そのカフェには、時々可愛い女の子がいる。

通りに面した窓際のカウンターで、色鉛筆を握って百面相している。前を通るたびに、目が合いそうになると慌てて逸らしながら通り過ぎていた。

カフェに入ったのはまだ一度だけだけど、その時は彼女はいなかった。

代わりに、壁に貼られた絵を見た。

彼女が描いたものだろうか。

いつもスケッチブックになにか描いているから。

どれも色鮮やかに色鉛筆で描かれた、優しい絵だった。

カエル、紫陽花、傘、水たまり。

梅雨に合わせて選んだのだろう。

何故かどの絵も、猫の足型がスタンプされている。サイン、かな?

猫好きなのかも。

カフェの前を通るたび、彼女の姿を探してしまう。

彼女がいるのは、決まって雨の降っている日だった。

楽しそうに絵を描いている姿が可愛い。



その日は雨だった。雨宿りも兼ねて、あのカフェに入った。やっぱり窓際の席にはあの子がいる。

背の高い、赤いエプロンをつけた店員さんにアイスティを注文する。

トレーに置かれたグラスは自分で席まで持っていくセルフスタイルだ。

店内にはテーブル席の女性二人組の他には彼女しかいない。

控えめなボリュームで流れるボサノバ。

微かに香る紅茶の香り。

古い家屋を改装した風の店内は優しい雰囲気だ。

広めにとった窓の外の景色に、小さな後姿が楽し気に揺れる。

ポニーテールに結ばれた赤いリボンがちょっとレトロな雰囲気で、店に合ってる。

カウンターテーブルに散らばる色鉛筆が、窓の水滴に映り込む。そこだけがカラフルで。

彼女の描いてる絵が気になって、さりげなく後ろを通ってみた。ちらっと見えた絵に僕の目はくぎ付けになる。そこに描かれているのは、僕だ。

制服も眼鏡も、このヘアスタイルも間違いなく、彼女の描いているのは僕の絵だ。

恥ずかしいような嬉しいような変な気分だ。

「それ、もしかして、僕?」

気が付けば声をかけていた。最初は恥ずかしそうにスケッチブックを隠してしまったけど、上手だねと言うと、嬉しそうに絵を見せてくれた。

名前を知った。雨子ちゃん。可愛い。

しかも絵しりとりに誘われた。か、可愛い。

やり始めると意外に面白くて、あっという間に時間が経ってしまった。

クラスの女子たちとは全然違う。なんだか猫に懐かれたみたいな気分。

それに、入学式で見た女の子に少し似ている。

桜の木に話しかけてた、ちょっと変わった女の子。

石に躓いて派手に転んだ僕に、不思議な話をしてくれた彼女にはあれ以来会えていない。

不登校、なのか。たまたま僕が出会わないだけ、なのか。

あの子もきっと笑ったら可愛いのに。

雨子ちゃんの楽しそうな横顔が、なぜかあの子に重なって見えた。

雨子ちゃんの描いた絵を名残惜しく見つめて僕は席を立つ。

「その絵、僕にくれない?」って言いたかったけど、さすがに図々しいかと思ってやめた。
もう少し仲良くなったら、頼んでみようかな。

また会えるよね?