それから僕は年に3回、流星群が訪れる日に籠屋山に登って情報を交換する。
僕から宇宙人に神津の情報を贈る。宇宙人から僕に宇宙の映像を贈る。
それぞれが求めて、相手しか持ち得ない情報を交換する。
その度に僕は宇宙人と宇宙を旅をした。
その日、1月3日。しぶんぎ座流星群を追って日が高いうちにその秘密の場所にたどり着き、手早く足場を踏み固めてテントを貼った。入り口に飲食用の雪を盛って火を炊いて食事の用意を始める。
そうしているとライトグリーンを身に着けた宇宙人が現れる。
「やあこんばんは」
「こんばんは。今年も寒いね」
「残念なお知らせがあるんだ」
「残念?」
「そう、私はこの星をさらないといけない」
宇宙人の顔は相変わらず焦点は定まらなかったが、とても残念そうな声がした。
「私は君たちがいうところのフィールドワーカーでね、まさか現地の人とこんなに親しくなれるとは思ってはいなかったのだけど、とにかく残念だな」
「そうか、残念だな。調査はもういいの?」
「ここの拠点自体は残すけど、もう安定したからあとは自動制御になる。君から送られた信号はとても役に立っているのだけど、これはオプショナルで私が秘密にやっていたことなんだ。だから引き継いだりはできない」
「そうか、本当に残念」
この何年か、いつも流星群を楽しみにして過ごしていた。けれども地球を去るなら仕方がない。宇宙人が見せる宇宙の姿はとても魅力的で幻想的で。まるで異世界を飛行しているような気持ちになった。それが見れないというのはひどく残念だ。
「それでね、今日は君に提案があって」
「提案?」
「そう、もしよければ一緒に僕の星に来るかい? ずっと行ってみたいと言っていただろう?」
「どうしてそんな提案を?」
「脳が繋がっていたからかな、君は宇宙に行きたいんだと感じたから」
何度も外から見せてもらった宇宙人の住む星系はひときわ華やかだった。
多くの恒星がきらめき、その色は一つ一つ異なった。違う色の恒星がすれ違うたびにフレアが接して爆発が起き、星は重力で引き合いときには砕け散り、ばらばらになった星のかけらが周囲に飛び散り、更に多くの星を砕いて流星となってきらめき消えた。小さくなった星のかけらは様々な色を混ぜ合いながら集まり高くそびえ立ちまた新しい星になる。これがいわゆる天地創造の柱か。ハッブルの望遠鏡で撮影されたものを立体で見ることができるなんて。
宇宙人の星系はとても暴力的で、色に溢れて、そこに宇宙の全ての要素が詰め込まれたかのような雑多な世界。
「君の星系は圧力が違いすぎて僕なんか一瞬で弾け飛んでしまうだろう?」
「そうなんだよね。だからとりあえず一緒に行くなら君を変質させないといけない」
「変質?」
「そう、僕の星系で生きていくには体の凹凸を削ってその皮膚を強化して外力に負けない構造を作らないといけない。それから内臓器官も大凡を作り変えないといけないと思う。その影響で多分君たちがいうところの精神も結構変質すると思われる。どうしたい?」
「どうしたいって言われても、それは生きている状態なの?」
「生きている。私はずっと一緒にいて君を守る。寿命としてはおそらく伸びるだろう」
体の凹凸を削って内蔵を作り変えて精神を変質させる。言っていることが猟奇的すぎて頭がまったくついていかない。
「全然想像がつかないよ」
「まあ、そうかな。だから断ってもいいんだよ。明日の朝までに決めて貰えれば」
「考えてはみる」
考えてはみると言ったところで考える手がかりなど何もなかった。宇宙人は地球人じゃないから精神がどう変質するかはわからないそうだ。まあ、それはそうかもしれない。
ずっと一緒にいる。これはこれでプロポーズなんだろうか?
これまで接した宇宙人は機械的といえるまでに誠実だった。その言葉は全て真実で、尋ねたことについて問題がなければなんでも教えてくれた。わからないことはわからないと言い、教えられないことは教えられないと言った。
「僕と君はどういう関係なの?」
「私と君の関係という以外に、どういう関係もないよ」
「ついていく場合はこれまでと同じ関係?」
「私としては同じつもりだ。ただ生存を考えるならばある程度はしたがってもらったほうがいいし、そうでないなら思う通りにすればいい。リスクは伝える」
その日見せてもらった宇宙人の故郷の姿は格別に美しかった。
土星の輪に相当するものが褐色の大地に垂直に突き立って見える惑星。赤い溶岩が地表にどろどろと溢れ、それが突然隆起し龍のように立ち昇って円弧を描いてはるか遠くの地表にゆっくりと落下していく様子、もやもやとした紫色やピンク色のガス星雲が牡丹の花のように交差し、その中心でいくつもの青白く光る恒星が寄り添い集まっている姿。とても不思議で、神秘的な宇宙。
宇宙人がいなくなるとこういう景色は見れなくなるのか。その世界はいつもの日常と比べて圧倒的で、幻想的で、毎日地表に張り付いてちっぽけに生活している僕の生活とはまるで次元がちがうように思われた。
そういえば僕は宇宙人の名前もしらないし、姿もよく見えない。
「君の名前はなんていうの?」
「名前なんてないよ」
「本当はどんな姿をしているの」
「姿なんてないんだよ。そもそも君の脳の作りでは私の姿を見ることができない」
「そんなに違うのについていくことなんてできるのかな」
「そんなに違うのに今一緒に話しているだろう?」
宇宙人を見る。やっぱり焦点があわずによく見えない。
でも、それで困ったことはない。
「私と君はほんの少しの共通点で繋がっているだけだ。でもその共通点があれば会話もできるし尊重できる」
「ううん、まあ、話はできている」
「君はぜんぜん違うものになってしまうかもしれないけれど、それでも共通点は残るだろう」
「君が地球に残ることはできないのか?」
宇宙人は少し悲しそうに答えた。
「地球には私が単独で自分を維持できる技術がない。本国の支援がたたれれば私は生きられない」
そっか、それはそうかもな。一瞬で脳と脳をつなぐ技術なんて地球にはないよ。
「僕はついていったほうが幸せ?」
「わからない。そもそも私は君の全てを理解しているわけではない。むしろほとんど理解していないに等しい。考え方も、精神も、調査の上で接してはいるけれども、本当のところはわからない。だから君に決めてほしい」
「まあ、そうだよね。じゃあ一緒にいくことにする」
「いいの?」
「うん、まあ、考えて決められるものじゃないだろうから」
「わかった。じゃあ今日は地球を見よう。一応観測はいつでもできるけれども、今見たいものを見に行こう。近くで見るのは最後になるだろうから」
神津の夜景、あまりいないけれども友達の寝顔、神津新道を通って辻切を超えて神津湾のハーバーポートや煉瓦倉庫を空から眺め、そこから石燕市へ渡り、天の川に沿って上昇して日本全体を俯瞰した。僕の生まれた星。
「地球はきれいな星だと思うよ」
「そうだね、ガガーリンって人が昔青い星っていってた。もう来ることはないのかな」
「どうかな、ひょっとしたらあるかもしれないけど、その時君は変質しているから今までと同じように人に混ざることはできないだろう。だから一緒に来なくてもいいんだよ」
少し遠くから眺める地球は普段足をつけている地球とは違って、どこかよそよそしい感じがした。
「まあ、僕は正月に山に登るような奴だからな。最近では宇宙人が一番親しい気もするよ。だからいいかなと思って」
「わかった。一生守ろう。地球から君を奪う責任がある」
「なんかプロポーズみたいだな。僕は僕の全てを君に贈る。ところでなんで誘ってくれたの? 本当は現地の人と接触したり連れて帰ったりしちゃだめなんでしょう?」
「さぁ、何でだろうね」
僕から宇宙人に神津の情報を贈る。宇宙人から僕に宇宙の映像を贈る。
それぞれが求めて、相手しか持ち得ない情報を交換する。
その度に僕は宇宙人と宇宙を旅をした。
その日、1月3日。しぶんぎ座流星群を追って日が高いうちにその秘密の場所にたどり着き、手早く足場を踏み固めてテントを貼った。入り口に飲食用の雪を盛って火を炊いて食事の用意を始める。
そうしているとライトグリーンを身に着けた宇宙人が現れる。
「やあこんばんは」
「こんばんは。今年も寒いね」
「残念なお知らせがあるんだ」
「残念?」
「そう、私はこの星をさらないといけない」
宇宙人の顔は相変わらず焦点は定まらなかったが、とても残念そうな声がした。
「私は君たちがいうところのフィールドワーカーでね、まさか現地の人とこんなに親しくなれるとは思ってはいなかったのだけど、とにかく残念だな」
「そうか、残念だな。調査はもういいの?」
「ここの拠点自体は残すけど、もう安定したからあとは自動制御になる。君から送られた信号はとても役に立っているのだけど、これはオプショナルで私が秘密にやっていたことなんだ。だから引き継いだりはできない」
「そうか、本当に残念」
この何年か、いつも流星群を楽しみにして過ごしていた。けれども地球を去るなら仕方がない。宇宙人が見せる宇宙の姿はとても魅力的で幻想的で。まるで異世界を飛行しているような気持ちになった。それが見れないというのはひどく残念だ。
「それでね、今日は君に提案があって」
「提案?」
「そう、もしよければ一緒に僕の星に来るかい? ずっと行ってみたいと言っていただろう?」
「どうしてそんな提案を?」
「脳が繋がっていたからかな、君は宇宙に行きたいんだと感じたから」
何度も外から見せてもらった宇宙人の住む星系はひときわ華やかだった。
多くの恒星がきらめき、その色は一つ一つ異なった。違う色の恒星がすれ違うたびにフレアが接して爆発が起き、星は重力で引き合いときには砕け散り、ばらばらになった星のかけらが周囲に飛び散り、更に多くの星を砕いて流星となってきらめき消えた。小さくなった星のかけらは様々な色を混ぜ合いながら集まり高くそびえ立ちまた新しい星になる。これがいわゆる天地創造の柱か。ハッブルの望遠鏡で撮影されたものを立体で見ることができるなんて。
宇宙人の星系はとても暴力的で、色に溢れて、そこに宇宙の全ての要素が詰め込まれたかのような雑多な世界。
「君の星系は圧力が違いすぎて僕なんか一瞬で弾け飛んでしまうだろう?」
「そうなんだよね。だからとりあえず一緒に行くなら君を変質させないといけない」
「変質?」
「そう、僕の星系で生きていくには体の凹凸を削ってその皮膚を強化して外力に負けない構造を作らないといけない。それから内臓器官も大凡を作り変えないといけないと思う。その影響で多分君たちがいうところの精神も結構変質すると思われる。どうしたい?」
「どうしたいって言われても、それは生きている状態なの?」
「生きている。私はずっと一緒にいて君を守る。寿命としてはおそらく伸びるだろう」
体の凹凸を削って内蔵を作り変えて精神を変質させる。言っていることが猟奇的すぎて頭がまったくついていかない。
「全然想像がつかないよ」
「まあ、そうかな。だから断ってもいいんだよ。明日の朝までに決めて貰えれば」
「考えてはみる」
考えてはみると言ったところで考える手がかりなど何もなかった。宇宙人は地球人じゃないから精神がどう変質するかはわからないそうだ。まあ、それはそうかもしれない。
ずっと一緒にいる。これはこれでプロポーズなんだろうか?
これまで接した宇宙人は機械的といえるまでに誠実だった。その言葉は全て真実で、尋ねたことについて問題がなければなんでも教えてくれた。わからないことはわからないと言い、教えられないことは教えられないと言った。
「僕と君はどういう関係なの?」
「私と君の関係という以外に、どういう関係もないよ」
「ついていく場合はこれまでと同じ関係?」
「私としては同じつもりだ。ただ生存を考えるならばある程度はしたがってもらったほうがいいし、そうでないなら思う通りにすればいい。リスクは伝える」
その日見せてもらった宇宙人の故郷の姿は格別に美しかった。
土星の輪に相当するものが褐色の大地に垂直に突き立って見える惑星。赤い溶岩が地表にどろどろと溢れ、それが突然隆起し龍のように立ち昇って円弧を描いてはるか遠くの地表にゆっくりと落下していく様子、もやもやとした紫色やピンク色のガス星雲が牡丹の花のように交差し、その中心でいくつもの青白く光る恒星が寄り添い集まっている姿。とても不思議で、神秘的な宇宙。
宇宙人がいなくなるとこういう景色は見れなくなるのか。その世界はいつもの日常と比べて圧倒的で、幻想的で、毎日地表に張り付いてちっぽけに生活している僕の生活とはまるで次元がちがうように思われた。
そういえば僕は宇宙人の名前もしらないし、姿もよく見えない。
「君の名前はなんていうの?」
「名前なんてないよ」
「本当はどんな姿をしているの」
「姿なんてないんだよ。そもそも君の脳の作りでは私の姿を見ることができない」
「そんなに違うのについていくことなんてできるのかな」
「そんなに違うのに今一緒に話しているだろう?」
宇宙人を見る。やっぱり焦点があわずによく見えない。
でも、それで困ったことはない。
「私と君はほんの少しの共通点で繋がっているだけだ。でもその共通点があれば会話もできるし尊重できる」
「ううん、まあ、話はできている」
「君はぜんぜん違うものになってしまうかもしれないけれど、それでも共通点は残るだろう」
「君が地球に残ることはできないのか?」
宇宙人は少し悲しそうに答えた。
「地球には私が単独で自分を維持できる技術がない。本国の支援がたたれれば私は生きられない」
そっか、それはそうかもな。一瞬で脳と脳をつなぐ技術なんて地球にはないよ。
「僕はついていったほうが幸せ?」
「わからない。そもそも私は君の全てを理解しているわけではない。むしろほとんど理解していないに等しい。考え方も、精神も、調査の上で接してはいるけれども、本当のところはわからない。だから君に決めてほしい」
「まあ、そうだよね。じゃあ一緒にいくことにする」
「いいの?」
「うん、まあ、考えて決められるものじゃないだろうから」
「わかった。じゃあ今日は地球を見よう。一応観測はいつでもできるけれども、今見たいものを見に行こう。近くで見るのは最後になるだろうから」
神津の夜景、あまりいないけれども友達の寝顔、神津新道を通って辻切を超えて神津湾のハーバーポートや煉瓦倉庫を空から眺め、そこから石燕市へ渡り、天の川に沿って上昇して日本全体を俯瞰した。僕の生まれた星。
「地球はきれいな星だと思うよ」
「そうだね、ガガーリンって人が昔青い星っていってた。もう来ることはないのかな」
「どうかな、ひょっとしたらあるかもしれないけど、その時君は変質しているから今までと同じように人に混ざることはできないだろう。だから一緒に来なくてもいいんだよ」
少し遠くから眺める地球は普段足をつけている地球とは違って、どこかよそよそしい感じがした。
「まあ、僕は正月に山に登るような奴だからな。最近では宇宙人が一番親しい気もするよ。だからいいかなと思って」
「わかった。一生守ろう。地球から君を奪う責任がある」
「なんかプロポーズみたいだな。僕は僕の全てを君に贈る。ところでなんで誘ってくれたの? 本当は現地の人と接触したり連れて帰ったりしちゃだめなんでしょう?」
「さぁ、何でだろうね」