「ここでいいよ」

 気がつくと、わたしたちは歩道橋の上まで来ていた。
 いつものように真ん中で、幸野が足を止める。

「い、家まで送る」
「やさしいんだな、今日の池澤さんは」

 だってやっぱりほっとけない。

「あ、あんたの家って、どこなの? 小学生のころ、住んでたところ?」

 といっても、小学生のころの幸野の家も知らないけど。

「いや。いまはちがう」
「おうちのひと、いつ帰ってくるの? 遅いの?」
「おうちのひとかぁ……」

 幸野の手が、わたしから離れた。
 そして手すりに手をかけて、遠くを見つめる。

「うちの母親さ……二か月前に死んだんだよね。病気で」
「え……」

 思ってもみない言葉に、わたしは呆然とする。
 幸野はそんなわたしを見て、ちいさく微笑む。

「うち、おれがちいさいころに両親離婚したから、母子家庭だったんだけど……母さん死んじゃって、おれひとり残されてさ。顔も覚えてないような父親が、仕方なく引き取ってくれたんだ」

 わたしは幸野のとなりに黙って立ち、その声を聞く。

「父親はもう再婚してて、若い奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんと暮らしてた。だからおれみたいな厄介者、引き取りたくなかっただろうけど……まぁ、しょうがないよな。一応父親だし、高校生の息子を、路頭に迷わすわけにはいかないし」

 幸野は遠くを見たまま、はぁっと白い息を吐く。

「それでも感謝はしてるんだ。おいしい飯を食わせてもらって、あったかい布団を用意してもらって、高校まで行かせてもらってさ。でも卒業したらあの家を出て、ひとりで生きていこうと思って……だからバイトして金貯めてる」
「そう……だったんだ」

 国道を車が行き交う。
 救急車のサイレンが遠くに聞こえる。
 幸野はわたしのとなりでふっと笑うと、こっちを見た。