教室後方の扉を開くと、恐らく誰かが設定温度を極端に下げたであろう冷房が、熱された僕の顔を一気に冷やした。

 世那は、数人のクラスメートと談笑していた。誰とでも仲良くなれるタイプの彼は、僕と違って交友関係が広い。教室を出たときには見なかった顔や、うちのクラスじゃない奴まで混じっていることに気がついて、僕は感嘆した。
 「世那」彼に声をかけると、こちらを向いた彼と目が合った。僕が何かと目立つ世那を見つけるのはともかく、世那が僕をすぐに見つけたことを、不思議に思った。人は多いし、声量はそんなに大きくなかったし、近いとは言えない距離だったのに。思えば世那は、どんなところにいても、必ず僕を見つけていたような気がする。……なんて、友人に対して小っ恥ずかしいことを考えていたのに気がついて、僕は考えるのをやめた。

「おー、おかえり」

 ぱぁっと明るくなる表情、きらきらと眩しい満面の笑み。それが僕ではなく、僕が持つコーラに向けられたものだとわかり、僕は苦笑した。まったく、調子のいい奴だ。

「ん。ご所望の品」
「あざ!」

 コーラをつまんで掲げると、ヘイパス、と手を伸ばされた。その手をめがけて、僕は思い切り振りかぶり、そして投げる。僕は運動神経があまりよろしくない。空中に放り出されたコーラは世那を見事に()け、明後日の方向へ向かってしまう。

「うおっ!っとっと……ナイスキャッチ俺!」

 凪、どこ狙ってんだよ!世那は、僕のそばまでつかつかと寄ってきた。結局ここまでくるなら最初から手渡しでよかったじゃねぇか、と僕が言うと、世那は、僕の肩にぽんと手を乗せた。

「まーまー、そんなこと言うなって。俺ら親友だろー?」
「ちょ、離れろ。暑い、むさ苦しい」
「ガチで嫌そうな声出すのやめて傷つく!」

 引っつかれると暑いんだよ。僕は、世那のえりを掴んでべりっと剥がす。凪が俺に優しくない、と世那が大げさに項垂れると、一部始終をはたから見ていた世那の友人たちから、ドッと笑いが巻き起こった。

「冗談でも笑えねーよぉ。えっ、冗談だよな?俺らズッ友だもんな?……なんで一緒になって笑ってんだよお前は!」

 ズッ友とかいつの時代だよ、と茶化す周りの奴らに、世那はわざとらしくよろめいて、机に手をついた。
 ふと、教室を出る前よりも明らかに息がしやすくなっていることに気がついた。胸に手を当てる。と、もう苦しさはなかった。そして、また気を遣わせてしまったな、と、今度は底の見えない自己嫌悪に陥る。

「幸せ補給しないと死ぬ……」

 プシュ。二酸化炭素の逃げる音がして、ハッと顔を上げる。と、そこでは世那が缶のプルタブに手をかけ、コーラを開けていた。

「あ」
「あ?……あ──っ!」

 勢いよく吹き出すコーラはみるみるうちに世那の手の中に溢れ返り、世那の手では受け止め切れなかったコーラが、ぽたりぽたりと机に侵食していく。僕は、しまった、と頭を抱えた。大惨事だ。
 大慌てで「ちょ、ティッシュ!!誰かティッシュ持ってねぇ!?」と叫ぶ世那に、近くにいた女子がポケットティッシュを差し出している。こういうときに助けてもらえるのは、ひとえに彼の人徳の為せる業だ。

「おい凪、これお前の仕業だろ!」
「さぁ?さっき世那が投げろって言ったからじゃない?」

 僕は肩をすくめて見せ、しらばっくれることに決めた。世那にとっての幸せは、世那に牙をむく運命だったってことだ。それを僕のせいにされても困る。……なーんて。