「井浦ちゃん、男子数人をまとめて相手にしてた時は息切れしてなかったのに、走るのは苦手なんだね」

 そりゃあ、中の人が別だからね!

「……つ、使う筋肉が違うから」
「え、そうなの?」

 そんなわけがない。微妙に違うかもしれないが、基本的に避けるための足腰はほぼ同じだろう。しいて言えば、袴田くんの運動量と私ではかなりの差があるだけ。
 出鱈目な受け答えを怪しまれるかと思ったが、佐野さんは興味津々に目を輝かせた。もしかしなくても、彼女は真に受けてしまうタイプかもしれない。

「とりあえず早く学校出ちゃお! 私、穴場のカフェ知ってるんだー」
「ま、待って、本当にいいの? 今からでも戻ってもいいんだよ……」

 あんな駄々をこねるような言い方をして逃げてきたし、明日から省かれたりしたら大変だ。今すぐ戻って和解すればまた一緒に過ごせるかもしれない。
 しかし、彼女は首を大きく横に振った。

「大丈夫っ! 今日喧嘩しても、明日また仲良くなればいんだから。皆わかってくれるもん。食い違って距離を置いたことも何度かあるし。井浦ちゃんが気にすることじゃないよ」
「でも……」
「ね、新作のフラペチーノ、チーズケーキが乗っているらしいよ。同時発売でキャラメルクランチが乗ったラテもあるんだって。どっちにしようかなー?」

 言葉を被せるように、佐野さんはローファー履き替えて傘置き場から星のシールが貼ってあるビニール傘を持つと、早く行こうと急かしてくる。あんな切り出し方をしてここまで走ってきたのは、すぐにでもこの場から離れるためだったとはいえ、なんだかやるせない気分だ。それでも笑っている彼女を前にして、こんなこと言い出しにくい。きっと彼女だって同じなのだから。
 私もスニーカーに履き替えると、彼女と並んで学校を出た。