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キャップを開けようとしていた手が、そういえば、と止まる。
「世那がやりやがったんだっけ……」
僕は、昼休みのことを思い出した。もうあれから時間も経ってるし、さすがに平気か。恐る恐るキャップをゆるめ、弾く。カシュ。炭酸の抜ける音がして、爆発はしなかった。
少し残念に思った自分がいることに気がついて、は、と笑ってしまいそうになる。爆発なんて、絶対にしないほうがいいに決まっているのに。
普段は鍵がかかっている、立ち入り禁止の屋上。こっそり鍵を持ち出しては、彼女と一緒に忍び込んでいた。彼女がいなくなってからは、より厳重に施錠されるようになったのもあって、屋上に上がることは以前よりも少なくなった。
降り注ぐ太陽光が、招かれざる僕を糾弾している。そんなふうに感じるのは、後ろ暗い気持ちがあるからか。
キャップの開いたペットボトルを、僕は思い切り振り上げる。ばら撒かれた水滴は、きらきらと光を反射して落ちてくる。
一瞬の雨が降り、──彼女は確かにそこにいた。
「待っ──」
僕はとっさに手を伸ばす。落下する最後の一滴。
望んだ感覚が訪れることはなく、僕の手は空気を切る。あと数センチ、届かない。
ペットボトルにわずかに残った透明な液体を、ひとくち、口に含んだ。それはぬるく、弱々しくぱちぱちと口内で弾けた。爆発するほどの威力を持たなかったそれのちっぽけな悪あがきを、ごくりと一気に飲み干した。
「走馬灯が見たいんだ」
ちょうど炭酸を飲み込むところだった僕は見事にむせ、ごほごほと咳き込んだ。狙ったんじゃないかと疑ってしまうようなタイミングの悪さが恨めしくて、僕は彼女を睨みつけた。
屋上でフェンスを背に、体育座りでふたり並んでいた。太陽は容赦なくジリジリと肌を焼き、照らすものを選ばないそれが僕をいらつかせた。空の青は原色そのもので、雲ひとつない夏だった。
突然の彼女の妄言に、ついに暑さで頭がおかしくなったのかと思った。人間、普通に生きていれば、走馬灯が見たいなんて突拍子もないことを思わない。
「見たいと思って見るようなもんでもないんじゃねぇの」
「もしかしたら見れるかもしれないでしょ。ねぇ凪、ちょっと私を殺してみてくれない?」
「……は?」
コロシテミテクレナイ──彼女の声が、頭の中をぐるぐると回った。それを理解するのに時間がかかったけれど、どれだけ時間をかけても、その真意を理解することはできなかった。
とうとう彼女がとち狂った、と思った。もともと、彼女はその凛とした見た目に反して、ロマンチストな言動が多かったけれど。
お前本気か、と思わず彼女を凝視した。すると彼女は、やだなぁ、と笑った。
「冗談だよ、本気なわけないじゃん。私よりも貧弱な凪になんか、殺されてなんてやんないよ」
「……。あーそうかよ。僕だって、殺してなんてやんねーよ」
売り言葉に買い言葉。理不尽に貧弱呼ばわりされて気が立っていた僕は、気づかなかった──このとき、彼女がどんな表情をしていたか。言葉の裏に隠された彼女の本心に。
「で?どうして急にそんなこと言い出したわけ」
貧弱な僕に、と、当てつけがましく付け足した。冗談にしてはタチが悪いそれを、彼女はどうしてこのタイミングで言ったのか。僕のこの問いは純粋な疑問ではなく、それまでの延長戦として口から出てきたものだった。彼女は、それを知ってか知らずか、最大級の皮肉を僕の中にぶち込んだ。
「だって、私のことをいちばん殺したいのって、凪でしょ?」
──逆光だった。
彼女は僕を嗤っていた。