第5話 いざ逝きめやも
第5話 登場人物
【名無し】の剣士
ディスコルディア
キリ
イシス
ビリー・ザ・キッド
イカズチ
ガーネット
イカズチの部下たち
ナレーター
※第2話同様、【名無し】の剣士は契約の代償で一切喋ることができなくなっています。なので、「」の中の言葉は、彼が心の中で喋っているものであると思ってください。
※今回の主な舞台はトルシュ村になります。
その際主要人物たちがほぼ同じ場所にいるので、場面が転換する時は 〇トルシュ村 の後にSIDEと付きます。SIDEの後にある名前の人物メインのストーリーになります。
ナレーター
「死ぬためには、まず生きなければいけない」
○異世界の森 盗賊たちのアジト内部
洞窟の中に、盗賊たちのアジトがある。そこに、ガーネットは囚われている。鎧をはぎ取られ、荒縄で縛られている。
ガーネット、恐怖に目を見開いて震えている。自分を捕らえた盗賊ではなく、自分を救けに来た男の強さに。
男の正体は、黒竜帝国が誇る最強無比の戦士団【六竜将】の一人、イカズチ。
イカズチ、登場。
イカズチ、蛇腹剣【スコルピオン・デス・ロック】を振るう。刃が斬撃の奔流となって洞窟内を荒れ狂い、盗賊たちを一方的に斬り裂き殺していく。
※蛇腹剣
刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化するギミックを持つ剣。
イカズチ、盗賊たちを殺し尽くした男、蛇腹剣から血を滴らせながら立ち去る。震えるガーネットに駆け寄り、「ご無事ですか!?」と荒縄を切るイカズチの部下。
「何故、六竜将がここに!?」と問うガーネット。イカズチの部下は、ベラドンナの命を受け、トルシュ村の亜人討伐に向かった生き残りを回収するために自分たちを向かわせたと答える。
まるで、部隊の壊滅が想定内であったことに困惑するガーネット。
対し、イカズチの部下は「騎士に対し、我らのような一般兵が敵うとでも?」と答える。
ガーネット、騎士という言葉に驚く。
(※一応、ガーネットは帝国の兵士なので、騎士がジャンヌと土方みたいな凄まじい戦いぶりを見せる戦士であることを知っています)
○異世界の森 盗賊のアジト 入口 (明け方)
洞窟の入口(※盗賊のアジトの入口)付近に集う、【黒竜帝国】の兵士たち。イカズチが現れると、全員敬礼。彼らは全員、イカズチの部下である。
彼らは全員、人間である。悪として忌まれ虐げられているはずの亜人の下に善の側であるはずの人間がつく……彼らは、ベラドンナのやり方に全面的に賛同しているのだ。
イカズチ、「血の臭が、濃いな」と背の翅を震わせ、宙を飛ぶ。
そして、「全員、ここで待機だ。俺はちと、死合ってくる」と、そのまま飛んでいく。
「おいおい、イカズチ様、また一人で勝手に出撃されたぜ」「案ずるな、いつものことだ。イカズチ様は【六竜将】。我が【黒竜帝国】最強無比の戦士の一人。ベラドンナ陛下も笑ってお許しになる」みたいな感じでイカズチの部下たちが談笑している中、ガーネットが肩を支えられて洞窟から出てくる。
その顔には、深い疑念がある。
ベラドンナにとってトルシュ村の亜人討伐で自分の部隊が壊滅するのは決定事項ではなかったのか? そうでなければ、【六竜将】の一人なんて来ないだろう、しかもこんなに早く、まさか自分たちは捨て駒だったのか? という。
○トルシュ村 全体 (朝)
第2話で登場したトルシュ村、激変した光景で再登場。
【黒竜帝国】の兵士たちに徹底的に荒らされ、人の営みが死に絶えた廃墟になっている。第2話では放し飼いにされていた家畜がいたのだが、みんないなくなっている。
家は壊されたり燃やされたりし、略奪があったのか屋内の家具は壊されたり持っていかれたりしている。
○トルシュ村 SIDE:キリ
広場みたいなところに、無数の盛り土がされ、その数だけ木の板が立っている。それらは墓標であり、黒い塗料で文字が書かれている。死んだ村人たちの名だ。
その一つ、ロナーの墓の前に、キリが立っている。
○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス
その様を、少し離れた場所から見ているディスコルディア。その傍らにはイシス。
ディスコルディアとイシス、「人間のすることは今も昔も分からない(※死者を悼んだり埋葬したりする行為など)」みたいな会話をする。
〇トルシュ村 (※ディスコルディア&イシスの回想)
無理だと分かりながら、トルシュ村を走り回り、生き残りを捜すキリ。
最後に、酒場に辿り着く。意を決し、ドアを開けるキリ。
村人たちが折り重なるようにして倒れ、死んでいる。
しばらく茫然と、キリは立つ。
キリ
「皆さん、お願い、です。手伝ってください。みんなを埋めてあげたいんです。せめて……人らしく」
振り向くことなく、ついて来た【名無し】の剣士とその他の面々に言う。
(※ディスコルディア&イシスの回想 終了)
○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス
「どうした、我が同胞たる魔神よ?」とディスコルディア、問いかける。
問われたイシス、鋭い目つきでキリを見ている。
イシス
「我が同胞たる魔神、お気づきになってますの?」
イシス、キリを指差し、「あの少女、どうやら我々が見えているようですの」。
対し、「何だと!?」と驚くディスコルディア。「魔神は、魔神を除けば契約者たる騎士とその同族以外には見えぬはずではないのか!?」
イシス
「どうやら、何事にも例外はあるようですの」
ディスコルディア
「まあ、それはそれで面倒なような、そうでもないような……それより我が同胞たる魔神、なかなか面白い契約者を見つけたな」
イシス
「その言葉、そっくりそのまま返すの、我が同胞たる魔神」
○トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士&ビリー・ザ・キッド
一方、ディスコルディアとイシスが話題にしている【名無し】の剣士とビリー、そこから少し離れた場所にいる。
村人の墓穴を掘り、埋葬を行っていたが、一旦シャベルを置いて休憩中。
ビリー、被っている帽子を脱いで「暑い」とあおぐ。
【名無し】の剣士、自分たちが立てた墓標の群れを眺めている。
〇現世 どこかの村 (※【名無し】の剣士の回想)
野盗の襲撃に遭った村(※イメージとしては、江戸時代の日本の農村)。
建つ家々から煙が上がっている。道端には死体が転がる。それに縋って泣く子供がいる。
身長に不釣り合いな長さの刀を背負った一人の子供(※少年時代の名無し)、村から離れた場所からそれを見ている。
(※【名無し】の剣士の回想 終了)
【名無し】の剣士
「どこに行こうが、どこに逃げようとしようが、世界ってのは結局どこもみな同じなんだな」
ビリー
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はビリー・ザ・キッド。ビリーって気軽に呼んでいいぜ。なあ、あんた、名前は? 来たのはどこの時代? 間違ってたらゴメンだけど、その髪色から察するに、アイルランド系か? あー、でも肌がそれっぽくないから、ひょっとして中国人だったりするか?」
【名無し】の剣士、ただビリーを見ている。答えようにも答えられないのもあるが、それ以前に格好が珍しいからだ。
【名無し】の剣士
「……コイツ、いくらなんでもやけに着込んでないか? それに、黒じゃなくて緑の目っつーのは、なんか不気味だな。それにこのヘンテコな髪の色……まさか、親父と同じ異人か?」
(※登場人物紹介のページに書きましたが、【名無し】の剣士は異人の血を引いています。父親が異人でした)。
ビリー
「なんだよ、無視すんなよ……って、うわ! あんた、顔、ひっでぇことになってんぞ! つーか、その傷大丈夫か?」
ビリーに指差された【名無し】の剣士、指で額をなぞる。今さらだがズキッ! ときて、顔を歪める。
(※この時点までの【名無し】の剣士、大体こんな感じのビジュアル。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1413753818110521346?s=20 )
「気休めにしかならんだろうけど、これ巻いてやるよ」と、ビリー、首に巻いていたバンダナをほどき、【名無し】の剣士の額に巻く。
(※巻くと、こんな感じになります。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1413695805328748545?s=20 )
(※巻いてない時と巻いた時を比べると、こんな感じになります。
https://twitter.com/gZKA6KE0snDvYJb/status/1416221401673986050?s=20 )
体格差もあり、この時2人、密着状態になる。
【名無し】の剣士、「!!?」ってなる。
ビリー、「これでよし!」と言った直後、「!!?」ってなる。
【名無し】の剣士の片手が、ビリーの胸を掴む(※揉む)様になっている。『むにゅっ』という効果音が入る。
掴んだ側の【名無し】の剣士「やっぱそうか、やっぱりな」って顔になっている。
ビリー、赤面し「ぎゃああああ!!」ってなる。
ビリー
「てめぇ、なにすんだ! 師匠にも揉ませたことないんだぞ!! バカ! スケベ! 変態! 野良犬にでも食われちまえ! 地獄に落ちろ!!」
○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス
その光景を見ているディスコルディアとイシス。
イシス
「余談だけど、恰好はああなのだけど、中身は割とお年頃なの」
ディスコルディア
「姿形、性別、体格差、生まれた場所、育った環境、一切合切、騎士たる者には関係ないはずだが?」
イシス
「そうだったの。だからきっと、我が契約者は沢山殺してくれるはずなの」
ディスコルディア
「されど、これだけは言っておくぞ、我が同胞たる魔神。悪いが、お前の契約者は我が契約者には敵うまいよ。あれは、このディスコルディアが見つけた逸材だ。故に血が……たくさんたくさん、たくさん流れるだろう……!」
○トルシュ村 SIDE:キリ
キリ、ロナーの墓の前にずっと立っている。
目を閉じ、墓を掘って泥だらけになった手で、形見のペンダントをぎゅっと握りしめる。
キリ
「ロナー。ねぇ、ロナー。わたし、これからどうしたらいいのかな……」
その後、なにか言おうとするが、体をびくっ! と強張らせる。
○トルシュ村 SIDE:ディスコルディア&イシス
ディスコルディア&イシス「来たな」「ええ、来たの」と、どこか邪な笑みを浮かべる。
○トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士&ビリー
【名無し】の剣士とビリーの表情に緊張が走る。
〇トルシュ村 SIDE:全員
なにかを感じ取ったキリ、振り返りながら「デッド・スワロゥ!」と叫ぶ。
鞭のようにしなるなにかが、大蛇みたくうねり、『ギャリリリリッリリッッィ!!』と軋るような音を立てながら【名無し】の剣士とビリーに向けて振り下ろされる。
【名無し】の剣士、ビリーを庇うように立ち、振り下ろされたそれを鞘に収まったままの刀を振るって打ち払う。
振り下ろされた時と同様、『ギャリリリリッリリッッィ!!』という派手な音を立てて戻っていく。そして、『ガシィン!』と音を立てて、元の形状に戻る。
刃の正体は、イカズチの蛇腹剣【スコルピオン・デス・ロック】。
振り下ろした張本人であるイカズチ、トルシュ村を見下ろせる宙に翅を忙しなく振るわせ、ホバリングしている。
「どいつが騎士だ?」と聞いてくるイカヅチに、「剣? いや、飛び道具使い? どっちだ?」と、ビリー。
振るわれた未知の武器の存在、相手がその使い手であること、相手が只者じゃないこと(※現世では名の知れたアウトローで、そういう相手とばっかり戦っていたので、本能的に理解している)に冷や汗をかきながら、光の中から銃(※今度は、コルトM1877という銃)を出す。両手に構え、イカヅチに向けて撃とうとする。
しかし、【名無し】の剣士に阻止される。腕をばっ! ってやって「撃つな!」という意志表示を受けて。
ビリー「邪魔すんのかよ!」と文句を言うビリーに、【名無し】の剣士は目で「行け!」と指示する。
ビリー
「分かった……ここはお前に任せる! 絶対に死ぬんじゃねぇぞ! 俺の胸を揉んでくれやがったお礼、まだ済んでないんだからな!!」
頷き、走るビリー。その先に、キリがいる。
キリ、怯えてロナーの墓標を背にへたりこんでいる。
彼女にしてみれば、わざわざやって来て武器を振るう【黒竜帝国】の一員のイカズチは、生き残りの自分を殺しに現れたようなものだ。
キリ、歯の根を振るわせて「怖い、助けて、ロナー」とうわごとのように繰り返す。
ビリー、そんなキリの前に立ち、手を差し伸べる。
「立てる?」と問うビリーに、頭を横に振るキリ。対し、「立てよ! 立つんだよ! 立たなくちゃダメだ!」とビリーは返す。
キリ
「で、でも……」
ビリー
「その下に埋まっている奴が、きみを生かしてくれたんだろ? それを無駄にすんのか!? それだけじゃねぇよ、見ろ!」
ビリー、イカヅチに相対する【名無し】の剣士を指差す。
ビリー
「アイツ、俺たちを逃がすために戦ってくれようとしているんだぞ! 応えないでどうすんだよ!」
はっ! となるキリ。
そこに現れるイシスに「お前、犬死にしたいの? 別に止めはしないの」と言われ、意を決した面持ちで立ち上がるキリ。
その手を引いて走り出すビリー。それに並行するよう、飛ぶイシス。
そのまま、森に飛び込む。
〇トルシュ村 SIDE:【名無し】の剣士
地面に降り立ったイカヅチと、墓標の群れを挟んで対峙する【名無し】の剣士。
イカヅチ
「お初にお目にかかる。俺はイカヅチ。【黒竜帝国】六竜将が一人。ベラドンナ陛下に忠義を誓う、臣下にして戦士」
【名無し】の剣士
「それより、コイツ? 人間、じゃねぇ? いや、人間、なのか?」
名乗りを上げるイカヅチを、【名無し】の剣士は驚愕の表情で見ている。
亜人なんて常識外の存在もいいところだからだ。
ディスコルディア
「奴は亜人だ」
そんな【名無し】の剣士の傍らに現れる、ディスコルディア。
【名無し】の剣士
「あじん?」
ディスコルディア
「人間とエルフと獣人以外の、知性を持つ者。ゴブリン、オーク、オーガ、ドワーフ、ダークエルフ等者のことだ」
【名無し】の剣士
「ってことは、アイツはそのあじんの、ごぶりんやおぉくとやらなのか?」
ディスコルディア
「あれは蟲人だ。昆虫の力を持つ亜人だ」
イカヅチ
「俺の初撃をマトモに打ち払ったのは、陛下を除けばお前が初めてだ」
二人の会話を遮るよう、イカヅチは言う。
ディスコルディアの存在を認識できないイカヅチにしてみれば、【名無し】の剣士がぼーっと突っ立っているようにしか見えない。
イカヅチ
「そんな真似ができるということは、お前……あの連中と同じ騎士だろ? 聞いた話じゃ、あの小娘と組んで相応のことをやらかして、追われてこの辺に逃げてきたというが、あれはデマか?」
【名無し】の剣士の顔に、疑念が浮かぶ。見当違いもいいところだからだ。
イカヅチ
「まあ、デマだろうな。ソイツ、おっ死んだっていうからよ」
〇【異世界】の森
ビリーに手を引かれて走るキリに、「一つ言っておくけど、我が契約者を当てにしすぎないことなの。騎士だって死ぬときは死ぬの。かつて、白い悪魔と呼ばれて恐れられたという我が契約者の師は、騎士だけれども死んだの」と言うイシス。
それを、憎悪の眼で睨むビリー。
※ここから全て【名無し】の剣士の視点になります。
〇トルシュ村 外
イカヅチ
「答えなしってことは、「そうだ!」って受け取っていいんだな。まー、それはさて置いてだ……お前、【黒竜帝国】の兵を随分ブッ殺してくれたな。つまりそれは、【黒竜帝国】への宣戦布告ってことだよなあ?」
イカヅチ、戦闘態勢をとる。
蛇腹剣の柄を両手で握り、刃の部分を右肩に担ぐように乗せ、姿勢をやや下げる。
イカヅチ
「先に聞いておくぜ。お前、強いよな?」
【名無し】の剣士、右手を刀の柄に手を置き、抜刀の体勢。
汗が一筋、伝い落ちる。
その様を傍らで見ながら、「来るぞ!」とディスコルディア。
イカヅチ、牙を剥く獣のような凶悪な笑みを浮かべ、「衝戟に」
【名無し】の剣士「……来る!」
イカヅチ、「備えろォォッ!!」と叫び、蛇腹剣を振るう。
立てられた墓標の群を真ん中から破砕しながら、横薙ぎに振るわれた蛇腹剣の刃が『ギャリリリリッリリッッィ!!』という派手な音を立てながら【名無し】の剣士に迫る。
【名無し】の剣士
「斬撃が飛んだ!? いや、伸びた!?」
【名無し】の剣士、瞬間的に体の構えを全体的に低める。頭上を蛇腹剣の横薙ぎが通過していく。
【名無し】の剣士
「剣、だが……どっちかっつーと飛び道具に近いのか? 必要に応じて間合いを変え、相手を斬る」
瞬間、目を見開き「!!」ってなる。
次の瞬間、地を蹴り、垂直に大きく跳ぶ。その最中、宙返りの姿勢に。
【名無し】の剣士、身体を捻る体勢の最中、蛇腹剣の刃が下方を、先程まで自分がいた場所を猛烈な勢いで通過していくのを見る。咄嗟の判断で大きく跳ばなければ、軌道を変えて猛進してきた剣先に貫かれていただろう。
だが、【名無し】の剣士の顔に浮かぶのは「うわ、やべぇ!」という表情。
動きの取れない空中へ移動するのは、圧倒的な不利を生み出すことになるからだ。
【名無し】の剣士を追い、イカズチは飛翔。
追いついた瞬間、左方向から回し蹴りを側頭部に、右方向から蛇腹剣の一撃を放つ。逃げ場のない空中で、左右から挟み撃ちをかける。
イカヅチ
「蜻蜓切りッ!」
【名無し】の剣士、イカヅチの一撃必殺技ならぬ二撃必殺技をモロに受ける。『ドギャッ!』という派手な音が上がり、左方向に勢いよく吹っ飛ぶ。
そのまま落下、家屋に突っ込む。
〇トルシュ村 屋内
【名無し】の剣士が落下した先は、家屋の一つ。
兵士たちによって破壊された上に火をかけられ、全体的にすすけている。
咳き込みながら、刀を杖に立ち上がる【名無し】の剣士。
【名無し】の剣士
「クソ、腕が折れた……!!」
ディスコルディア
「……流石だな!! そのようになろうとも刀を手放さぬか!」
【名無し】の剣士の右腕、あさっての方向に曲がっている。正直、折れるの一言で済ませてはいけない状態。
〇トルシュ村 外 (※ディスコルディアの回想)
ディスコルディア、愉悦の表情で【名無し】の剣士を上空から見下ろす形で見ている。
蜻蜓切りが炸裂する直前、【名無し】の剣士、刀を左手に持ち替える。抜かずに蛇腹剣を打ち払う。
右腕、盾にすることで回し蹴りをガードし、頭部への直撃を防ぐ。
しかし、衝撃は防げない。衝突の瞬間、右腕の骨が「ばぎっ!」と折れ砕ける。
そのまま吹っ飛び、落下。家屋に突っ込む羽目になる【名無し】の剣士。
(※ディスコルディアの回想 終了)
〇トルシュ村 屋内
ディスコルディア
「案ずるな、騎士の傷はすぐに癒える。その程度の痛みには耐えろ、慣れろ。死に至る一撃に比べれば、マシなはずだ」
【名無し】の剣士
「ンなものに、マシもクソもあるか! しかし、厄介だな。相応の厄介な武器を、相応の厄介な使い手が厄介にも使いこなしていやがる」
ディスコルディア
「強靭な肉体、再生能力、戦闘力、そして【異能】。騎士はどれにおいても最強無比の力を誇る。だが、決して絶対無敵の存在ではない。大抵の強者相手には勝つが、それ以上の強者相手には苦戦する。更にそれ以上の高みの強者相手には、敗北する。敗北は文字通り、お前を死者に戻す。お前は再び、敗者に堕ちる。負け犬として、お前は死に繋がれる」
ふと、屋内で何かがきらりと光る。床に落ちた金属の入れ物から、きらきら光るものが落ちて転がっているのが見える。
それを見た【名無し】の剣士、口端を持ち上げ笑う。
ディスコルディア、それが一体なにを意味するのか分からず、「どうした?」ってなる。
〇トルシュ村 外
イカズチ
「あっさりしすぎてんな。まさか、この程度で死ぬわけねぇよな!? 仮にも騎士だろ、お前!」
挑発の台詞を叫ぶも、油断はしないイカズチ。
油断せず、いつでも蛇腹剣を振るえるよう、【名無し】の剣士が落ちた家屋を様子を窺がっている。
唐突に、家屋の扉が開く。イカズチ、身構える。
もうもうと上がる煤埃の向こうから、【名無し】の剣士が姿を現す。
イカズチ、「そうこなくては!」と口端を上げて笑う。
【名無し】の剣士、ゆっくりとした動作で歩き、唐突に立ち止まる。「?」となるイカズチ。
【名無し】の剣士が左手に持っていた刀が、地面に落ちる。右腕も、だらりと垂れ下がったまま。若干前かがみになり、荒く息を吐く。
戦意喪失を表すような態度をとった【名無し】の剣士に、複雑な表情を浮かべるイカズチ。
あまりにも呆気ない戦いの終わりに興醒めしたイカズチの顔から、表情が消える。「……てめぇ……!!」と、歯を軋らせて叫ぶ。
戦士としての怒りを表すよう、背中の翅が猛烈な勢いで震える。空気が激震し、土埃が舞い上がる。
イカズチ
「結構結構! その潔いクソ態度に免じて……ちゃんと死なせてやるよ!」
イカズチ、蛇腹剣を構え……ようと……しかし、次の瞬間『ビシュッ!』という音。イカズチの右頬がぱっくりと裂け、血が流れ落ちる。
何が起こったか驚く間もなく『ビシュッ!』。左肩が爆ぜて血が『パッ!』と飛ぶ。
「一体、何がッ! どうなっているっ!?」と言い放つイカズチを、『ビシュッ!』という音からの衝撃が次々と襲う。それらは、イカズチの身体のあちこちに命中する。命中箇所によっては、血が『パッ!』と飛ぶ。
イカズチ、衝撃が命中した二の腕を見る。はっとなって、そこに指を突っ込んでめり込んだものを取って見る。
イカズチ
「なんだ、これは……石!? 投げた、のか? 呼び動作もなく、一体どうやって!?」
ディスコルディア、「まさかそう来るとは!」と笑う。
【名無し】の剣士の右手から、血が滴り落ちている。
正確に言えば、指。爪が砕け、無残な有様になっている。
相応の硬度を持つ物質を、相応の力――それこそ、相手の身体にめり込む威力で撃ち込むことをやり続ければ、こうなる。
ディスコルディア、感心したように「爪で弾き、標的に当てる……成程、指弾か!」
イカズチの指に摘ままれたそれは、尖った小石の破片。陽の光を受けてきらきら光るそれは、ロナーがキリに遺したペンダントの石と同じ素材。
実は先程の家屋、ロナーの家だったりする。
〇トルシュ村 屋内 (※ディスコルディアの回想)
【名無し】の剣士、右手を握ったり開いたりして、動くかどうか確認する。
腕がマトモに動かなくても、指先がちゃんと動けばことをしでかすのに問題ないからだ。
確認が終わると、例の石を拾い集め、指で着物の右袖口に穴を開け、そこに隠し入れる。
(※ディスコルディアの回想 終了)
〇トルシュ村 外
イカズチ
「てめぇェ! 謀りやがったなァ、それでも戦士か!!」と
怒り狂い、蛇腹剣を振るおうとする。
しかし次の瞬間、「なんだ、こいつ……!?」とその表情が恐怖に凍り付く。
イカズチ、【名無し】の剣士と目が合っている。顔を上げ、【名無し】の剣士は笑っている。浮かぶそれは、限りなく凶悪なそれは、騎士というより狂戦士である。
イカズチ、恐怖を振り払うよう雄叫びを上げる。翅の震えに呼応するよう、土埃が舞い上がり、【名無し】の剣士の視界を遮る。
イカズチ
「聚蝶ッ、成雷ッッ!!」
蛇腹剣を直線に伸ばす形(※とはいうが、多少カーブする形になっている)で、【名無し】の剣士を斬ろうとする。
【名無し】の剣士は左足を落とした刀の下に入れ、真上に蹴り上げ、左手でキャッチ。
その姿が、かき消える。
次の瞬間、土埃が一瞬にして晴れる。
身体を仰け反らせたイカズチの胸から、派手に噴き上がる血潮。
その背の先に立つ、刀を振るい上げた姿勢で立つ【名無し】の剣士。
屋外に出てからの【名無し】の剣士の行動は、全てを決めるこの一撃を放つため、決めるための囮の行動である。
指弾はイカズチに動揺を与えるものであるが、騎士の回復力で右腕が治るまでの時間稼ぎ。
同様に、刀を落とす、若干前かがみになるという戦意喪失的な行動も。
イカズチの手から蛇腹剣が落ち、転がる。
(※イカズチの回想)
土埃を突破し、両手で刀を構え、イカズチ目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくる【名無し】の男。
斬撃が、右脇腹から左肩に抜けて走る。
(※イカズチの回想 終了)
ディスコルディア、「見事! 見事!! お見事っ!!」と【名無し】の剣士をベタ褒め。
「よくぞ、打ち破った!! 素晴らしきかな、我が契約者、我が騎士よ!」と興奮の面持ちで言う。
だが、【名無し】の剣士に「からくりが分かっちまえば、あんなの大した事はねぇよ」と返される。
【名無し】の剣士曰く、イカズチの得物はうねり狂う大蛇みたくトリッキーな動きで相手を翻弄するものだが、それを行うには手首の力を大きく利かせる必要があり、そしてそれは、真正面から直進してくる標的に対して効果――蛇腹剣が持つ本来の威力(※相手に与えるダメージ)が軽減されるはず、とのこと。
それを満足げに聞くディスコルディアだったが、ふと真剣な表情に。
ディスコルディア
「一つだけ聞いておきたいのだが、我が契約者よ。お前は、あの者どもを逃がすために一人残ったのではないのだな」
ディスコルディア曰く、ビリーに手を出させなかったのは一人戦うのに邪魔だったから、一人残ったのはあえて自身の退路を断ってイカズチという未知の相手に挑みたかったからではないのか? と。
形はどうあれ、【名無し】の剣士が答えることはなかった。
ビリーたちが飛び込んだ森に向かい、一歩踏み出す【名無し】の剣士。
満足そうに笑うディスコルディア、その後に続く。
|
先が見えない場所へ向かって歩んでいくその姿は、死闘の悦びを胸に修羅の道に飛び込んでいく様にしか見えなかった。
〇【黒竜帝国】 王城内
王城内の一室で土方、兵士からイカズチが殺された、実行犯は騎士らしいという報告を受ける。
検死の結果、日本刀による刀傷が確認されたと聞いた土方は、イカズチを殺したのは時代は違うかもしれないが同郷(※日本)の者だと直感。
土方
「ゲンさん(※井上源三郎の愛称)……あんたを殺したこの世界は、想像を遥かに超える面白さだぜ」
ナレーター
「血風が吹き荒ぶ限り、どんなことがあっても人は生きていこうとする。逝くことを選ぶ者などいやしない」
〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第5話 了〉