なんだ、友達を待たせてるじゃん。
 内心ホッとした私は断ろうとすると、先に佐野さんの口が開いた。

「ごっめーん! 私、今日はこの子と帰るから!」
「はぁ? ガチ?」
「ガチー。ってことで井浦ちゃん行こっ!」

 佐野さんにされるがまま、あの時と同じように腕を引っ張られる。周りのどよめきを掻い潜って教室を出るのが、長いトンネルを抜けているような気分だった。
 廊下に出ると、佐野さんが小声で私に言う。

「ふふんっ。もう逃げられないからね!」
「え、ちょ……友達と一緒に帰る約束してたんじゃ……」
「毎日一緒に帰ってるし、大丈夫だって。ね、新作のフラペチーノ、飲みに行こっ」

 恥ずかしながら、私は元々人付き合いも少なく、高校三年生となった今でも仲の良い友人といえる人物がほとんどいない。クラスメイトはいつも挨拶程度で、向こうもどこか恐る恐る話しかけてくる。普段からそうだったけど、「袴田の再来」騒ぎでさらに冷たい目で見られてきた。屋上から落ちそうになった時だって、岸谷くんと先生は助けてくれたけど、一部では自作自演だったのではないかと噂になったほどだ。生憎、私には死ぬ危険を冒してまで誰かに認められたい欲求は持ち合わせていない。
 特に取り柄もない、目立たない。――そんな私に会ってすぐ距離を詰めてきたのは、佐野さんが初めてだった。
 どう受け答えすればいいのか狼狽えていれば、私の腕を引っ張って先へ行こうとする彼女にされるがままになる。この状況で断れるわけがない。

「――あの子確か、他校の男子に絡まれてた子じゃない?」