「その傘、いつも持ち歩いているの?」

 ソファーに置いたスクールバッグに引っ掛けている、柄に星のシールが貼られたビニール傘を見て尋ねると、佐野さんは恥ずかしそうに微笑んだ。

「私、雨女なの。小さい頃からどこに行くにしても土砂降りで、まともに外で遊んだことがなかったんだ。一緒に遊ぶ友達もいなかったし、結構暗い子だったよ。でも小学生の時に買ってもらった傘を持ち歩いていたら、一日ちゃんと晴れてくれてね。それ以来、どこに行くにしても傘だけは絶対持って歩いてたんだ」
「……待って、雨って自然現象だよね? そんなピンポイントで当たるの?」
「うん。家出た瞬間にゲリラ豪雨だったとか、家族で海に行く日は、決まって雷が落ちて中止とかよくあったよ!」

 そんな漫画みたいなことがあってたまるか。

「小学生から使ってた傘が壊れてから、長く使えるようにって新しく良いものを買ってもらったんだけど、中三のときに傘泥棒に遭って無くしちゃってね。もう私の心もずぶ濡れ! 折りたたみ傘もなかったから、下駄箱の前で座り込んでた。……そんな時に知らない男の子がくれたんだ。『よかったら使ってください、さよなら』って。それだけ言い残して雨の中走って行っちゃったの!」
「じゃあその傘は、その男の子の……?」
「そう! 全然顔見えなくて、学ランを着てたことしか覚えてないんだけど、カッコよかったんだ。しかも渡されたビニール傘に星のシールが貼ってあって、ちょー可愛いくない? だからこの傘は、私を助けてくれた大切な傘なの。返したいけど手放したくない。でも持ち歩いてたら向こうが気付いてくれるかもしれないって思って、いつも持ち歩いてるんだ。……だから、私の大切なものを取り戻してくれた井浦ちゃんには感謝しかないってわけ!」

 感謝状を贈りたいくらい、と言って佐野さんは笑う。