楽団の演奏する音楽がコミカルなものから、劇的なものに変わる。

この街に住む者なら誰もが知っている有名な曲だった。ただここでこの曲が演奏されたことはない。

兄姉たちの表情が強ばるのを見て、グレンは音楽を止めさせようかと惑う。

吸血鬼の物語を歌ったその曲は、領主家の噂と共に長い間歌い継がれてきた。

その昔、吸血鬼である若い男が美しい人間の娘と恋に落ちた。しかし、人の生き血を啜る姿を見て娘は逃げ出そうとする。
娘は捉えられ柩の中へ生きたまま閉じ込められた。娘を助けにきた魔女が、吸血鬼に自分の血を与えるとそれ以来吸血鬼は人の血を欲しなくなった。吸血鬼はこれで娘と幸せに暮らせると柩を開けたが、娘が目を覚ますことはなかった。

ある物語ではそんな結末を描き、また別の物語では目覚めた娘と幸せに暮らしたと締めくくられているものもある。

どちらにしてもその吸血鬼と領主家の祖先を結びつけて語られることが多い。何故なら領主の館はその昔、吸血鬼が住んでいたとバランの歴史にはっきりと記されているからだ。

それだけに領主一族はこの曲を嫌う。とはいえ表立って演奏するなと言うことは、返って自分たちが吸血鬼の一族だと認めることになる。

グレンが思案する間にも舞台の上では芝居が進んでいた。
艶のあるブルーのドレスをまとったサラが舞台に上がる。

バルクロに支えられながら、柩に見立てた黒い箱の中に横たえられた。

箱に仕掛けがないことを示すように側面の板は全て開かれて、再び閉じられるとそこに頑丈な南京錠が掛けられた。

バルクロは金属の擦れる音を響かせて長いエペを高々と掲げる。

マントを翻して箱の上に飛び乗ると、その剣を箱に突き立てた。

子どもたちの悲鳴が小さく上がる。