とはいえ、ことはすでに会社全体の問題で、わたし個人が島谷課長のところへ怒鳴り込みに行ったところで何の解決にもならないのは分かっていた。
「……桐島さん。わたし、ちょっと出てくる」
「は!? 会長……! まさか、今から総務課に怒鳴り込みに行かれる気じゃ……。行っても何も解決しませんって! おやめになった方が――」
「違うわよ。人事部の山崎さんのところ。パワハラの件、労務へ相談してるなら、当然彼のところへも報告が上がってるはずでしょ?」
彼は何を勘違いしたのか、わたしを引き留めようとしたけれど。わたしは至って冷静だった。
「わたしは会長として、そして貴方の恋人として、わたしにしかできないことをするわ。じゃあ、行ってくるね!」
「……分かりました。行ってらっしゃいませ」
彼は納得してくれたらしく、恭しくわたしに頭を下げて見送ってくれた。
****
――人事部は、三十階にある。そして、人事部長である山崎さんは、自身の執務室を持っていた。
わたしはエレベーターで三十階まで下りると、人事部長室の前のデスクにいる女性秘書に声をかけた。
彼女は三十代初めくらいだったろうか。彼の秘書室の先輩にあたる女性だった。
「お疲れさま。山崎さん、いらっしゃるかしら?」
「あっ、会長! お疲れさまです! ――ええ、いらっしゃいますよ。お声がけ致しますので、少々お待ちください」
彼女はわたしに断りを入れてから、人事部長室のドアをノックした。ちなみに、この部屋のドアも木製だけれど、会長室ほどの重厚感はない。
「――山崎部長、今よろしいでしょうか。会長がいらしてますが……」
「会長が? ――分かった。入って頂きなさい」
室内から、渋い男性の声で返事があった。この声の主は、紛れもなく山崎さんだった。
「――どうぞ、お入りください」
「ありがとう。失礼します」
彼女がドアを開けてくれたので、わたしは遠慮なく入室した。
「これは会長! こんな時間にどうされたんですか? ――どうぞ、おかけ下さい」
彼は椅子から立ち上がった状態でわたしを迎え入れてくれて、応接スペースの黒い革張りのソファーを勧めてくれた。
「ありがとうございます。――ごめんなさいね、終業時間の間近に突然おジャマしちゃって。貴方にちょっと急ぎの話があったものだから」
「急ぎのお話……ですか。――君、会長にお茶を。コーヒーの方がよろしいですか?」
彼は続いて入室してきた女性秘書に、お茶汲みを命じたけれど。
「ああ、いいの。すぐに終わるから、どうぞお構いなく」
わたしはそれをやんわりと断った。彼女を傷付けないように、それでいて山崎さんのプライドも傷付かないように、慎重に言葉を選んだ。
「……桐島さん。わたし、ちょっと出てくる」
「は!? 会長……! まさか、今から総務課に怒鳴り込みに行かれる気じゃ……。行っても何も解決しませんって! おやめになった方が――」
「違うわよ。人事部の山崎さんのところ。パワハラの件、労務へ相談してるなら、当然彼のところへも報告が上がってるはずでしょ?」
彼は何を勘違いしたのか、わたしを引き留めようとしたけれど。わたしは至って冷静だった。
「わたしは会長として、そして貴方の恋人として、わたしにしかできないことをするわ。じゃあ、行ってくるね!」
「……分かりました。行ってらっしゃいませ」
彼は納得してくれたらしく、恭しくわたしに頭を下げて見送ってくれた。
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――人事部は、三十階にある。そして、人事部長である山崎さんは、自身の執務室を持っていた。
わたしはエレベーターで三十階まで下りると、人事部長室の前のデスクにいる女性秘書に声をかけた。
彼女は三十代初めくらいだったろうか。彼の秘書室の先輩にあたる女性だった。
「お疲れさま。山崎さん、いらっしゃるかしら?」
「あっ、会長! お疲れさまです! ――ええ、いらっしゃいますよ。お声がけ致しますので、少々お待ちください」
彼女はわたしに断りを入れてから、人事部長室のドアをノックした。ちなみに、この部屋のドアも木製だけれど、会長室ほどの重厚感はない。
「――山崎部長、今よろしいでしょうか。会長がいらしてますが……」
「会長が? ――分かった。入って頂きなさい」
室内から、渋い男性の声で返事があった。この声の主は、紛れもなく山崎さんだった。
「――どうぞ、お入りください」
「ありがとう。失礼します」
彼女がドアを開けてくれたので、わたしは遠慮なく入室した。
「これは会長! こんな時間にどうされたんですか? ――どうぞ、おかけ下さい」
彼は椅子から立ち上がった状態でわたしを迎え入れてくれて、応接スペースの黒い革張りのソファーを勧めてくれた。
「ありがとうございます。――ごめんなさいね、終業時間の間近に突然おジャマしちゃって。貴方にちょっと急ぎの話があったものだから」
「急ぎのお話……ですか。――君、会長にお茶を。コーヒーの方がよろしいですか?」
彼は続いて入室してきた女性秘書に、お茶汲みを命じたけれど。
「ああ、いいの。すぐに終わるから、どうぞお構いなく」
わたしはそれをやんわりと断った。彼女を傷付けないように、それでいて山崎さんのプライドも傷付かないように、慎重に言葉を選んだ。