――父が息を引き取ったのは、新年を迎えてすぐのことだった。

 クリスマスイブのあの夜から容態は一度持ち直したけれど、年の瀬も押し迫った十二月二十九日あたりからまた悪化し、最期は家のベッドに横たわったままで眠るように旅立っていった。

「――加奈子さん、絢乃ちゃん。この度はご愁傷さまでした。私もショックですよ。まさか井上(いのうえ)が、こんなに早く逝ってしまうなんてね……」

 父を婿入り前の旧姓で呼んだ主治医の後藤先生も、ショックを隠し切れない様子だった。

「私の力不足でこんなことになってしまって、お二人にはどうお詫びしていいのか……。本当に申し訳ありません」

「後藤先生、頭を上げて下さい! 夫が亡くなったのは誰のせいでもないんですから」

 憔悴(しょうすい)しきってわたしたちに頭を下げた彼を見かねたらしい母は、慌てて彼を慰めた。

「そうですよ、先生。父は幸せだったと思います。だって、お友達の後藤先生や、わたしたち家族にちゃんと最期を看取ってもらえたんだもん。きっと……、これでよかったんです」

 わたしも、涙声になってそう言った。もしかしたら、「これでよかったんだ」と自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
 悲しくなかったわけじゃない。でも、悲しんでいたって父はもう戻ってはこないのだ。だからたとえカラ元気でも、前に進むしかないのだと。

「……そうですね。もしあなた方に恨まれたらどうしようかと心配で。でも、絢乃ちゃんの言葉で僕は救われました。ありがとう」

「……はい」

 後藤先生は、わたしにしきりに感謝していた。でも、彼に感謝していたのはむしろわたしたちの方だった。恨むなんてとんでもないと思っていた。

「――パパ、今まで楽しい思い出をいっぱいありがとう。もう疲れたよね……。後のことはわたしやママに任せて、天国でゆっくり休んでね……」

 わたしは永遠の眠りについた父に、泣きながらそう語りかけた。「さよなら」なんて悲しすぎるので、それだけは決して言わなかった。

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 父の葬儀は、都内の斎場(さいじょう)の一番大きな一室でしめやかに営まれた。〈篠沢グループ〉には結婚式場はあるけれど、葬儀社だけはないのだ。

 葬儀は一応〝社葬〟という形を取っていたけれど、会社の関係者ではない――むしろわたし個人の関係者である里歩も参列してくれた。

「絢乃……、大変だったね」

 ダークグレーの大人っぽいワンピースが、黒のボブカットで長身の彼女によく似合っていた。

「里歩、来てくれてありがと。パパもきっと喜んでくれてると思う」

 黒のフォーマルワンピースで彼女を出迎えたわたしの目に、もう涙はなかった。もう()れてしまっていたし、泣いている暇なんてなかったから。