私はあの時の自分が恥ずかしくなった。見た目だけで盗む側の人だとか、たかがビニール傘だとか。知らなかったとはいえ、偏見で人を決めつけるのは安藤くんたちと同じだ。

「大袈裟だよ。私は佐野さんが思っているような人間じゃない」
「でもそれは私が井浦ちゃんを知らないからだよ」

 彼女はきょとんとした顔を向けて返す。私の方が豆鉄砲を食らったような感覚に陥った。

「だってそうでしょ? 傘を盗まれるまで井浦ちゃんのこと知らなかったし。ハマダの再来だっけ。それも全然知らなかったもん。そんな私が井浦ちゃんの印象を決めつけるのには早すぎるって」
「それじゃ、噂を知ったうえで声をかけてくれたの?」
「もっちろん! 私、元は暗くて人見知りするタイプだったんだけど、この傘を貸してくれた男の子があの時不器用ながらも声をかけてくれたのを見て、私もこうなりたいって思ったの。だからきっかけさえあれば、井浦ちゃんところに突撃してたかも。それがたまたま今日だったってだけで、何も特別なことじゃないんだよ」
「……怖くないの?」
「んー……本当は割り切りたくないんだけど、人は嫌って嫌われてなんぼじゃん? 他人の考えていることがすぐわかるわけじゃないし、そんな思い込む必要はないと思うよ。ずっとそうしていると、自分が辛くなっちゃうからさ」

 私は彼女の言葉を聞いて、急に肩の荷が軽くなった気がした。
 今まで私は周りの視線ばかり気にしていたけど、それは自分の思い込みであって、いつの間にか自分で孤立へ追い込んでいたのかもしれない。佐野さんは「人は嫌われてなんぼ」だといいつつも、「明日また仲良くなる」と根拠のないことまで言い切った。わからないからこそ口に出して実現させる、言霊を大切にしてきたのだろう。

「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「佐野さんの言う通り、ちょっと考えすぎていたから。ちょっと気が楽になった」

 彼女の言う通り、私は少し――いや、かなり考えすぎていたのかもしれない。
 袴田くんのことが絡むと、どうしても脳裏にあの時のことが顔を覗かせてくる。鬱陶しいと思いながらも振り切れなかったのは、私の考えすぎて悪い方向へ流されてしまう悪い癖が働いていたからだ。他人の心配をするよりも、自分のことさえ何もできてないじゃないか。呆れて思わず小さく笑うと、佐野さんも微笑んだ。