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彼女のいない夏が来るのが怖かった。彼女のいない季節が過ぎるのが怖かった。
だんだんと、僕の中から彼女の記憶が薄れていくのが、薄気味悪くて嫌だった。
彼女と過ごした夏はもうどこにもないんだと、未だに信じられずに、この夏の中に彼女の面影を探し続けている。
「ぎゃっ!」
ぴとり。右頬に張りついた冷たいものに、僕は思わず短い悲鳴を上げて飛びしさる。
「はは、変な声~」
頬を手で押さえる僕を見て、犯人──世那は、からからと笑った。僕がこんな大げさなリアクションを取ってしまったのは、世那の不意打ちのせいなのに。笑われているこの状況が、まったくもって解せない。
「世那……」
「睨むなよ~、せっかくお前の分まで買ってきてやったんだから」
「は?買ってきてやったって、何を……」
世那の手元に焦点を合わせて、そこで初めて冷たいものの正体を見た。それは、世那のエネルギー源であり生き甲斐の、コーラだった。そのコーラの缶は結露していて、頬が濡れたのは缶についた水滴のせいかと納得した。
「……さんきゅ。いくら?」
「ヤダな~、俺とお前の仲じゃんか!」
バシンと乱暴に背中を叩かれ、思わず前のめりになってしまう。おい、と睨むと、わり、凪が貧弱なの忘れてた、とか抜かしやがった。誰が貧弱だ、誰が。
俺とお前の仲、なんて言うけれど、自分はこの前きっちり払っていたくせに。僕は、そのことがなんだか不満だった。
「人に借り作んの気持ち悪いんだよ。で、いくら?」
これがたとえば、知り合いの知り合いの知り合いくらいの人が奢ってくれた、とかなら、ここまで頑なに食い下がらなかったと思う。けれど、相手が世那だったから。世那に借りを作るのは気持ちが悪い。たとえ世那が気にしなくても、僕は、これ以上世那との差を広げたくなかった。
「律儀だよな~、そゆとこ好きよ」
「おい、ごまかすな」
乱暴に、鞄の中に手を突っ込む。鞄の中は整理されておらず、手触りでわかるかと思ったけれど、目的のものは見つからない。底のほうに埋もれているのかと、仕方なく鞄の中身をかき出した。けれど、そうしてみても、やっぱりそれはなかった。
「財布忘れたかも。明日でいい?」
「いつでもいーよ。返してくんなくたっていいし」
「返すから」
間髪入れずに言い返すと、何むきになってんだよ、と世那に笑われた。世那は、雑に鞄を放り投げたあと、どかっと僕のとなりに座り込んだ。
「元気ないときはとりあえず飲んどけ飲んどけ。飛ぶぞ」
「物騒な言い方すんなよ……。でもまあ、気持ちはさんきゅ」
「いいってことよ」
元気がない、か。世那から言われた言葉を反芻する。僕はもともとテンションが高いほうでもなかった。それなのにそんなことを言われるってことは、そんなにひどかったのか。
夏の強烈な日差しに生気を吸い取られたことを言い訳にして、解放されてしまいたい──何から?
「いやちょっと待て。お前これ絶対振っただろ」
「えー、ひどーい。人の厚意を疑うの?俺泣いちゃう」
「やめろって、気色悪いな」
開ける寸前で、プルタブにかけていた手が止まる。
シクシクと白々しく泣き真似を始める世那を小突く。すると世那に反撃を食らい、僕はまた世那を小突いた。それを数回繰り返していると、勢い余った世那が倒れて込んできて、僕らは芝生の上にどさっと転がり込む。
「あー、あほらし」
「すましてっけどお前、今全身芝生だらけだかんな」
僕らはお互いの顔を見て、それから同時に吹き出した。
ごろんと両手を広げて寝転がると、正面には吸い込まれそうなほどに澄んだ青があった。体温よりも少し温度の低いそよ風が心地いい。