吸血鬼に捧げる恋占い

「サラ!」

テントの裏から駆け出してきたのはハシリだった。フィもその後からやってくる。

「サラ、何も言わずにちょっと手伝ってくれない? 手伝ってくれるよね? サラだもの」

「お願いだよ。今日の公演を失敗したら領主様からの援助を受けられなくなるらしいんだ」

フィとハシリは口々にそう言ってサラをテント裏へ引っ張っていこうとする。

「もちろん手伝うわ。でもその前に何があったか話して」

「バルクロのショーの中で胴体切断をやるんだ。その時箱に入るはずだったエミリアが急に腹痛で来られなくなったんだよ」

「ハシリは裏方の仕事があるし、私じゃ箱に入れなくってさ」

フィが困ったように肩をすくめた。

「そんなこと急に言われても、練習もしていないのに私にできるわけないわ」

「できるよ。僕に任せて、サラは箱の中で横になっているだけでいい」

話している途中で現れたバルクロが、相変わらず美しい天使のような笑顔をサラに向けて言った。

「胴体切断って箱の中に入ったらこっそり抜け出すんじゃないの?」

「そんな必要はないよ。大丈夫、サラの体を本当に切断したりしないから」

バルクロはそう言って笑っているが、エレインの話を聞いた後ではとてもバルクロを信じる気持ちにはなれない。

「もし、失敗しても僕には癒しの箱があるし。ね?」

サラは悪びれもせずにそんなことを言うバルクロに呆れて、ため息混じりに首を左右に振った。

「失敗が前提なの? そんなショーに出るほど私は勇敢じゃないわ」

つい刺々しい言い方になるのも仕方のないことだ。

「怒ったの? ごめん。本当に信じてよ。僕はマジックで失敗したことがないんだ」

バルクロの言葉にサラは思わずハシリの顔色をうかがっていた。
ハシリはそんなサラと目が合うと、ニコリと笑って見せた。

「あ、僕舞台の準備に戻らなきゃ。サラ、大丈夫。バルクロは本当に失敗なんかしないから。僕の分まで頑張って」

ハシリにそう言われると、サラは断りきれなくなる。

舞台に走っていくハシリの背中を見送って、サラはバルクロに向き直った。

「ハシリの前でよくあんなことが言えるわね」

「あんなこと? ああ、失敗したことがないって?」

「そうよ。あなたが奇術の館に来なければハシリが舞台に立っていたはずよ」

「それは違うよ、サラ。僕がいてもいなくても、ハシリはいつかは試練にぶつかる。それがたまたま今だったってだけ。それに僕はハシリがまた舞台に立てるように協力してるつもりだよ」

サラはハシリを占った時のことを思い出してそれ以上何も言えずに唇を噛んだ。

「サラ、時間がないよ。とにかく着替えておくれ」

フィがいつの間にか青いドレスを抱えて待っていた。

フィの真剣な顔からも、今の差し迫った状況がうかがえる。もう断ることは出来なさそうだった。

「手伝う代わりに後で私の頼みも聞いてもらうから」

サラは精一杯バルクロを睨んでそう言った。

――そうよ。これはいい機会よ。

ここで頼みを聞いておけば、癒しの箱を借りる時の交換条件に使えるかもしれない。

嬉しそうにうなずくバルクロを信じていいのだろうか。いまひとつ確信の持てないまま、サラは胴体切断マジックの箱に入る選択をしてしまったのだった。


「外が騒がしいようだけど?」

グレンの姉アナベラがそう言って掃き出し窓の外に目を向ける。

メインの料理が終わりデザートが来るのを待つ間、ちょうど会話の途切れたところに外の歓声が聞こえてきた。

「子どもたちのために奇術師を呼びました。今頃外で食事をしながらショーを楽しんでいますよ」

グレンはまたアナベラに何か小言を言われるのではないかと内心身構えていた。

「なら私たちも外でデザートをいただくことにしましょうよ。私も奇術ショーを見てみたいわ」

そう言ったのは二番目の姉キャスリンだった。キャスリンは小難しい話よりも娯楽を好む。長い話し合いにそろそろ飽きていたようだ。

グレンは一同を見渡し、皆がキャスリンの意見に同意しているのを見ると、デザートを外に運ぶようエドニーに伝える。

その時エドニーからサラが奇術ショーに出ることを耳打ちされたグレンは一瞬眉を寄せた。嫌な予感に胸がざわつく。

「では続きは庭で」

客たちを促し、グレンも席を立つ。

庭に直接出られるよう開け放たれた窓から、賑やかな歓声と湿った夜風が流れ込んできた。

庭に設けられた舞台の上では道化師が玉乗りを披露しているところだった。

給仕にデザートの件を伝えて戻ってきたエドニーに、サラの居場所を問うと、返って来たのは「箱に入って胴体を真っ二つに切断されるらしい」というあまり楽しくない話だった。

しかも箱を切るのはあのバルクロだという。

これはただの余興であって、本当に胴体が切断されるわけではないことはもちろん分かっている。

それなのに、ショーに出る予定のなかったサラが舞台に借り出されたことのすべてが、バルクロに仕組まれていたように思えてならない。

「あいつは一体何をするつもりなんだ」

グレンは舞台から目を離せず、成り行きを見守るほかなかった。

やがて、道化師が玉に乗ったまま舞台を下りると、代わりに舞台に上がったのは黒いマントを羽織ったバルクロだった。
楽団の演奏する音楽がコミカルなものから、劇的なものに変わる。

この街に住む者なら誰もが知っている有名な曲だった。ただここでこの曲が演奏されたことはない。

兄姉たちの表情が強ばるのを見て、グレンは音楽を止めさせようかと惑う。

吸血鬼の物語を歌ったその曲は、領主家の噂と共に長い間歌い継がれてきた。

その昔、吸血鬼である若い男が美しい人間の娘と恋に落ちた。しかし、人の生き血を啜る姿を見て娘は逃げ出そうとする。
娘は捉えられ柩の中へ生きたまま閉じ込められた。娘を助けにきた魔女が、吸血鬼に自分の血を与えるとそれ以来吸血鬼は人の血を欲しなくなった。吸血鬼はこれで娘と幸せに暮らせると柩を開けたが、娘が目を覚ますことはなかった。

ある物語ではそんな結末を描き、また別の物語では目覚めた娘と幸せに暮らしたと締めくくられているものもある。

どちらにしてもその吸血鬼と領主家の祖先を結びつけて語られることが多い。何故なら領主の館はその昔、吸血鬼が住んでいたとバランの歴史にはっきりと記されているからだ。

それだけに領主一族はこの曲を嫌う。とはいえ表立って演奏するなと言うことは、返って自分たちが吸血鬼の一族だと認めることになる。

グレンが思案する間にも舞台の上では芝居が進んでいた。
艶のあるブルーのドレスをまとったサラが舞台に上がる。

バルクロに支えられながら、柩に見立てた黒い箱の中に横たえられた。

箱に仕掛けがないことを示すように側面の板は全て開かれて、再び閉じられるとそこに頑丈な南京錠が掛けられた。

バルクロは金属の擦れる音を響かせて長いエペを高々と掲げる。

マントを翻して箱の上に飛び乗ると、その剣を箱に突き立てた。

子どもたちの悲鳴が小さく上がる。
中の人物に本当に剣が刺さることはないと分かっていても、見えないことによる恐怖は小さな子どもたちのみならず、大人たちの好奇心をも刺激する。

結局誰もが芝居に見入っているため、グレンは曲を止めさせることなく、芝居の行方を見守ることにした。

次々に箱にエペを刺すと、バルクロはその箱をぐるりと回転させ、エペが箱を確かに貫通していることを示して見せた。

そしてさらには宙にぶら下がっていた大きな丸刃が箱の上に落ちてくる。

箱は真っ二つに切り裂かれた。

客席に向けられた箱の中には貫通した剣が見えるのみで、そこにサラの姿はもちろんなかった。

奇術は成功だ。あとはサラが無事な姿で登場するだけ、そう思った矢先、誰かの鋭い悲鳴が夜空を切り裂くように響き渡った。

グレンは考える間もなく舞台に駆け寄っていた。

悲鳴を上げたのはハンナだった。

舞台の床からハンナの前に流れ落ちてきたもの。すぐにそれが血だと分かった。それもサラの流した血だ。箱から抜け出すのに手間取ってエペがサラの体を傷付けたのかもしれない。

グレンは舞台の上からこちらを見下ろしていたバルクロと視線を合わせた。

もしサラにエペが刺さったならバルクロには感触で分かったはずだ。

それなのにすぐにショーを中止しなかったのは何故だ。

グレンはエドニーに客たちの誘導を任せ舞台に上がると、バルクロに掴みかかった。

「サラはどこだ?」
バルクロは動じることなく肩を竦めて見せた。

「あーあ、ショーが台無しですよ、領主様」

そう言って撫でるようにグレンの手を振りほどくと、片手に持っていたエペを一振りして床に落ちていた別のエペを引っ掛けるようにしてはね上げる。

グレンの右手がそのエペを受け止めると、二人は剣先を交えた。

「サラはどこだ、無事なのか?」

「もちろんですよ。この僕が失敗したとでも?」

「ではあそこに流れている血はなんだ?」

「……血?」

バルクロはグレンの指差す床に目を向け、一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、左右に首を振った。

「あれはサラの血じゃない。僕はサラを傷付けたりしていない」

グレンは鍔を押し付けるように一歩間合いを詰める。

「それが嘘ならただでは済まさない」

バルクロも負けじと押し返しながらそれに答える。

「サラなら向こうにいるはずだ」

箱に入ったあと、バルクロは魔力を使ってサラを箱の中から、テントの裏へ移動させた。本来なら箱の中から自力で脱出し、舞台裏に隠れるようになっているが、代役のサラに練習もなしにそれをさせることはできない。だから魔力を使った。

エペを刺した時には、サラはもう箱の中には居なかったのだから、傷付けようもない。

グレンはバルクロを弾き飛ばすように押しのけ、舞台の裏へ回った。

けれど、そこにサラの姿はなかった。

後から来たバルクロも辺りを見回し首を捻っている。

「どこへ行ったんだ……」

周りにいた奇術の館の者たちと手分けをして探したが、庭にはいないようだった。

広大な庭だ。月明かりが差しているとはいえ、建物やテントから離れれば暗闇に包まれる。

明かりも持たずにそう遠くへ行ったとは思えない。

「建物の中も探せ」

客たちを室内へと案内して戻ってきたエドニーに、メイドたちにサラを探させるように言ったあと、グレンは川の方へ走り出す。

もし暗闇の中で歩き回って足を滑らせ、川にでも落ちていたらと思うと心配でたまらなくなる。

バルクロは舞台に戻り、床を濡らす血を見ていた。

――サラの血のはずはない。いったい、誰が何故こんなことを?

もし万が一サラの身に何かあったとしても、癒しの箱がある。

まずはサラを見つける事が先決だ。バルクロは目を閉じ呼吸を整えた。

一度あやつり人形にしたことのあるサラとは見えない糸で繋がっている。その糸をたどれば居場所が掴めるはずだった。

――待っててね、サラ。今見つけてあげる。
川沿いを探してもサラの姿は見つからなかった。館へ引き返していたグレンは、こちらに走り寄ってくるエドニーを見てサラが見つかったのかと期待に目を輝かせた。

「サラは無事か?」

「分かりません。とにかく来てください」

「まだ見つかっていないのか?」

「まだ誰もサラの姿を確認していません。ただ……」

向かったのはグレンの部屋だった。部屋の前にはバルクロが腕を組んで立っていた。

グレンとその後ろで様子をうかがう使用人たちをじろりと睨むと、「さっさと鍵を開けてよ」と拗ねたような声で言う。

バルクロにとって鍵など問題ではないが、領主家の人々の眼前で勝手に鍵を開けれたりすれば、さすがのバルクロも邸からつまみ出されるだろう。

「サラがこの部屋にいると?」

晩餐会が始まる前から部屋には鍵が掛けてあった。もちろん今も鍵は掛かっている。鍵はグレンとエドニーが持っている。

鍵の掛かった部屋にどうやってサラが入ったというのか。

「開けてみれば分かるよ」

バルクロは苛立ったようにそう言うと、一歩引いてグレンに場所を譲る。

何か企んでいるのではないかと疑いつつも、グレンは鍵を開け部屋の中へ踏み込んだ。

そこにいたのはサラではなく、今日会ったばかりの黒髪の女性、エレインだった。

「何故ここに? どうやって入った?」

「その男に閉じ込められたんです」

エレインが指差したのはバルクロだ。

バルクロはこぼれんばかりに目を見開きエレインの顔を凝視している。

「お前……、な、何故ここに……」

バルクロは声を震わせながらそう言い、エレインはグレンの肩に手をかけその後ろに隠れるように身を寄せると、バルクロに向かってニヤっと笑って見せた。

「サラはどこだ?」

グレンに問われ、バルクロははっとしたように自分の手を見る。人には見えなくとも、そこには無数の糸が繋がっている。

先程までたどっていたはずのサラと繋がっていた糸は途中でプツリと切れ床に垂れ下がっていた。

その糸はエレインの足下で消えている。

エレインは茶目っ気たっぷりに二本の指をハサミのように動かして見せた。

もちろんバルクロにだけ見えるように。
バルクロは今すぐここを逃げ出すか、エレインをどうにか追い出すかの二択に頭を悩ませた。

世の中に天敵というものがいるなら、バルクロにとってはまさにエレインがその天敵だった。まともにやり合ってはいけない相手だ。

バルクロを封じの箱に閉じ込めた魔女。今目の前にいる女性は数十年前と変わらぬ若さで、あの頃と同じようにバルクロを惑わせた蠱惑的な笑みを見せている。

バルクロは頬を引き攣らせながら後ずさった。

逃げなければと本能的に足が動く。

けれどここで逃げれば封じの箱はエレインの手にわたり、二度と取り戻せなくなるだろう。

それにサラにも会えなくなる。

エレインの「バルクロに閉じ込められた」という言葉のおかげで、グレンの鋭い眼差しがバルクロを射抜いている。

バルクロは何度か息を吸って吐いてを繰り返し、冷静さを取り戻した。油断をすればまたエレインに箱に閉じ込められないとも限らない。

「さっきまでこの部屋にいたのは間違いない」

バルクロはグレンに向かってそう言うと、部屋の中を見回した。隠れているのか、もしくは他の部屋にいるのか。

「誰かを探していらっしゃるのですか?」

エレインはわざとらしくグレンを見上げ尋ねる。

「エドニー、彼女を部屋へ案内してさしあげろ」

グレンはエレインの問いには答えず、見向きもしなかった。

バルクロが心の中でエレインをあざ笑う。

――何を企んでいるか知らないけど、領主様は魔女に興味はないってさ。

――私だって若造に興味なんかないわよ。それよりこんな所で会うなんて、私たちこそ運命じゃない?

――恐ろしいことを言わないでくれ! どうせ分かってて来たんだろ? 

――あら、どうかしら。でもここに封じの箱があるってことは知ってるわ。ちょうどいいじゃない?

――二度と箱に閉じ込められるのはごめんだ!

――それなのに何故箱の周りをうろつくの?

――そっちこそ、何故異界への入り口を塞ぐ? この世界に魔物の居場所はない。

――相変わらず、分かってないのね。

二人は周囲には聞こえない声で話しながら、しばらく睨みあっていた。

やがてエレインの方が先に動いた。ワンピースの裾を揺らしてバルクロに歩みよると、後ろ手に持っていた小箱を胸の前に回し、すばやく蓋を開いた。

バルクロはそれを見たとたん身を翻して駆け出した。

「クソッ、もう手に持っていたなんて聞いてない!」

――癒しの箱を持ってきなさい。そうしたら封じの箱に閉じ込めるのはやめておいてあげるわ。

エレインの声を頭の中に感じながら、バルクロは階段を駆け下りていた。
バルクロは邸を出ようとしてふと足を止めた。

ただの勘のようなものだった。近くにサラがいる。声が聞こえたわけでも姿が見えたわけでもない。それでも確かに近くにいると感じる。

バルクロは玄関扉へ向かいかけていた足を左へ続く廊下へと向けた。

その先にあるのはサランディールの占い部屋。

音をたてないようにそっとドアを開け、中にすべり込む。

庭に面した窓が開け放たれ、夜風にカーテンが揺れている。

差し込む月明かりをたよりに部屋を見渡してみても、誰もいない。

バルクロは額縁が掛けられた壁に歩みよると、その絵を見上げた。

箱の絵が描かれた地図だ。さらに部屋の奥に進むと、寝室に続くドアがある。

一瞬躊躇ったものの、バルクロはそのドアも開け中へ進んだ。

中央に敷かれた魔法陣の刺繍が青白く光っていた。

その中に足を踏み入れると、次の瞬間バルクロの体は部屋から消え失せていた。



長い石壁の廊下が続いている。
点々と灯る蝋燭の光を頼りに、バルクロは歩き続けた。
廊下にはいくつもの扉が並んでいた。

いくつ目かの扉の前でバルクロは足を止めた。

微かに開いたそこから明かりがもれている。

「サラ? いるのか?」

声は石の壁で跳ね返り不気味に響く。

「バルクロ?」

返事があったことに、バルクロはほっと胸を撫で下ろした。

「サラ、怪我はない? どうしてこんな所に?」

サラは壁際に膝を抱えてうずくまっていた。涙に濡れた目でバルクロを見上げると、不安そうに視線をさまよわせた。

バルクロはサラの隣に膝をつくと、怪我がないかを確かめ震える肩を落ち着かせようとゆっくりと抱き寄せた。

「何があったの?」

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