「は――!?」

 後先考えず、私は給水タンクの裏から飛び出して岸谷くんの腕に飛びついた。
 その瞬間、彼の拳が吉川さんではなく私に照準が切り替わった。すでに振り下ろした拳は、どうやっても逸らすことはできない。
 私は心底後悔した。
 どうして自分から突っ込んで行ったんだろう。出ていけば怪我をすることも、あとから悪目立ちすることもわかっていたはずなのに。
 それでも目の前で人が殴られるのを見過ごすわけにはいかなかった。

『……あーあ。やってらんねぇ』

 耳元で袴田くんの気怠そうな声が聞こえる。引っ付いてくるならなんとかしてくれ。
 拳の衝撃を顔面で受けるまでのあと十センチ。私は目を瞑って、訪れるであろう痛みに備えた。――はずだった。

 パンッ――と、ハイタッチをしたときのような、手のひらを叩きつける音が屋上に鳴り響いても、私の頬に痛みはやってこなかった。そっと目を開いてぼやけた視界でまわりを見れば、岸谷くんと男子たちは目を丸くて驚いて、狼狽えている様子だった。未だに訪れない顔面の痛みの代わりに、なぜか右の手のひらが痺れている。何か掴んでいるみたいだが、感覚が痺れていてわからない。
 一体何が起きてるの?

「――くはは」

 すぐ近くで誰かが笑った。特徴的な、袴田くんの笑い方で。
 唯一違うのは袴田くん本人の声ではなく、私の声(・・・)だということ。

「岸谷ぃ……ちょっとは落ち着けよ。女に手を上げるなんてつまらねぇことしないでさ」

 ようやく視界が安定してきて、飛び込んできた情報の多さに私は目を疑った。