朝目覚めると、それはまた始まっていた。テレビでは即座に報道の嵐となっていた。
(…………ちょっと待て。……2時間だって!?)
この、拡大しつつある【子夜の戯】を何とかする為に、御園さんの姉を見つけなければいけない。僕は今日、彼女を探しに海岸線へと向かうことを自身に誓った。
「……ゆげっち。……おはよう」
学校に行く途中、茉弥と出会った。表情がいつもと違う。
「……茉弥。おはよう」
「……私ね、すごく怖い。朝起きたら2時間もなくなってるなんて……このまま、世界はなくなっちゃうの? ……すごく不安だよ」
出会っていきなり泣き始めてしまった。茉弥が泣くことなんて滅多(めった)にない。そうとう不安なのだろう。
確かに、茉弥の言っていることは正しかった。このままこの現象が続いてしまうと、御園さんだけではなく、みんなが悲しむ事態になり兼ねない。
「大丈夫。……僕がなんとかする」
「なんとかするって……なんとも出来ないじゃない!」
「………………」
僕は昨日、御園さんと話したことを全部話した。
「ゆげっちが会った子って、やっぱり御園さんと関係があったんだね。妹ちゃんではなくてお姉ちゃんだったけど」
「うん。だから、会いに行かなくちゃいけないんだ……。僕には、これしか出来ない」
「……わかった。今日、会いに行くの?」
「学校が終わってから行くつもりだよ。今日のその時間に彼女がいるかどうかは、わからないけれど……。でも、行ってみたい」
「……そっか。私も一緒に行きたいけど……でも、私は行かない方がいいと思うから……」
「うん」
「何かあったら連絡して!」
「……わかった。心配してくれてありがとう」
そう言葉を告げて、放課後僕はあの海岸線へと向かった。
――またここに来る。
この言葉を信じたかった。今日ではないのかもしれないけれど、僕の気持ちは毎日でも海岸線に行ってやろうという気持ちにまで熱いものになっていた。
海岸線に到着するが、御園さんの姉どころか人影すら見えない。静寂の中に波の音だけが聴こえるこの場所で、僕は辺りを見回すけれどやはり人は見つからない。
「…………ねぇ、そこの少年くん」
「……っ!」
突然後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、やっぱり来たんだね」
「……あなたは…………」
御園さんに似た姿と透き通った声、彼女のお姉さんだった。
「こんにちは。私はサリナの姉のエリア。弓削響くんだったよね?」
「……やっぱり、御園さんのお姉さんだったんですね。でもどうして……僕の名を」
「サリナがお世話になっているみたいね。どう、彼女楽しそう?」
「…………」
「その表情はそうでもないみたいね」
「……エリアさん、やっと見つけました」
「やっとって言っても、探し始めたばかりじゃない。でも、良かったわねすぐ見つけられて」
「……そんなことはどうでもいいんです。御園さんについて……」
「フェルツェのことね?」
彼女は僕の言葉に言葉を重ねて返してきた。これから起こることを既知しているみたいに。
「…………」
「どうしてわかったんだ。そんな顔をしているね。まぁいいわ、フェルツェの事が知りたいんだよね。……君も知っている通り、フェルツェは時間を切削できる能力で間違いないよ。能力を使う時は……ね」
「……え? ということは、フェルツェを持っているだけで起こる現象もある……ということですか?」
「そう。第2の力といってもいいわ」
「じゃあ、それがこの……」
「その通り。 だからこの現象はサリナのフェルツェによって起きてることなの。……あの子の能力は、知られてない事がありすぎるのよ、まったく……」
子夜の戯に御園さんが関係しているのは、なんとなく予想はしていたけど、お姉さんの話で仮説が証明された。
「……あの」
「なに?」
「この現象は、どうしたら元に戻るんですか?」
「君はどうすれば良いと思う?」
「わからないから聞いてるんです! ……僕は御園さんを助けてあげたい。だから、何か知ってるなら教えてください」
「……時間がなくなったのはいつからだった?」
「えっ」
確かに、御園さんが転入してきたと同時に子夜の戯は始まっていない。
「確か、御園さんが転入してきて、少ししてからだったような……」
「うん。やっぱりそうだよね。あの子が転入してきたのと同時にこれは起こらないの」
「……どういうことですか」
「サリナの気持ち」
「……気持ち?」
「そう。……あの子の感情の変化によって、この現象が起きているの。 つまり、君と仲良くなってからこれが始まった。 切削する時間が徐々に増えていると思うけど、それはサリナの感情が大きくなっているからなんだ」
「ということは、感情の大きさと時間の切削は比例している……」
「そういうことになるね。転入したその日に会話をしていたり、仲良くなるきっかけがもしあったのなら、この切削は既に行われていたのかもしれない……ただし、気持ちが小さいから秒単位の時間しか削られない、そのため気付かなかった、という流れの可能性もあったわね」
「……だから」
僕は、この場で御園さんの気持ちを改めて知った。彼女の僕に対する感情が大きくなればなるほどどうなってしまうのかも同時に知ってしまった。
「……もし」
「もし?」
「……もしも、感情が大きくなり過ぎてしまったら……」
「……ふぅ、君も予想はついてると思うんだけどなー」
少し間を空けて、彼女は言った。
「……この世界、無くなるよ」
予想通りの答えだった。御園さんのお姉さんに出会うまでは、子夜の戯は原因がわからないにしてもいつかこの現象はなくなるだろう、と安易に考えていた。だけど彼女の話を聞いて、この結末になることは薄々予想がついてしまったのだ。
御園さんは子夜の戯の原因はまだわかっていない。今、切削時間が増えているということは、すなわちそういうことである。それは嬉しいことなのであるが、今は喜んでいる場合ではない。
「……ということは、今の関係を白紙に戻せばいいんですよね?」
(悔しい選択だけど、このまま世界が無くなってもう二度と会えなくなってしまうよりは、友達として隣に居れる方を選ぶのは当たり前のことだ。御園さんも話せばわかってくれそうだし…………)
「残念だけど、それでは解決しないよ」
「……えっ?」
「何言ってるんですか? やってみないとわからないですよ!」
「いいや、それじゃダメなんだ。関係の白紙に戻したとしても、子夜の戯が始まってしまった時点で時の経過と一緒に時間が自動的に切削されてしまう」
「……何なんですかさっきから! 全部を知っているような話し方して……最初から断言するのはやめて下さい! それで、解決出来るかもしれないのに」
「……だってね、私は……それで世界が無くなるのを見ているから……」
「…………見ている?」
彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
「そう。 私は無くなる寸前の世界を知っているの。 だから、それを止める為にここにいる」
「……ははは、何言ってるんですか? 未来からここに来た? そんなことあるわけ」
「サリナにも能力があるように、私にも能力があるの。私たちの一族は生まれつきそうなのよ。……それが私の力」
彼女の真剣な表情は、冗談を言っているようには見えず、その顔を見て未来から来たというのは本当なのだということを悟った。
「……わかりました。あなたはさっき、僕たちの関係が白紙になるだけじゃダメだと言いました。それが未来で起きたことだったんですね?」
「その通りよ。 私たちは何をすべきかわからなかった。 君が今考えてたようなことをみんなで考えてたわ。 ……でも、いくら時が経っても子夜の戯れが終わることはなかった。」
「……じゃあどうすれば。……そしたら、その未来を変えることは出来ないって事ですか!」
怒鳴ったような声が出てしまった。エリアさんは悪くない。むしろ、困っていた僕たちに対して光を与えてくれた。それなのに、彼女から伝えられた事実を受け止められない僕がそこにいた。
「……ご……ごめんなさい。つい」
黙り込んでいる彼女をみて咄嗟に謝った。
「君のその気持ちは……私もわかるわ。何度も何度も考えて行動してみたけれど……結局、未来が変わることはなかったのよ。残念なことにね」
少し間が空いたが、その後彼女から先に口を開いた。
「……でもね、何もできなかったという真実だけが本当なら、私はこうやって君の前に現れていなかったと思うの」
「ということは」
「……ひとつだけ可能性があるかもしれない」
「……それは一体何なんですか」
「……それは……」
彼女はそのまま黙り込んでしまった。
その暗い表情を見て僕は、その可能性を選ぶことが、どれだけ苦渋の選択なのかを、彼女の言葉を聞く前になんとなく予想する事が出来た。
でもそれは、予想に過ぎなかった。
(…………ちょっと待て。……2時間だって!?)
この、拡大しつつある【子夜の戯】を何とかする為に、御園さんの姉を見つけなければいけない。僕は今日、彼女を探しに海岸線へと向かうことを自身に誓った。
「……ゆげっち。……おはよう」
学校に行く途中、茉弥と出会った。表情がいつもと違う。
「……茉弥。おはよう」
「……私ね、すごく怖い。朝起きたら2時間もなくなってるなんて……このまま、世界はなくなっちゃうの? ……すごく不安だよ」
出会っていきなり泣き始めてしまった。茉弥が泣くことなんて滅多(めった)にない。そうとう不安なのだろう。
確かに、茉弥の言っていることは正しかった。このままこの現象が続いてしまうと、御園さんだけではなく、みんなが悲しむ事態になり兼ねない。
「大丈夫。……僕がなんとかする」
「なんとかするって……なんとも出来ないじゃない!」
「………………」
僕は昨日、御園さんと話したことを全部話した。
「ゆげっちが会った子って、やっぱり御園さんと関係があったんだね。妹ちゃんではなくてお姉ちゃんだったけど」
「うん。だから、会いに行かなくちゃいけないんだ……。僕には、これしか出来ない」
「……わかった。今日、会いに行くの?」
「学校が終わってから行くつもりだよ。今日のその時間に彼女がいるかどうかは、わからないけれど……。でも、行ってみたい」
「……そっか。私も一緒に行きたいけど……でも、私は行かない方がいいと思うから……」
「うん」
「何かあったら連絡して!」
「……わかった。心配してくれてありがとう」
そう言葉を告げて、放課後僕はあの海岸線へと向かった。
――またここに来る。
この言葉を信じたかった。今日ではないのかもしれないけれど、僕の気持ちは毎日でも海岸線に行ってやろうという気持ちにまで熱いものになっていた。
海岸線に到着するが、御園さんの姉どころか人影すら見えない。静寂の中に波の音だけが聴こえるこの場所で、僕は辺りを見回すけれどやはり人は見つからない。
「…………ねぇ、そこの少年くん」
「……っ!」
突然後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、やっぱり来たんだね」
「……あなたは…………」
御園さんに似た姿と透き通った声、彼女のお姉さんだった。
「こんにちは。私はサリナの姉のエリア。弓削響くんだったよね?」
「……やっぱり、御園さんのお姉さんだったんですね。でもどうして……僕の名を」
「サリナがお世話になっているみたいね。どう、彼女楽しそう?」
「…………」
「その表情はそうでもないみたいね」
「……エリアさん、やっと見つけました」
「やっとって言っても、探し始めたばかりじゃない。でも、良かったわねすぐ見つけられて」
「……そんなことはどうでもいいんです。御園さんについて……」
「フェルツェのことね?」
彼女は僕の言葉に言葉を重ねて返してきた。これから起こることを既知しているみたいに。
「…………」
「どうしてわかったんだ。そんな顔をしているね。まぁいいわ、フェルツェの事が知りたいんだよね。……君も知っている通り、フェルツェは時間を切削できる能力で間違いないよ。能力を使う時は……ね」
「……え? ということは、フェルツェを持っているだけで起こる現象もある……ということですか?」
「そう。第2の力といってもいいわ」
「じゃあ、それがこの……」
「その通り。 だからこの現象はサリナのフェルツェによって起きてることなの。……あの子の能力は、知られてない事がありすぎるのよ、まったく……」
子夜の戯に御園さんが関係しているのは、なんとなく予想はしていたけど、お姉さんの話で仮説が証明された。
「……あの」
「なに?」
「この現象は、どうしたら元に戻るんですか?」
「君はどうすれば良いと思う?」
「わからないから聞いてるんです! ……僕は御園さんを助けてあげたい。だから、何か知ってるなら教えてください」
「……時間がなくなったのはいつからだった?」
「えっ」
確かに、御園さんが転入してきたと同時に子夜の戯は始まっていない。
「確か、御園さんが転入してきて、少ししてからだったような……」
「うん。やっぱりそうだよね。あの子が転入してきたのと同時にこれは起こらないの」
「……どういうことですか」
「サリナの気持ち」
「……気持ち?」
「そう。……あの子の感情の変化によって、この現象が起きているの。 つまり、君と仲良くなってからこれが始まった。 切削する時間が徐々に増えていると思うけど、それはサリナの感情が大きくなっているからなんだ」
「ということは、感情の大きさと時間の切削は比例している……」
「そういうことになるね。転入したその日に会話をしていたり、仲良くなるきっかけがもしあったのなら、この切削は既に行われていたのかもしれない……ただし、気持ちが小さいから秒単位の時間しか削られない、そのため気付かなかった、という流れの可能性もあったわね」
「……だから」
僕は、この場で御園さんの気持ちを改めて知った。彼女の僕に対する感情が大きくなればなるほどどうなってしまうのかも同時に知ってしまった。
「……もし」
「もし?」
「……もしも、感情が大きくなり過ぎてしまったら……」
「……ふぅ、君も予想はついてると思うんだけどなー」
少し間を空けて、彼女は言った。
「……この世界、無くなるよ」
予想通りの答えだった。御園さんのお姉さんに出会うまでは、子夜の戯は原因がわからないにしてもいつかこの現象はなくなるだろう、と安易に考えていた。だけど彼女の話を聞いて、この結末になることは薄々予想がついてしまったのだ。
御園さんは子夜の戯の原因はまだわかっていない。今、切削時間が増えているということは、すなわちそういうことである。それは嬉しいことなのであるが、今は喜んでいる場合ではない。
「……ということは、今の関係を白紙に戻せばいいんですよね?」
(悔しい選択だけど、このまま世界が無くなってもう二度と会えなくなってしまうよりは、友達として隣に居れる方を選ぶのは当たり前のことだ。御園さんも話せばわかってくれそうだし…………)
「残念だけど、それでは解決しないよ」
「……えっ?」
「何言ってるんですか? やってみないとわからないですよ!」
「いいや、それじゃダメなんだ。関係の白紙に戻したとしても、子夜の戯が始まってしまった時点で時の経過と一緒に時間が自動的に切削されてしまう」
「……何なんですかさっきから! 全部を知っているような話し方して……最初から断言するのはやめて下さい! それで、解決出来るかもしれないのに」
「……だってね、私は……それで世界が無くなるのを見ているから……」
「…………見ている?」
彼女の言っている言葉の意味がわからなかった。
「そう。 私は無くなる寸前の世界を知っているの。 だから、それを止める為にここにいる」
「……ははは、何言ってるんですか? 未来からここに来た? そんなことあるわけ」
「サリナにも能力があるように、私にも能力があるの。私たちの一族は生まれつきそうなのよ。……それが私の力」
彼女の真剣な表情は、冗談を言っているようには見えず、その顔を見て未来から来たというのは本当なのだということを悟った。
「……わかりました。あなたはさっき、僕たちの関係が白紙になるだけじゃダメだと言いました。それが未来で起きたことだったんですね?」
「その通りよ。 私たちは何をすべきかわからなかった。 君が今考えてたようなことをみんなで考えてたわ。 ……でも、いくら時が経っても子夜の戯れが終わることはなかった。」
「……じゃあどうすれば。……そしたら、その未来を変えることは出来ないって事ですか!」
怒鳴ったような声が出てしまった。エリアさんは悪くない。むしろ、困っていた僕たちに対して光を与えてくれた。それなのに、彼女から伝えられた事実を受け止められない僕がそこにいた。
「……ご……ごめんなさい。つい」
黙り込んでいる彼女をみて咄嗟に謝った。
「君のその気持ちは……私もわかるわ。何度も何度も考えて行動してみたけれど……結局、未来が変わることはなかったのよ。残念なことにね」
少し間が空いたが、その後彼女から先に口を開いた。
「……でもね、何もできなかったという真実だけが本当なら、私はこうやって君の前に現れていなかったと思うの」
「ということは」
「……ひとつだけ可能性があるかもしれない」
「……それは一体何なんですか」
「……それは……」
彼女はそのまま黙り込んでしまった。
その暗い表情を見て僕は、その可能性を選ぶことが、どれだけ苦渋の選択なのかを、彼女の言葉を聞く前になんとなく予想する事が出来た。
でもそれは、予想に過ぎなかった。