」

「ご先祖に感謝なのだ……」


 彼女は膝から崩れ落ち、安心したようにため息をつく。


「もちろん悪さをするホワイトドラゴンは例外だけどね」

「私は善良なホワイトドラゴンなのだ! 野菜を食べるときも生産者に感謝して食べてるのだ!」

「盗んだ野菜だよね」

「私は善良なホワイトドラゴンなので謝罪と反省ができるのだ! もうしません!」

「これから先、どうやって食いつなぐの?」


 僕は探りを入れてみる。


「頑張って食べられそうなものを探すのだ! 私は木登りが得意なので木の実を主食にするのだ!」


 ドラゴンの姿になる気はないみたい。

 だったら、安心して連れて行けるな。


「僕がきみを王都に連れていくよ。国王様の許可が出れば、きみは安全な環境で食うに困らない生活を送れるよ」

「食うに困らず!? 安全な環境で!? さ、最高すぎる……!」


 彼女は感激してしまっている。

 国王様の気持ちひとつで討伐命令が下るけど……自分で言うだけあって、彼女は善良なホワイトドラゴンだ。僕がしっかり口利きすれば悪いようにはされないよね。


「気持ちの整理がついたなら王都に行くよ」

「うむ。私はお前を信じるのだ!」


 そうと決まれば急がないと。

 じゃないとギルドが閉まっちゃう。

 僕は彼女をおんぶすると、急いで王都へ帰るのだった。
《 第5話 旅の仲間 》

「首が吹っ飛ぶかと思ったのだ……」

「ごめんごめん」

 いつもの調子で走ったら、彼女は大きな悲鳴を上げた。

 できれば急いで帰りたい。だけどいつものペースで走ると彼女は泣いてしまうかも。
 
 そんなわけで地方都市に寄り、そこで一泊。ついでに彼女の服を見繕い、夜が明けてすぐに列車に乗った。

 魔石を動力源とする列車は、僕が知る限り一番速い乗り物だ。もちろん走ったほうが速いけど、昼過ぎには王都に帰りつくことができた。


「おかえりなさいジェイドさん!」

「任務ご苦労様です! ……おや、その娘さんは?」

「僕の親戚です。王都に興味があるそうなので連れてきました」


 こんなところでドラゴンだと明かせばパニックだ。

 たとえホワイトドラゴンでも、みんなは怖がるに違いない。


「おおっ! ジェイドさんの親戚でしたか!」

「どうりで凜々しいお姿をしているわけだ!」

「将来が楽しみですな!」

「王都……なかなかいいところなのだ……」


 到着早々褒められ、ご機嫌そうにニヤニヤしている。


「こっちだよ」


 彼女の手を引き、列車乗り場をあとにする。そして大通りを歩くことしばし。

 僕たちは王城にたどりつく。

 前もって知らせてるわけじゃないが、王様にはいつでも来ていいって言われてる。

 衛兵に王様との謁見を求め、ひとまず城内に案内してもらった。

 謁見の間で待つように告げられ、僕たちは椅子に腰かける。

「……」

 彼女はずいぶんおとなしくしていた。城に入ってから言葉を発していない。

 無理ないか。これから自分の運命が決まるんだから。

 彼女が平和に過ごせるように、しっかり安全性をアピールしないとね。


「待たせたな」


 王様が来た。

 朗らかな顔つきの王様に、僕は深々と頭を下げる。


「お忙しいなか時間を割いていただいて申し訳ありません。実はひとつご相談したいことがございまして……」

「堅苦しいことを言うでない。わしとジェイドの仲ではないか。それに用件は聞かずともわかっておる」

「本当ですか?」

「うむ。ついにわしの後継者として国民を導く決心がついたのだろう?」


 うわぁ。どうしよ。全然違う……。


「いえ、そういうわけでは……」

「むぅ、残念じゃのぅ。強く優しく無欲なジェイドなら民を正しい方向へと導けると確信しておるのじゃが……」

「僕は冒険者が性に合ってますから……」

「そうか。気が変わったらいつでも申し出るがいい。して、跡継ぎの話ではないとなると何用で参ったのじゃ?」

「実を言うと、人化魔法を扱うホワイトドラゴンを拾ったので、城で保護してもらおうとここへ連れてきたんです。彼女がそうです」

「ど、どうも。私は人畜無害なホワイトドラゴンなのだ……着替えも食事もひとりでできるので、ちっとも手がかからないお利口さんなのだ……」


 小さな身体をびくびくさせつつ、へこへこと頭を下げ、自己アピールする。

 魔獣を城に連れ帰るなんて正気の沙汰じゃないけど、ホワイトドラゴンなら話は別。しかも、ものすごく腰が低いときた。

 王様は多少驚きこそすれ、衛兵を呼ぼうとはしなかった。


「よかろう。我が国はジェイドにも、ホワイトドラゴンにも多大な恩があるのでな。ジェイドの紹介ということであれば危険もなかろう」


 ただし、と王様は目を光らせる。


「ひとつだけ条件がある。ドラゴンの世話は、ジェイドがつきっきりでするのじゃ」

「つきっきりですか……」


 僕が世話を任されるのは、予想してなかったわけじゃない。

 王城にドラゴンを解き放つのは、王様としては避けたいところだろう。最近念願の子宝に恵まれたとなればなおさらだ。

 まだ生まれて間もない王女様になにかあったらマズいので、王様としては城の外で過ごしてほしいに決まっている。かといって街中にドラゴンを解き放つわけにもいかない。

 だからこそ、僕の管理下に置くというわけだ。

 けどなぁ……。
 家に住まわせるだけならいいけど、つきっきりってのはちょっと……。

 今日みたいに移動に時間がかかるし、ギルドに通うペースも落ちちゃいそうだ。

 でも――


「お願いなのだ、ジェイド……首を縦に振ってほしいのだ……」


 泣きそうな幼女の頼みを断るなんて、僕にはできない。ここで見捨てたら、罪悪感で寝つきが悪くなりそうだ。

 それに……きっとガーネットさんも、子どもを見捨てる男より、見捨てない男のほうが好きだよね。


「わかりました。僕が責任を持って面倒見ます!」

「ならばよし!」


 話がまとまり、僕たちは謁見の間を出た。
 そのまま王城をあとにする。


「助けてくれてありがとうなのだ! この恩は一生をかけて返すのだ!」

「いいよべつに、恩返しなんて。それより……そういえばきみのこと、なんて呼べばいいのかな?」

「ジェイドが好きに決めてくれていいのだ!」

「だったら、ドラミでいいかな」

「なんだかてきとーに名付けられた気がしてならないのだ……でもいいのだ!」


 衣食住を手に入れて嬉しいようだ。
 ご機嫌そうなドラミを連れて、ギルドへ向かう。

 ギルドの外にドラミを待たせて、いつものように18番窓口へ。

 1分に満たない幸せなひとときを堪能するとクエストを受け、ドラミとともに次の現場へ向かうのだった。
《 第6話 ここから始まるラブストーリー 》

 ドラミと出会って1ヶ月が過ぎた。

 いつものようにクエストを攻略した僕は、列車で王都に帰りつく。


「うう……」


 列車乗り場を出ると、ドラミが街灯に寄りかかり、小さくうめいた。

 ……どうしたんだろ? 乗り物酔いをしちゃったのかな? 毎日列車に乗ってるし、もう慣れたと思ってたんだけど。


「お腹がおかしいのだ……」

「痛いの?」

「違うのだ。さっき駅弁を食べたのに、もうお腹がぺこぺこになってしまったのだ……。もしかするとドラミのお腹には、食欲旺盛なバケモノがひそんでいるかもなのだ……」


 自分で言っててぞっとしたのか、ドラミがぶるりと震える。


「ただの成長期だよ。僕もドラミくらいの歳の頃はすぐお腹が空いてたよ」

「それを聞いて安心したのだ! 安心したらますますお腹が空いてきたのだ! なにか食べ物がほしいのだ!」

「じゃああとで店に寄ろっか」

「ええ!? 店に!?」


 ドラミは衝撃を受けたようにあとずさる。

 びっくりするのも無理ないよね。時間の節約のために店には寄らないようにしてるから。


「ついにドラミもお店デビューなのだ……! でも、どうしてお店で食べるのだ?」

「ギルドが閉まってるから時間に余裕があるんだよ」


 ギルドが開くのは明日の朝。寝坊しないよう早めに寝るけど、食事処へ行くくらいの余裕はある。


「ドラミはお肉が食べたいのだ!」

「はいはい。でもその前に家に寄るよ。この格好じゃ店のひとに迷惑だからね」


 今回僕が攻略したクエストは『アイアンワームの討伐』だ。

 アイアンワームは一軒家くらいなら丸呑みにできる巨大ミミズ。しかも列車以上の長さを誇り、その硬度は鉄以上。しかも斬っても意味がない。なぜなら分裂するからだ。

 分裂しても魔石がないほうは半日ほどで死んでしまうが、裏を返せば半日間は暴れ続ける。

 だから僕はアイアンワームに捕食されることにした。捕食され、体内をかき分け、魔石を握り潰したのだ。

 おかげで僕は体液まみれ。内側から身体を突き破って外へ出ると、飛び散った体液がドラミにもかかってしまったのだった。


「ジェイドの家はどこにあるのだ?」

「こっちだよ」


 光り輝くキノコの魔獣――ライトマッシュの魔石がもたらす灯りに照らされた通りを歩き、王都の外れへ移動する。

 家に帰るのは1年ぶりだったけど、ちゃんと道は覚えてた。列車乗り場から小一時間ほど歩いたところで、懐かしの我が家に帰りつく。

 二階建ての家を見上げ、ドラミは感嘆の声を上げた。


「立派なお家なのだ!」

「でしょ! ここからじゃわからないけど、屋根がハートの形になってるんだよ!」


 僕がデザインした家だ。

 大工さんは『民を愛する心を表現しているのですね……』と感動してたけど、屋根のハートはガーネットさんに向けた僕からのメッセージだ。


「ドアもハート型になってるのだ!」

「よく気づいたねっ! そこもこだわりポイントだよ」


 いつかガーネットさんと同棲を始めたとき、家に帰るたびに僕の愛を受け取ってほしい。そんな想いをこめてデザインした。大工さんは『民への愛に満ち満ちている……!』って感動してた。

 ハート型のドアを開け、家のなかへ。


「わっ。勝手に明るくなったのだ!」

「ドアノブにキングマッシュの魔石を埋めこんでるんだよ」

「なんなのだ、それは?」

「ライトマッシュの王様だよ。その魔石を使うと、近くにあるライトマッシュの魔石も連動して明るくなるんだ」

「帰ってすぐに家中が明るくなるとか安心すぎるのだ!」

「でしょ! 一緒に暮らすひとを不安がらせたくないからね。そうそう、衣装ルームもあるんだよ」


 オーバーリアクションが楽しくて、ついつい部屋を紹介したくなる。

 ひとつ目の衣装ルームへ案内すると、ドラミは「すごい!」と叫んだ。


「可愛い服がいっぱいあるのだ! あっ、こっちの服は綺麗なのだ!」

「それはパーティドレスだね」

「こっちの白いのはなんなのだ?」

「結婚式で着る用のウエディングドレスだよ。別室にあと28着あるけど、僕が一番気に入ってるのはそのドレスかな」

「早く着てる姿を見てみたいのだ!」

「僕もだよ!」


 これらはすべてガーネットさんのために用意したものだ。

 ガーネットさんの趣味がわからないので色々な種類を買い揃えた。

 このなかに1着でもガーネットさんのお気に召すものがあれば万々歳だ。


「さっそく着てみせてもらうのだ! お嫁さんはどこにいるのだ?」

「えっ? ど、どうしてお嫁さん?」

「ウエディングドレスがあって、お嫁さんがいないわけがないのだ。お世話になりますって挨拶したいのだ」


 オーバーリアクションが気持ちよくて色々と見せたけど、冷静に考えると変人の所業だ。ありのままを伝えるとドン引きされちゃいそう。

 ていうか、ドン引きされようとされまいと打ち明けづらい。ガーネットさんへの想いは誰にも明かしてないのだから。


「お腹空いたよね? お風呂に入って食事にしよう!」


 てきとーに誤魔化すと、ドラミはそっちに食いついてくれたのだった。


     ◆


 お風呂を満喫した僕たちは、清潔な服に身を包む。


「いい湯加減だったのだ……居心地も最高だったのだ……」

「でしょ! 1日の疲れを落とせるように快適なバスルームを設計してもらったんだ」

「こんなに素敵なお家があるのに帰らないのはもったいないのだ」

「僕は冒険者だから、仕事が優先なんだよ。明日は日の出とともに出発するから、今日は早めに寝てね」

「ふかふかのベッドで寝るのが楽しみなのだ!」


 ドラミには寝室も紹介済みだ。

 いつかあの部屋でガーネットさんと寝起きをともにするんだと思うと、いまから顔が熱くなっちゃう。

 早く幸せな結婚生活を迎えるためにも、ギルド通いを続けなくちゃね!

 ガーネットさんのことを考えながら、僕はドラミと家を出た。



 となりの家から、ガーネットさんが出てきた。



 えっ? えええええええええええええっ!?

 なんで!? どうしてガーネットさんが!? 
 その家には老夫婦が住んでいたはずなのに!


「こんにちはなのだ~!」


 戸惑う僕をよそに、ドラミが元気いっぱいにご挨拶。


「こんにちは」


 そんなドラミに、ガーネットさんが挨拶を!

 ドラミに先を越された! 僕より先にプライベートな会話をしちゃってる!?

 ずるい……。僕なんて10年も事務的な会話しかしたことがないのに……。

 ……いや、待てよ? 思わず嫉妬しちゃったけど、これはチャンスなんじゃないか?

 だって僕はどう見てもドラミの保護者だ。

 いきなり街中で声をかけると不審者だけど、ドラミが挨拶をしたのだ。なのに保護者の僕が挨拶をしないのはおかしい。

 だとすると――ついに、ついにだ!

 ついに事務的な会話から卒業するときが来たのだ!


「こ、こん……こんに……」


 あぁっ、緊張する!

 ていうかいま気づいたけどガーネットさん私服だよ! 

 ギルドの制服も似合ってるけど、私服姿も絵になるなぁ。

 ガーネットさんって、ズボン派だったのかー。

 よかった。ズボンなら82枚持ってるよ。それだけあればガーネットさんが気に入るものも見つかるよね。

「……」

 ガーネットさんが僕をじっと見つめている。

 まずい! ガーネットさんの私服に夢中になるあまり挨拶が途中で止まってた!

 この機を逃せばいつもの日常に――事務的な会話に逆戻りだ! ちゃんと挨拶しないと!


「こ、ここ……こんにちは!」

「こんにちは」


 うおおおおお!
 うおおおおおおおおおお!

 返ってきたよォ!? 挨拶が!

 やっとだ……! やっとガーネットさんと日常会話ができた! 10年か……長かったなぁ……。

 ここから始まるんだ、僕とガーネットさんのラブストーリーが!


「やっと挨拶できたわ」


 って、ええ!? 
 ガーネットさんも僕に挨拶したいと思ってたの!?


「ずっと引っ越しの挨拶をしたいと思っていたわ」


 あ、ああ。挨拶ってそっちね。

 まさか知らないうちにガーネットさんがとなりに越してきてたとは。

 こんなことなら毎日帰宅するんだった。

 と、ドラミが僕の服をぐいぐい引っ張る。


「お腹が空いたのだ。そろそろお店に行きたいのだ」

「彼女はあなたの妹かしら?」

「あ、いえ、親戚です!」

「私はドラミなのだ!」

「ガーネットよ」

「僕はジェイドです!」

「あなたの名前は知ってるわ」

「えっ、どうして……」

「毎日ギルドに来てるもの」

「毎回名前を確認されるから、てっきり知られてないのかと……」

「確認はギルドの規則だわ」


 よかったー!

 全然名前を覚えてもらえないから、僕にちっとも興味ないんだと思ってたよ。


「……」
「……」


 まずい。会話が途切れた。

 なにか話しかけないと!
 いまここで少しでも親密な関係が築ければ、明日以降も話しかけやすくなるし! 

 だから頑張れ、僕! 勇気を出すんだ!


「あの……」

「なにかしら?」

「その……も、もしよかったら、荷物持ちますよ!」

「気持ちだけ受け取っておくわ。バッグには下着しか入ってないから軽いもの」


 よりによって下着って! 変態か僕は!


「下着を持ってどこへ行くのだ?」

「お風呂へ行くわ。うちにはお風呂がないもの」


 これはいい情報を得たぞ!

 さあ、頼むよドラミ! ガーネットさんをお風呂に誘ってくれ! 

 我が家のお風呂がいかに快適かを教えてあげてくれ!


「気をつけて行くのだ~」


 くっ、だめか!

 ドラミの言葉が別れの挨拶になってしまい、ガーネットさんは歩き去っていく。

 ガーネットさんのうしろ姿、はじめて見た。長い髪がさらさら揺れて綺麗だな……。


「どうしてニヤニヤしてるのだ?」

「幸せだからだよ……」

「ジェイドはガーネットが好きなのだ?」

「まあね……」


 ……ん? あっ、しまった! 言っちゃった!


「いまのはべつにそういう意味じゃなくて――」

「べつに恥ずかしがることないのだ」


 ううっ。恥ずかしがってることまで見抜かれちゃってる……。


「ドラミもジェイドが好きだけど、ちっとも恥ずかしくないのだ」

「僕のこと好きなの!?」

「お世話になってるから当然なのだ!」


 あ、好きってそっちね。


「ジェイドもガーネットにお世話になってるのだ?」

「まあね。ガーネットさん、ギルドの受付なんだよ。冒険者になってから毎日のようにお世話になってるよ」

「だったら感謝の印に花を贈ればいいのだ」

「花を?」

「ガーネットからは花と土の匂いがしたのだ。きっと花が好きで育ててるに違いないのだ」


 そ、そうだったのか!

 生きててこんなにためになる情報を得たのははじめてだ。

 そっかー。ガーネットさん、花が好きなのかー。

 だったら珍しい花を手に入れて、ガーネットさんにプレゼントしよう!

 ドラミと食事処へ向かいつつ、僕はどんな花をプレゼントしようか考えるのだった。