音のないこの世界で

数分が経って気づいたらペンを走らせていた手が止まっていて、麗音のことを考えていた。少し前に考えていた手話のことだ。どうしても彼女の役に立ちたいし、もう一度この世界に存在する『音』を聞いて欲しい。聞こえなくなった耳を聞こえるようにする方法は僕には分からないけど。
とりあえず、手話教室にでも通わせてほしい、と母に頼んでみるのはどうだろうか。そんなことを考えているとガチャと玄関のドアが空いて、
「ただいまー!」
何故かいつもよりテンションが高めな母が帰ってきた。両手にビニール袋を持っている。やはり、どこかで買って帰ったのか。
「それ貸して、テーブルに並べるから」
「私がやっておくから、先にお風呂に入っておいで」