今日で白雪くんと帰るのが最後になる、と考えると、胸が締め付けられて、泣き崩れてしまいそうだった。けれども、そんなことをしたら、白雪くんが心配してしまうから、私は泣きたい気持ちを必死に抑えて、白雪くんと一緒に帰った。
 帰り道の思い出話、すごく楽しかった。
 白雪くんが車に轢かれそうになったところを私が助けたこと。
 それを白雪くんは、私が前方不注意で衝突してきた、と勘違いしていたこと。
 今思えば、あの出来事がなければ、私と白雪くんは一緒にいられなかったのかもしれない。
 どうして白雪くんは、あのときの勘違いに気が付いたのかは知らないけれど、もしも白雪くんに、その勘違いを指摘してくれた人がいたのなら、私は感謝してもしきれない。私と白雪くんを結んでくれたその人には一生、顔が上がらないだろう。
 そこから私と白雪くんは一緒にいる時間が多くなった。
 笑って、笑って、笑って。毎日が楽しかった。
 ほとんど私しか笑っていなかったかもしれないけれど、やっと今日、白雪くんは初めて、私に笑顔を見せてくれた。嬉しかった、ほんとうに。やっと、本心を見せてくれたって。
 白雪くんはいつも、辛そうな顔しかしていなかった。
 人生を苦しんでいるだけで、ちっとも楽しんでいないように見えた。
 初めて一緒に勉強したとき、あまりにも人生に絶望しているような顔をしていたから、私は笑わそうと、友だちから教わった顔芸で挑んでみたけれど、白雪くんには効果がなかった。あれは失敗したなと思う。
 でも、今は違う。
 呪いが解かれたかのように、笑うようになった。
「じゃあな、赤染」
 白雪くんは手を振った。
 それも今までと違って、楽しかったよ、と伝えるように手を振っている。
「……じゃあね、白雪くん」
 私も白雪くんと同じように、楽しかったよ、と手を振る。
 もっと、このときが早かったら、どれだけ楽しい生活を送れたかと思う。
 そう思っても、この日常は二度と、戻ってこない。
 戻したくても、戻してはいけないのだ。
 だって、
 私は、人間じゃないから——
 今日、私は気が付いてしまった。
 白雪くんが血を出したとき、私は、今まで家に届いていた栄養ドリンクと同じ匂いだと思った。色は違うけれど、白雪くんの血を嗅いだとき、美味しそうだな、と思ってしまった。だから私は、どれだけ食べものを食べても、なにかが足りないような感じがしていたのだ。胃袋に食べものが溜まるだけで、食欲が満たされなかった理由はそうだったのか、とわかってしまった。
 最近、私の家に血が届かなくなって、飲める量が減ってきているからか、食欲が増してゆくばかりだ。私のせいで、もしも人を殺してしまったら、と考えると身震いせずにはいられなかった。仲のいいクラスメイト、白雪くん、紅野さんを殺してしまう私を想像すると、頭が壊れてしまいそうだった。
 最後の分かれ道、私は白雪くんの後ろ姿を見続けた。
 もう一人の自分を押し殺しながら、私は、白雪くんの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。最後の最後まで私は、白雪くんの姿を目に焼き付けるように見た。
「……行っちゃった」
 暗いところでも明るく見える私の目でも、彼の姿がとうとう見えなくなってしまった。
「やだよ……やだよ……」
 涙が溢れ、私はその場で崩れ落ちた。
 別れの言葉なんて言えなかった。
 今までありがとうって伝えたくても、私は言えなかった。
 白雪くんを心配させてしまうのだけは、嫌だった。
 せっかく笑顔になった白雪くんを不安にさせるのだけは嫌だった。
「……でも、白雪くんからしたら、私って、特別じゃないもんね……」