屋上の扉を勢いよく開く。天気予報を無視した雨粒が、アスファルトにぽつりぽつりと丸い染みを作っていく。まるで、自分も足元から地面に染みていくような錯覚に、雨音に負けないくらいに心臓がうるさく鳴った。
 僕が聞きたいのは彼女の心臓の音なのに、降り出した雨にかき消されて聞こえない。

 一歩、また一歩と、僕は慎重に足を進める。彼女はずっとそこにいた。僕が忘れてしまっていた間も、ずっと、ひとりで。

「……遅くなって、ごめん」

 目を、背け続けていた。現実を受け入れたくなくて、心地のいい夢だけを追い続けていた。けれど、その先を望んでしまったから。後戻りなんて、できないのだ。


『私を殺して、私と同じ人殺しになって』


 僕は、彼女が救いを求めて伸ばしたその手を、拒絶した。だから僕には、彼女とともに生きる資格がなかった。それでも、彼女の待つ場所へ、と、思ってしまうのは僕のわがままだ。

 叶うなら、あの夏の続きを、もう一度。そう願って、僕は、フェンスの向こう側へと足を踏み入れる。

 彼女が散ったこの場所には、彼女が色濃く残っていた。彼女が最期に見たであろう景色を、しっかりと目に焼きつけて。それから、そっと目を閉じた。


 しとしとと降り続ける雨、濡れた足元。僕は足を滑らせたふりなんかをして、うしろ向きで、地面から足を離した。


 ふと、となりに目を向ける。すると、そこでは、いつの間にか彼女が、僕と同じ速度で落下していた。それはまるで、ふたりでプールの底まで落ちた、幸せなあの日のようだった。

 これも僕の心が見せる幻なのか、それとも僕が彼女を二度も死なせることになるのか、判断できるだけの時間なんて残されてはいない。匂いが混ざり、僕と彼女が重なる。底に着くまで、僕らは、じっと、見つめ合い──








「──ばかなやつ」

 透き通るような声が、脳内にこだました。大きく目を見開くと、その瞬間、パッと靄が弾けた。















 ──でも、きっと凪は、そうわかってても諦められない気がするんだ。


 ──君も、そう思うでしょ?


「……そんなの、誰よりも知ってるし」


 爽やかな朝日が差し込む生徒玄関は、様々な憶測が飛び交い、騒然としていた。

「世那?どうした?」

 下駄箱の蓋は開けっ放し。その場で直立したまま微動だにしない彼に、やってきたクラスメートが声をかけた。

「いや……。相変わらず、ずりぃな、と思って」
「は?何それ」

 彼の右手の中では、ちゃりんと三枚の硬貨が鳴っている。
 少年は、陽炎が立ちのぼる生徒玄関から、ひとり、(きた)る入道雲を見上げた。


fin.