――それから季節は巡り、秋を迎えた。

 わたしが彼と出会ってちょうど一年が経過しようとしていた。けれど、わたしたちの関係は交際を始めた春から一向に進んでおらず、わたしは正直焦っていた。

 父の喪が明けるまで三ヶ月ほど、高校卒業まであと約半年……という時期になったので、わたしはそろそろ本格的に彼との結婚準備を始めようかと意気込んでいたのだけれど。彼はというと、わたしからその話題を持ち出されそうな気配を感じれば意図的にその話題を避けようとしているように見えた。

 もしかしたら、彼にはわたしと結婚する意思すらないのだろうか……? わたしがそう(いぶか)しんだとしても、それはごく当然のことだったと思う。
 多分、その理由は「住む世界が違うから」。――わたしに言わせれば、そんなことはただの屁理屈だった。たとえ生まれ育ってきた環境が違っていても、それで結婚生活がうまくいかないとは限らない。母と父がその例だった。
 もちろん、わたしの両親がそうだったからといって、わたしたちもうまくいくかどうかは分からなかったけれど。

 それとも、周囲から「逆玉だ」「財産目当ての打算だ」と陰口を叩かれるのが怖かったのだろうか? 彼は繊細な人だし、一度上司からのひどい扱いで深く傷付いていた。そのため、誰かからの心ない言葉でメンタルをやられてしまいやすいことはわたしも知っていたはずだった。

 でも、はっきり言ってしまえば自分のことで精一杯だったわたしは、彼の内にある苦悩に気づいていなかった。そのせいで、わたしたちの関係は一度、修復不可能になる一歩手前まで崩れてしまうことになったのだ。

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 ――十月半ばのある日曜日の夜。わたしはとある大規模なパーティーに出席していた。
 その会は個人的なものではなく、関東の中堅以上の企業の経営者が集まる交流会で、赤坂(あかさか)にある一流ホテルのバンケットルームを貸し切って行われており、秘書である彼ももちろん同伴出席していた。

 その日の天気は、朝からあいにくの雨。それでも二人とも気合を入れてドレスアップして行った。

「桐島さん、そのスーツいいじゃない! こういう華やかな場にふさわしい色合いよね。やっぱりこの色の生地を選んで正解だったね」

 この日彼が着ていたスーツは、彼の誕生祝いにわたしがオーダーしたあのスーツ。ダークグレーのシックな色合いなので、インナーのカラーシャツは濃いブルーを合わせ、上品なチェック柄のネクタイをしていた。

「……そうですか? ありがとうございます。まさか、こんな機会に着ることになるとは思いませんでしたけど」

 彼は照れてはにかみながらそう言ったけれど、わたしの目には彼が、出席者の男性の中で誰よりもステキに映っていた。