世那と話している間は、心なしか心が軽くなった。そういえば、世那はもともとコミュニケーション強者だった。クラスメートとも授業以外でほとんど話さない僕とは大違いだ。

「凪!見ろ、蝶だ!ナントカ蝶!」
「えっ!?うわっ、無理無理無理!追い払って!」
「お前蝶も無理なのかよ!しょーがねぇなー」

 ママー、お兄ちゃんたちが遊んでるー。こら、指差しちゃダメよ。すぐ近くから聞こえてくる親子連れの会話に、僕らはまたもや顔を見合わせた。この年にもなってこんなことで騒ぐとか、僕は小学生か。世那は精神年齢小学生みたいなもんだけど。きっと大人になっても、それが変わることはないのだろう。

 意識的に別のことを考えて、無理やり思考をそらす。答えに辿り着いてしまったら、いったい僕はどうなってしまうのか。そもそも正しい答えなんてものは存在するのか。その先に、道は続いているのか。そこに彼女はいるのか。

 僕は彼女から解放されたいのか?

「……どこって凪が訊いてきたときから、絶対そこに行くんだろうなとは思ってたけどさ。まさか、あれからずっと張ってんの?」

 どくん。世那の核心を突いた言葉に、心臓が大きく跳ねた。ここに世那が現れたことから、僕の考えがバレていたことは容易に想像できたけれど。世那に僕の弱さを見られる覚悟なんて、まったくしていなかったから。

「ずっとっていうか……下校から日が暮れるまでのあいだくらいだよ」

 僕は、彼女がいなくなる前に、世那が彼女に会ったと言っていた場所に来ていた。まるで悪さを告白する子どものような気分になって、僕の視線は徐々に下を向く。

「そうは言っても、チャイムなったら猛ダッシュで教室出ていくじゃんか。部活にも来ねぇから、顧問がカンカンに怒ってんだぜ」
「だって、それ以外に方法が思いつかないんだから仕方ないだろ。ほら、僕って頭もよくないわけだし?それとも、お前が他に案出してくれんの?」
「うーわ、根に持ってる……ごめんて」

 凪って基本無口なせいで勘違いされやすいけど、実際ずば抜けて頭いいってわけじゃないし、むしろポンコツだよな──以前、世那に言われた言葉だ。もしも僕の記憶力がよければ、彼女の顔を忘れることはなかったのか。もしも僕の頭がよければ、こんなに悩まずに済んだのか。もしもの話なんて不毛なだけなのに、世那の指摘を受けてから、どうもこんなことばかり考えてしまう。

「たとえば、死体が目の前にあったら……諦めもつくかな」

 気がつけば、そんなことを口にしていた。
 彼女の死体なんて、悪夢以外の何物でもないけれど。

「何その発言、サイコっぽい。ていうか、中二っぽい」
「……」

 僕は無言で世那を睨む。こいつは本当に、本当にこういう奴だ。
 そう思うと溜め息を吐きたくなった。はぁ、と息を吐きだす瞬間、ふと世那と僕、それから彼女の三人で過ごした夏の日のことが頭に浮かんだ。

 世那は、彼女の行方を知っているだろうか?彼女が行方を眩ませた理由も、あの夏の記憶がおぼろげな理由も、僕らをとなりで見てきたであろう世那なら、もしかして。