「実はその耳の聞こえない彼女。ピアニストなんですよ。だからここに聞きに来たんです。」
「……それは本当なのかい?」
「はい、本当です。それだけ伝えたくて」
「そうか……。言い訳になるかもしれないけど部長には娘がいてね。その子もピアニストなんだよ。本当は娘をここに連れてきたかったんだけどチケットが2枚しか取れなくてね。でも仕事の都合で部長と私が行かなくちゃいけなかったからちょっとだけ意地悪を言ってしまったんだ。改めて本当にすまない。」
彼はそう言って胸ポケットから名刺を取り出して僕に渡してきた。
「佐藤勇気……出版社。」