ふと、後ろでひそひそと話す生徒たちの声が聞こえた。

「だ、誰かアイツ止められねぇの……?」
「無理だよ、体格差で敵わないって」
「こんなとき、袴田か岸谷がいたら……」
 
 そうだ、袴田くん!
 慌てて周りを見渡すも、ひと際目立つ金髪の彼はどこにも見当たらない。これだけ大きな騒ぎになっているうえ、不良が絡んでいるのにも関わらず、あの一番に飛びつきそうな袴田くんがいない。
 集まっている人が多いから出てくるのも躊躇っているのかもしれないけど、この中に紛れ込んでいる様子もないのはおかしい。
 それに岸谷くんもいない。この騒ぎを放っておくことは二人にはできないはずなのに!
 今から探しに行くとか、悠長な事を考えている暇ではないことを、佐野さんの叫び声で我に返る。

「何でも暴力で従わせようとするのやめなよ! そんなことするからしょうもない喧嘩することになるんじゃないの!?」
「向こうが喧嘩を売ったから買ってるだけだ。さっさとどけ!」
「どいたら強引に連れて行くでしょ? そんなことさせられないわよ!」

 今にも殴りかかる勢いの安藤くんに対して、佐野さんは一歩も譲らない。船瀬くんにいたっては顔面蒼白で怯えている。このままでは二人が怪我をするかもしれない。
 しかし、こんな状況でも私は薄情だと思いながら、ふと疑問が浮かんだ。
 ――私はなぜ、彼女たちを助けるつもりでいるのか、と。
 いくらゴミ捨て場に行くために中庭を突っ切るのが最短ルートとはいえ、わざわざ揉め事に関わる必要はない。遠回りをすればいいだけの話だ。
 私が悪目立ちをすることに意味はない。すでに先生からも目をつけられているし、これ以上は内申点に響く。まだ見つかってもいない進学先も落ちるかもしれない。
 傘泥棒のときは袴田くんに巻き込まれたから仕方がなく前に出たけど、今回は違う。私は一切関与していないのだ。

 ……よし、遠回りをしよう。

 私は背を向けて歩き出そうとすると、持っていた袋の取っ手部分が破れてその場に落としてしまった。しかし、空のペットボトルが詰め込まれた袋がコンクリートに落ちる音が中庭に響いても、周りの生徒は気にかけることなく、中心にいる彼らに向けられている。
 きっと今なら、誰にも気づかれずにこの場を抜け出せるだろう。