そのことは、朝起きてテレビをつけてから知った。昨晩は納まっていた情報網も他局に負けじと最新の情報を放送していた。
(『消えた40分』……あれ、10分感覚で切削していたはずだったのに、昨日は20分消えたってことなのか? というか、時間が止まるどころか削られていく一方だ……)

 寝る前は、御園さんの事しか心配していなかったけれど、削られている時間が多くなるとなっては話は別だった。
 自分1人で事を考えても何も進展しなかった。学校へ向かい御園さんとこれについての話をする決心をして家を出る。
 学校へ着くと昨日と同じように、校内はこの話で持ちきりだった。御園さんも登校していたが周りは御園さんが関係しているかもしれないということをまだ知らないため、特に意識して話しかける人はいない様子であった。

「御園さん、おはよう」
「弓削くん……おはよう。どうかした?」
「いや……今日のニュース見た? ……時間が40分なくなったって」
「うん。見たよ」
 そのあと少しの沈黙が続いた。
「……僕ね、御園さんのこと心配なんだ。だから……力になりたい」

「それは嬉しいけど……いきなりどうしたの?」

 その表情は特に暗い様子もなく僕を見ていた。
「昨日話した件についてだったんだけど……放課後、時間ある? 嫌だったら無理にとは言わない」
「……ううん。大丈夫よ 私も、昨日の夜にしっかり自分の気持ちをまとめたところだったの。弓削くんも心配してくれてるし……何より、心配してくれてることが嬉しくて」
「御園さん、何言ってるの……当たり前じゃないか! 僕はいつだって御園さんの味方だよ」
「ありがとう、放課後にまたお話しましょう」
「うん。こちらこそ、ありがとう……そしたら、後ほど」

 僕が放課後に御園さんと話をする時には、時間も16時を回っていて教室に誰もいなかった。
「早速なんだけどさ……」
 2人きりの教室で僕が話を切り出そうとすると、彼女は自分から話を始めた。
「私には妹はいないよ」

「…………」

「でも……姉はいるの」
「……え?」
「小さい頃から家庭の事情で会ってないから、姉と呼べるのかわからないけれど……小さい頃は私ととてもよく似ていたし、この地域でこんな容姿の人そうそういないだろうし……だから、その浜辺で会った人もお姉ちゃんなんだと思う」
「そうだったんだね。 その、お姉さんの話詳しく聞いたらダメかな?」

「……私ね、今まで友達って言えるくらい仲がいい人っていなかったの。だから自分の事を話すことも……。 でもね、最近はすごく楽しい。それは弓削くんのおかげなのかなって思ったんだ……」

 恥ずかしそうに話す御園さんを見ると僕も照れる。
「……うん」
「だから私ね、弓削くんに全部話したいって思った。今日はそれのいい機会かなって」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。御園さんが良ければ聞かせてほしい」
 少しの沈黙が流れた。


「お姉ちゃんは……フェルツェのことを知っている唯一の人なの。もちろん、お父さんとお母さんは知ってるんだけど。 両親は、これがどういう力なのかってことは詳しく知らないの。 というのも、お姉ちゃんは私の能力について色々と調べている人でね……」
 その話を聞いた時に、僕の脳裏(のうり)にあの言葉が過った。

―もうすぐ始まってしまう―

(お姉さんはこうなることを既に知っていたのか?)

「……だから、お姉ちゃんは私が知らないフェルツェを知ってるのだと思う」
彼女はそう話を続けた。
「お姉さんは今どこにいるの?」
「私も小さい時以来会ったことがなくて、どこにいるのかはちょっと分からないの。……でも、どうして私に姉妹がいるかを聞いてきたの?」
 僕は、浜辺で会った少女が言っていた言葉を御園さんに伝えた。

「…………そんな。……お姉ちゃんはこうなることを知っていたのね」
「その人がお姉さんかどうかの証拠はまだない。でも、仮にお姉さんだったとしたら、御園さんの力のことを理解してるってことだから……何か解決策を知ってるかもしれない。……僕は、御園さんの力になりたい。 だから、お姉さんを探してみようと思う」
「弓削くん……。でも、お姉ちゃんの居場所はわからないわ」
「大丈夫。少し心当たりがあるんだ」


***


「……弓削くん、ここは?」
 僕は御園さんをお姉さんであろう少女にあった海岸線へ連れて来ていた。
「僕が、御園さんのお姉さんかもしれない人に会った場所」
「キレイ」
 海を眺める彼女の目は、一つの曇りもない鮮やかな目をしていた。
「でも……どうしてここに?」

「その前に……お姉さんって御園さんみたいに能力を持っていたりする?」
「……聞いたことないわ。 でも、私がフェルツェを持っているからお姉ちゃんに何か特別な力があってもおかしくない……と思う。 私がいた故郷では能力を持った子どもが次々に生まれているって話だし……」
「あのね、御園さん……」
「……なに?」
「実はあの日、その少女はもう一つの言葉を残して居なくなってしまったんだ。 【またここに来る】と」
「だから、これは推測でしかないんだけれど、またここに戻ってくるんじゃないか、そう思っているんだ」
「でも、いつ、どのタイミングでここに来るかなんてわからないじゃない。それと、まだ私のお姉ちゃんって決まったわけじゃ……」
「確かに御園さんの言う通り。 でも、このまま何もしないで御園さんの悲しい顔を見るのは嫌なんだ! 自分の……出来ることをしたい」

「……弓削くんは……どうしてそんなに私のことを考えてくれるの……」

「……それは…………」

「………………」


「それは……御園さんが好きだから!」


「…………」


 言ってしまった。まだ伝えるつもりはなかったのに、自分の気持ちをまだ自分がわかっていなかったのに、気が付いたら言葉を口にしていた。
 御園さんの顔を見たくなかったけれど、恐る恐る顔を上げる。彼女は泣いていた。

「…………ご、ごめんなさい。そんなこと言われたの初めてで……でも、すごく嬉しい」
 彼女は言葉を続けた。
「前にも言ったけど私、今までお友達がいなかったの。だから、お友達が出来たことでも嬉しいのに、こんなこと言ってくれるなんて……」
 泣きながら、でも確かにこう言っていた。
「そんな。……だからね、御園さん。僕は君のことを守りたいんだ」
「うん。本当にありがとう。…………こんな私をよろしくお願いします」
「……はい」


 その後、御園さんを家まで送り少し遠回りをして帰宅した。
 勢いで伝えてしまった事も結果的にはプラスになって、また2人の距離が近くなった気がする。と言っても今までの生活が変わるわけではなく、昨日までと同じ関わり方をするつもりだ。彼女もそれを望んでいた。
 だからこれからも、この日常を送っていたいと思っていた。


――切削時間は大きくなる。消えた時間は合わせて2時間になった――