上履きのゴム底が床にこすれて高く鳴ると同時に、後ろから聞こえた女子生徒の言葉で思わず立ち止まる。急に私が止まって驚いた佐野さんが振り向くと、彼女たちは更に続けた。

「やっぱりそうだよ。不良をまとめてる岸谷と話しているのを見たことあるもん」
「この間、由香の傘を盗んだ男子に喧嘩売ってた子って……そっか、喧嘩して奪い取ったんだ」
「ガチで? こっわー……由香、もしかして脅されているんじゃない?」

 彼女たちの話に、近くでこちらを見ていた生徒がひそひそと話し始める。
 私はこの腕を握っている佐野さんに申し訳ないと思う反面、何ヶ月か前に似たようなことがあったなと、意外にも楽観視していた。
 袴田くんが身体を乗っ取っていたとはいえ、ああでもしなければ佐野さんが突き飛ばされるだけでは済まなかったし、岸谷くんが間に入って仲裁することもなかっただろう。傍から見れば、私が喧嘩を売ったと見られても仕方がないのだ。
 だから何を言われても言い返さない。怒らない。
 これ以上、私に悪い印象を植え付けられないように避けなければならない。
 私が黙って突っ立っていると、途端に佐野さんの掴む手が強くなった。見れば、眉を吊り上げて涙を溜めて震えていて、思わずぎょっとする。

「さっ佐野さん?」
「……なんで」
「ゆ、由香?」
「なんで皆、その場にいなかったのにそんなこと言うの? 噂だけで悪く判断する人だとは思わなかった!」
「へ……?」
「井浦ちゃんは私を助けてくれた良い子なの! ……もういい。しばらく皆と帰らないし、ごはんも食べないから、井浦ちゃんに浮気するんだからーっ!」
「はっ……!? ちょ、佐野さん!?」

 それはあまりにも唐突で、大胆で。佐野さんは彼女たちに向かって宣言すると、掴んでいた私の腕を引っ張って走った。後ろから何か聞こえたけど、「聞こえないー!」と叫びながら走る佐野さんの声で聞き取れなかった。途中で先生に注意されても止まらず、ようやく息を整えられたのは昇降口に辿り着いたのと同時だった。

「ふうっ、久々に走ったー……井浦ちゃん、大丈夫?」
「ちょ……ちょっと待って、息が……っ」

 全速力で走ったのはいつ振りだろう。肩で呼吸を整えていると、佐野さんはへぇ、と不思議そうな声をこぼした。あんなに叫んでいたのに、息が切れている様子はない。