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プールの水は冷たいし、午後の国語の授業は眠たい。僕のとなりには世那がいて、そして彼女がいた。それが僕にとっての日常であったし、当たり前だった。その、当たり前だと思っていた日常が、突然揺らいで、消えた。
彼女がいない。そのことが幾度も幾度も僕の胸を締めつける。彼女の声が聞こえない。彼女の温度を感じない。彼女の顔が見えない。彼女の、彼女の、彼女の彼女の彼女の……
『え?私はここにいるよ?』
「──っ!?」
天から降ってきた声に、息を呑んだ。僕が間違うはずがない、紛れもなく彼女の声だった。でも、彼女はここにはいないはずで。それなら、この声は、いったい誰のものなんだ。
『だーかーらー、私!私だってば!凪ってば、寝ぼけてんの?』
寝ぼけてる……そうだろうか。だって、仮にこの声が彼女で、彼女がここにいるのなら、消えた彼女はどこに行ったって言うんだ。
『私が消えたー?ちょっと凪、まだ夢でも見てるわけ?頭大丈夫?』
夢……?今までのは悪い夢だった?
それがもし本当だったら、どんなにいいだろう。彼女が消えたこと、彼女が消える前のこと、全部白紙に戻せるとしたら。いや、いっそ僕と彼女が出会う前に時を巻き戻せたら、どんなに幸せか──
「──ぎ。凪!」
「…………はっ」
肩を叩かれた衝撃で、意識が戻った。パッと前を向くと、教壇に立っている国語教師が、険しい顔をしてこちらを見ていた。頭がついていかず、情報処理が追いつかない。これはいったいどういうことだ、と世那のほうを振り返る。すると。
「お前、さっきから当てられてんぞ」
「え」
ぼーっとしているときに限って当てられるのは偶然だろうか?いや、教師側がそういう生徒を狙って当てているんだ。いつかそんなことを世那に愚痴ったら、そもそも寝るなと小突かれた記憶がある。
「音読。教科書84ページのいちばん最初」
小声でささやかれた端的な助け舟に感謝しつつ、慌てて教科書を開く。こういうとき、世那がうしろの席でよかったと心から思う。休み時間なんかは、世那の席の周りに彼の友人がこぞって集まってくるから、僕は肩身が狭い思いをするはめになるんだけれど。
前回の席替えのとき、世那に「俺の近くになれて嬉しいんだろー」と絡まれたのを思い出した。ああそうだよ、世那が僕のうしろの席だとわかったとき、内心喜んだよ。口に出したのは、そんな本音とは裏腹の、否定の言葉だった。
「うたた寝かー?随分と余裕だな。夏休みにはちょっと気が早いんじゃないのか?」
クスクスとあたりから失笑が漏れ、僕はふんと鼻を鳴らした。嫌みったらしいこの人物が僕の学年担当な限り、僕の国語嫌いが直ることはないだろう。
僕はのろのろと立ち上がり、息を吸う。酸素で肺が満たされて、外に吐き出すのが惜しかった。
そして、思う。
ああ、やっぱり夢だった、と。