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彼女は僕の罪を知っていた。僕はその日、初めて僕の罪を彼女から聞いた。
「今まで黙ってて、ごめんね」
こっそり忍び込んだ屋上でそれを告白した彼女は、申し訳なさそうにしてうつむいていた。謝るのは僕のほうだとわかっていたのに、そのときの僕には、無言で首を横に振ることしかできなかった。
「……私、やっぱり走馬灯が見たいなぁ」
彼女は、僕のとなりで、まるで独り言みたいにそう呟いた。いや、本当に独り言だったのかもしれない。けれど、運がいいのか悪いのか、それは僕の耳にしっかりと届いてしまった。
幸せに包まれて死にたいんだ。風が吹けば簡単にかき消えてしまいそうなくらいの、小さな声だった。それを聞いたとき、僕は漠然とした不安に襲われた。まばたきをした次の瞬間、もし彼女が消えていたらと思うと、ぞっとした。彼女がそこにいることを触れて確認したくなると同時に、触れたら壊れてなくなってしまうんじゃないかと思うほど、彼女の存在が、脆く、揺らいで見えた。
「なんでわざわざ、その先がないような選択をしたがるんだよ。夢が見たい、じゃ駄目なわけ?」
幸せな夢を見て、幸せに包まれて。そうして、いくつもの朝を迎えることの、いったい何が不満なのか。
そう訊くと、彼女は、まるで、どうしてわかってくれないんだとでも言いたげに、頬をぷくっと膨らませた。
「夢を見たら、その先に期待しちゃうもん。その先がなかったら、期待しようがないでしょ?」
「わかるようなわからないような……いやわかんねぇ。なんだよその理論」
ありもしない幸せに盲目的に縋り続けるよりも、一瞬の幸せを胸に抱いて潔く終わりたいって思うんだ。そんな彼女の言い分に、そのときの僕は、これだからこいつはよくわかんねぇ、と思うだけだった。
「まぁ、凪はまだやり直せるよ。このことは、ちゃあんと墓場まで持って行ってあげるから安心して?」
僕は、彼女のその言葉が引っかかった。
僕はまだやり直せる。その言い方はまるで、彼女はやり直せない、いや、やり直す気がないんだと言っているようで。
そして、墓場まで持っていく、つまり死ぬまで誰にも話さずに秘密にするということは、まるで将来、僕のとなりに彼女はいないんだと言っているように感じてしまって。胸騒ぎは、次第に大きくなっていった。
この胸騒ぎを無視しない選択ができていれば、今とは違う未来が待っていたんだろうか。
「ただ、ちょっと遠いかなぁ……」
フェンスに寄りかかった彼女は、物憂げに呟いた。声をかけることはできなかった。彼女の瞳には、僕ではなく、ここではないどこかが映っていたから。……躊躇ってしまった。
彼女は僕の手をおもむろに取り、それを、自らの首に当てた。その行動の意味がわからず、僕は戸惑った。
「な、何をして……」
「口封じ、してよ」
は、と思わず漏れた息は、声にはならなかった。
彼女に、僕はそんなふうに思われていたのかと思うと、無性に悔しかった。それと同時に、彼女にそんなことを言わせてしまった自分に、どうしようもなく腹が立った。
「……笑えない」
「わぁ、ごめんって、拗ねないでよ」
顔をそらすと、彼女は「冗談だから、ね!」とごまかした。それがご機嫌取りでしかないのはバレバレだったけれど、僕は彼女のその言葉に、つかの間の安心を得た。
ヒントはそこら中に散りばめられていたのに、見ないふり、気がつかなかったふりをした。