「――くははっ。こんなモンか」

 彼特有の笑い方が聞こえるまで、ほんの一瞬の出来事だった。
 私が飛び出すよりも早く駆け抜けた閃光――ではなく、袴田くんが颯爽と船瀬くんの前に立ちふさがると、あっという間に南雲の不良たちをまとめて地面に抑えつけたのだ。連日の雨で湿った土と、ゴミ捨て場の異臭が混じった地面に顔を押し付けられた彼らは、自分たちの身に何が起きたのかわかっておらず、突然襲い掛かった痛みに悲鳴を上げた。

「いってぇ!?」
「くっさ! 離せ! この……っ」
「やってみろよ。――できるモンならさぁ?」

 苦し紛れに見上げたそこには、揺れる金髪から獲物を捉えた猛獣の鋭い目が覗いている。途端に抵抗を止めたその光景はまさに蛇に睨まれた蛙そのものだ。

「いい判断だ。こういう時は従った方がお前らの為だ。今回は見逃してやるけど、学校には報告するからな」
「え、逃がすの? 不法侵入で突き出した方がいいんじゃ……」
「お前、意外に横暴だよな。こういうのは必ず黒幕がいる。こいつらを突き出しても、また同じ奴等が来るだけだ。……それに、俺が前に出る訳にはいかないだろ」

 袴田くんに横暴だと言われるのは癪だが、何も言えない。

「不服そうな顔すんなよ。返事は?」
「……わかった」
「そこははい、だろ」
「ふざけんな……! 覚えてろよ、次会ったらぶっ飛ばしてやる!」
「――へぇ」

 すると突然、袴田くんは地面に抑えつけていた二人を強引に立ち上がらせた。
 不良たちは小さく悲鳴を上げると、袴田くんが彼らを睨みつけて言う。

「次なんて俺にはねぇよ。――さっさとこの場から消えろ」

 怒りを抑え込んだ低い声で脅すと、彼らを学校の敷地を囲うフェンスに向かって投げ飛ばした。
 体格が出来上がってくる高校生男子二人を、いとも簡単に放ってしまうその力に圧倒され、二人は間抜けな顔で宙を舞う。フェンスは二人の体重と投げ飛ばされた勢いによって軋み、クッションとなって衝撃を和らげたのは不幸中の幸いだった。これがコンクリートだったらと思うと恐ろしくて考えたくもない。
 そんな幸運――どうみても不運でしかないが――な南雲の不良たちはフェンスから抜け出すと、情けない悲鳴を上げて這いつくばりながら、草木で隠していた抜け穴から逃げていく。
 残されたのは唖然とする私と、気を失った船瀬くん。そして不自然に人の形にへこんだフェンスの跡と、隠されていた抜け穴を珍しそうに見ている袴田くんだけだった。