結局、盗まれた佐野さんの傘は「星のシール」と口を滑らせた安藤くんが持っていた。「雨が思っていた以上に降っていたから、たまたま掴んだ傘を使って帰った後で星のシールに気付いた」と反省しているという。もちろん傘は数日後、無事に彼女の元へ戻った。
 佐野さんはそれをわざわざ報告しに来てくれて「今度お礼させて! 絶対逃げちゃダメだからね!」と釘を刺されてしまった。クラスメイトともろくに会話しない私には、彼女のような距離感を躊躇うことなく一気に詰めてくる人との関わりがどうしても苦手だ。それでも不思議と悪い気がしないのは、佐野さんの人柄からかもしれない。

 そして連日続く雨はさらに一週間ほど続き、ようやく太陽が顔を出した今日、久々に学校の屋上が解放された。
 三限目の授業が終わってすぐに屋上へと促されて行けば、嬉しそうにフェンスによじ登る袴田くんの姿があった。屋上のコンクリートはまだ乾ききっておらず、湿気と日差しのせいでじめっとした生温い空気を漂わせている。もうすぐ夏がやってくるのだとしみじみ思う。
 袴田くんはフェンスの上に腰かけると、こちらに振り向いて手招きした。

『井浦も来いよ、良い景色だぜ?』
「絶対イヤ。当分そこには近づかないから!」

 数か月前の工事でフェンスは補強されたとはいえ、また巻き添えになるのはご免だ。
 私はいつもの給水タンクの近くに座った。フェンスとは少しだけ離れているが、ここからでも屋上から見える町の景色はとても良く見える。すると袴田くんもこちらにやってきて、給水タンクの上に立った。先程まで輝いて見えるほど笑顔だったはずが、やけに不機嫌そうな顔で校舎の前にあるグラウンドを見下ろす。
 気になって給水タンクの脚を掴んだまま、そっとフェンスの方へ身体を伸ばす。ギリギリ見えたのは、岸谷くんと一緒にいる不良仲間たちが校庭を通って校門の方へ向かうのと、隣の区にある()(ぐも)(だい)(いち)高校――通称「南雲」の制服を着た男子生徒が校門から堂々と入ってきている光景だった。
 思わず脚から手を離して立ち上がると、グラウンドの中心で睨み合う彼らを見て唖然とした。

「……なんで南雲の生徒が入ってきてるの?」