しばらく沈黙が続いた。
波の音だけが僕たちの耳に入ってくるのがわかる。かれこれ数十分は、御園さんのお姉さんと初めて会ったこの海岸で、その本人と話をしている。
「これから私が話すことは、あくまでも予想」
「……予想? 過去では全部の手段を試してみたんじゃなかったんですか?」
「そうよ。 ……でもね、私が自分の能力を使う直前にひとつだけ……これならって思った事があったんだけど、それを試さないで過去に飛んだの」
「ということは、それを試した未来は知らないってことですよね。一体何なんですか?」
「……姉として最悪な考え方だと思っているわ。……さすがにこれは罰が当たるかもしれない」
「………サリナを……この世から抹消するの」
「……な、なに言ってるんですか?」
まさかこんな考えが口から出るとは思わなかったから、とぼけたような声と同時に頭が真っ白になった。しかし、怒りの感情はぽっかりと空いた気持ちの中に即座に入ってくる。
「ふ……ふざけて言ってるんですよね? あなたは、御園さんのお姉さんですよね? そんなこと……考えていいと思ってるんですか!」
「……ごめんね。……弓削くん」
「……そんな……」
何も考えられなかった。あまりにも衝撃過ぎて夢なのかとさえも思う。
でも、あの言葉を言ってから表情が1つも変わらないエリアさんを見て、彼女の言葉を信じざるを得なかった。
「私だって、こんな考え方はしたくなかった。 でも! ……仕方ないじゃない……それしかもう方法が残されていないのよ…………」
彼女は続けて口を開く。
「それに……もしそれで子夜の戯が終わらなかったとしたら、私はまた過去に戻る」
「……そんなに……人の命を粗末にしないでください! ……あなたは、過去に戻れるかもしれない。……でも! 僕にとっては御園さんは……御園さんは、1人しかいないんです!」
「じゃあ君は! ……このまま世界がなくなっても良いの?」
「それは……もちろん嫌ですよ! きっと御園さんも、世界がなくなるのを肯定はしません。 ただ、御園さんがいなくなった世界も嫌なんです」
「……わかったわ。 君の気持ちも、もちろんわかる。まだこの世界は、全てが消滅してしまうまで時間があるから、私も色々と調べてみることにする。……ただし、この話をしてわかっていると思うけれど、本当にこのままでは世界がなくなってしまうということを忘れないでほしい」
「わかりました」
「……それと、サリナにはこの事を話さないでいてもらえる? あの子、君のことが大好きなのよ。……だからこそ、この話を聞いたら自分が消滅する事を選択すると思うの。……約束してくれるわね」
「……はい。いろいろ、ありがとうございます。……僕も、何か方法がないか探してみます」
「いいえ。ただし、時間がたくさんあるわけではないから注意して。既にもう2時間がこの世からなくなっているわ。……さっきも話した通り、この現象が始まってしまった時点で自動的に時間切削が進んでいく。過去の経験からして、もってあと1週間ってところかな」
「1週間……ですか」
「さっきは、悪かったわね。……お互い最善の方法がないか、考えましょう。それじゃあ」
僕にそう伝えると、彼女は姿を消した。
気付けば辺りは暗くなっており、海岸に近い家々の明かりが輝いている。冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら、その日は真っ直ぐ家へ帰った。
***
『ゆげっち、お姉さんとの話はどうだった?』
家に着き、ひと段落していると茉弥から連絡が入っていた。
『弓削くん、こんばんは。明日、一緒に学校行きたいなって思ったんだけど、もし良かったらどうかな?』
携帯を見ると、御園さんからも連絡が入っていた。昨日までなら、連絡を見た瞬間に返信をして喜んでいただろう。でも今日の事があって、今は複雑な感情に誘われていく。正直、なんて返していいのかわからなかった。
『御園さん、こんばんは! もちろんだよ! そしたら明日、迎えにいくね!』
数分間悩んだ挙句、結局自分の気持ちを素直に伝えていた。
これでまた、切削時間が大きくなるかもしれない。けれども、彼女に対する気持ちに嘘は付きたくなかった。
彼女から、ありがとうという返信が来て、僕はこれで正解だったのだと思った。
茉弥には、この事実を知る前から、今日のことは伝える予定であったので、電話をすることにした。
「……もしもし! どうだった?」
少し焦ったような声で、茉弥が電話に出てくれた。
「うん。ちゃんと話はできたよ。ただ……」
「話ができたなら良かったけど、何かあったの?」
不安そうに僕の話に耳を傾けている茉弥に、今日あったことを全部話した。
「……そんな。御園さんをこの世から消すしか方法がないなんて。嘘! 嘘だよね、ゆげっち!」
「……嘘じゃないんだよ。さっきも言っただろ、エリアさんは未来から来たんだ。色んな方法を試してるけど何も変わらなかった。これしか方法がないんだって……」
「でもさ! まだ何か方法があるかもしれないんだよね!」
「それは……わからない。ただ、僕もその方法には反対だったから、少しお互いで考える時間を作ったんだ。時間は限られてるけれど……」
「……ゆげっち」
急に茉弥が怯えているような声を出した。
「……茉弥? どうした!」
「……時間が」
「……まさか!」
振り返って時計を見てみると、日付が変わっていた。
「……そんな、いくらなんでも早すぎるだろ」
「……」
茉弥は黙り込んでしまった。その後も会話が途切れ途切れになってしまい、この日はこれで電話を切ることにした。
――合わせて4時間が1日から消えた――
波の音だけが僕たちの耳に入ってくるのがわかる。かれこれ数十分は、御園さんのお姉さんと初めて会ったこの海岸で、その本人と話をしている。
「これから私が話すことは、あくまでも予想」
「……予想? 過去では全部の手段を試してみたんじゃなかったんですか?」
「そうよ。 ……でもね、私が自分の能力を使う直前にひとつだけ……これならって思った事があったんだけど、それを試さないで過去に飛んだの」
「ということは、それを試した未来は知らないってことですよね。一体何なんですか?」
「……姉として最悪な考え方だと思っているわ。……さすがにこれは罰が当たるかもしれない」
「………サリナを……この世から抹消するの」
「……な、なに言ってるんですか?」
まさかこんな考えが口から出るとは思わなかったから、とぼけたような声と同時に頭が真っ白になった。しかし、怒りの感情はぽっかりと空いた気持ちの中に即座に入ってくる。
「ふ……ふざけて言ってるんですよね? あなたは、御園さんのお姉さんですよね? そんなこと……考えていいと思ってるんですか!」
「……ごめんね。……弓削くん」
「……そんな……」
何も考えられなかった。あまりにも衝撃過ぎて夢なのかとさえも思う。
でも、あの言葉を言ってから表情が1つも変わらないエリアさんを見て、彼女の言葉を信じざるを得なかった。
「私だって、こんな考え方はしたくなかった。 でも! ……仕方ないじゃない……それしかもう方法が残されていないのよ…………」
彼女は続けて口を開く。
「それに……もしそれで子夜の戯が終わらなかったとしたら、私はまた過去に戻る」
「……そんなに……人の命を粗末にしないでください! ……あなたは、過去に戻れるかもしれない。……でも! 僕にとっては御園さんは……御園さんは、1人しかいないんです!」
「じゃあ君は! ……このまま世界がなくなっても良いの?」
「それは……もちろん嫌ですよ! きっと御園さんも、世界がなくなるのを肯定はしません。 ただ、御園さんがいなくなった世界も嫌なんです」
「……わかったわ。 君の気持ちも、もちろんわかる。まだこの世界は、全てが消滅してしまうまで時間があるから、私も色々と調べてみることにする。……ただし、この話をしてわかっていると思うけれど、本当にこのままでは世界がなくなってしまうということを忘れないでほしい」
「わかりました」
「……それと、サリナにはこの事を話さないでいてもらえる? あの子、君のことが大好きなのよ。……だからこそ、この話を聞いたら自分が消滅する事を選択すると思うの。……約束してくれるわね」
「……はい。いろいろ、ありがとうございます。……僕も、何か方法がないか探してみます」
「いいえ。ただし、時間がたくさんあるわけではないから注意して。既にもう2時間がこの世からなくなっているわ。……さっきも話した通り、この現象が始まってしまった時点で自動的に時間切削が進んでいく。過去の経験からして、もってあと1週間ってところかな」
「1週間……ですか」
「さっきは、悪かったわね。……お互い最善の方法がないか、考えましょう。それじゃあ」
僕にそう伝えると、彼女は姿を消した。
気付けば辺りは暗くなっており、海岸に近い家々の明かりが輝いている。冷たくなった両手を上着のポケットに入れながら、その日は真っ直ぐ家へ帰った。
***
『ゆげっち、お姉さんとの話はどうだった?』
家に着き、ひと段落していると茉弥から連絡が入っていた。
『弓削くん、こんばんは。明日、一緒に学校行きたいなって思ったんだけど、もし良かったらどうかな?』
携帯を見ると、御園さんからも連絡が入っていた。昨日までなら、連絡を見た瞬間に返信をして喜んでいただろう。でも今日の事があって、今は複雑な感情に誘われていく。正直、なんて返していいのかわからなかった。
『御園さん、こんばんは! もちろんだよ! そしたら明日、迎えにいくね!』
数分間悩んだ挙句、結局自分の気持ちを素直に伝えていた。
これでまた、切削時間が大きくなるかもしれない。けれども、彼女に対する気持ちに嘘は付きたくなかった。
彼女から、ありがとうという返信が来て、僕はこれで正解だったのだと思った。
茉弥には、この事実を知る前から、今日のことは伝える予定であったので、電話をすることにした。
「……もしもし! どうだった?」
少し焦ったような声で、茉弥が電話に出てくれた。
「うん。ちゃんと話はできたよ。ただ……」
「話ができたなら良かったけど、何かあったの?」
不安そうに僕の話に耳を傾けている茉弥に、今日あったことを全部話した。
「……そんな。御園さんをこの世から消すしか方法がないなんて。嘘! 嘘だよね、ゆげっち!」
「……嘘じゃないんだよ。さっきも言っただろ、エリアさんは未来から来たんだ。色んな方法を試してるけど何も変わらなかった。これしか方法がないんだって……」
「でもさ! まだ何か方法があるかもしれないんだよね!」
「それは……わからない。ただ、僕もその方法には反対だったから、少しお互いで考える時間を作ったんだ。時間は限られてるけれど……」
「……ゆげっち」
急に茉弥が怯えているような声を出した。
「……茉弥? どうした!」
「……時間が」
「……まさか!」
振り返って時計を見てみると、日付が変わっていた。
「……そんな、いくらなんでも早すぎるだろ」
「……」
茉弥は黙り込んでしまった。その後も会話が途切れ途切れになってしまい、この日はこれで電話を切ることにした。
――合わせて4時間が1日から消えた――