「やられたとは言ってねぇよ。大事になる前に警察が駆けつけて強制終了されたんだ。お互い軽い怪我で済んだが、生徒指導が鬼の角を生やしてカンカンだったって話だぜ」
「ウチの生徒指導って……原先生じゃん。先生の髪が薄くなるの、アンタたちからのストレスじゃない?」

 佐野さんがロングスプーンを岸谷くんに向けて言うと、苦笑いで返された。真相は先生に聞かないと分からないが、否定も出来ない。

「とにかく、安藤は喧嘩っ早い奴だが、暴れるときは人の目のつきにくい場所を選ぶ。特に北峰は教師の目が厳しいからな。今回も学校の最寄り駅から離れた高架下で暴れていたらしいんだが、警察の到着がやけに早かったんだ。近くに交番があるわけでもなく、人通りも少ない高架下で、だ」
「近所に住んでいる人か、通りがかった人が通報したこともありえるでしょう?」
「可能性は高いが、到着が早かったことが気になる。それに、その場所で船瀬らしき奴を見たって安藤が言っていたんだ。だから話を聞くんだよ」
「……でもさ、それってバイト先まで突っ込んでくる必要ある?」

 机に頬付いて、佐野さんは彼に問う。

「最近ここで働き始めたっぽいんだよね。先週来た時は見かけなかったし。だから学校の、しかも喧嘩の関係で店まで押しかけるのは迷惑でしょ。そんなに嫌われたいわけ?」
「でもこっちだって時間が……」
「アンタの都合に付き合わせるなら、話を聞くのはここじゃないよ。絶対違う」

 佐野さんの正論に、岸谷くんバツが悪くて顔をしかめる。今、船瀬くんに声をかければ店側に迷惑が掛かってしまう。それはお互いにとってメリットはないはずだ。

「私も佐野さんと同じ。ちゃんと学校で話そうよ」
「……学校っていっても、アイツはまだ一年だぞ。三年が教室に行くだけで、クラスから孤立させられるんだからな?」

 ということは、岸谷くんは過去にされたことがあるらしい。

『んなの、教室に行かなきゃいいだけの話だろーが』

 蚊帳の外にいた袴田くんがようやく口を開いた。岸谷くんが注文したコーラは、いつの間にか飲み干していて、グラスには溶けかかった氷だけが寂しそうに残っている。袴田くんはいかにも悪巧みしている時の、楽しそうな笑みを浮かべると、グラスから抜き取ったストローを私に向けて自信満々に言った。

『明日、お前と佐野で購買にメシでも買いに行けよ。俺が手ぇ貸してやるからさ』